21話
宿に帰ると、既にリーリエとセネカは戻っていた。広場でシャリオにあったので、別に不思議なことではない。
3人は夕食を取り、シャボンに行った。トオルは水着屋の方を覗いたが、イオネはいなかった。
たっぷり風呂を堪能して、宿に戻る。昨晩はこの後、リーリエたちの部屋で話していたが、今日は早めに寝ようということで各自の部屋に入った。
シャボンで入るので、寝間着は部屋に帰ってきてから着替えていた。
トオルはリーリエの体を露骨に見ないようにはしているが、ばっちり盗み見る。といっても裸ではない。メリドでは既にブラジャーが存在しているので、素晴らしい体つきのリーリエは当然着用していた。まだ湯から出て間もないので朱が差したほっそりと引き締まった四肢に、どうやって体についているかわからないほど大きいこぼれそうな胸、朝霧のような暖かな輝きを放つ髪、どれもがトオルの心を鷲掴みにしていた。さらに、下着をつけ着替えているという状況は、水着で見るのとはまた別種の妖しさだ。
理性を働かせながら、寝間着に着替えた後、トオルは寝る前に、朝の生理現象を誤魔化すため、トイレできつめのパンツを穿いておいた。効果は薄いが、何も備えないわけにもいかない。
「ありがとう、トオル」
トイレから出ると、リーリエが突然そう言った。トオルは事情が飲み込めずにいると、リーリエが説明を始めた。
「セネカを剣術大会に誘ってくれたことさ。初めはトオルと出たかったんだ。私の感情とちょっとした事情があってね。でも、セネカと組んで、彼女と仲良くなれた。リーリエと呼んでくれる、友が二人もできたんだ。冗談を言いあって、切磋琢磨できる友が」
「初めはセネカも緊張してましたもんね」
「ああ、何でも怒られると思ったそうだ。こちらが親し気に話してくるのは、粗相を待っているのだと思って身構えていたそうだし」
セネカの緊張がそういう理由だったと知って、トオルは笑った。
「まあ、礼を言いたかったんだ。気にしないでくれ」
「リーリエ、間違ってますよ。確かに私が機会を運んだかもしれません。けど、掴んだのは貴方です。自覚していないだけで友を作れるだけの力があるんですよ。そして、それは誰だって持てるものなんですから」
リーリエは何かがせり上がってきたかのように肩を上にあげ、目を潤ませた。彼女はそのまま感無量な面持ちでトオルを見つめ、口を開く。
「君には敵わないな、本当に」
リーリエは鼻で笑って
「さあ、寝よう」
と言った。
トオルも寝ましょう、と言いベッドに入った。
電気を消し、リーリエの寝息が聞こえてきたころ、トオルも眠りに入れそうな感じがした。
スラムにいたころは疲れ果てて、帰宅すればすぐ眠っていたが、今は仕事も楽なので疲れない。そのせいか、眠りに入るのが遅かった。
さらに、メリドに来てからずっと眠りが浅い。いつ襲われるかわからない環境で過ごしすぎたせいだろう。
眠りの浅さは屋敷にいた頃はまだましだったが、リーリエが隣にいるという、ばれてしまうのではという緊張と、魅力的な女性が無防備に寝ているという2重の緊張で数時間おきに起きてしまうし、リーリエが寝がえりを打つだけで目が覚めてしまう。
そのせいで寝不足で、買い物の時、寝てしまいそうになったのだ。
大会当日、リーリエとセネカと共に試合会場である闘技場にトオルは向かっていた。今日はセコンドとして、控室に入る許可が下りていた。
「いよいよですね」
「ああ、楽しみだね」
そう会話するセネカとリーリエの様子は間反対だった。セネカは緊張し強張っているが、リーリエは鼻歌まじりに跳ねている。
これで大丈夫だろうか、とトオルは思った。リーリエはセネカの様子に気づいていないようだったので、フォローすることにする。
「セネカは日に日に腕を上げてるから、平気だよ」
「そうでしょうか。トオルと打ち合ったり、リーリエに打ち負かされるのはいい経験でしたが」
トオルとセネカは五分の勝負をしていた。が、セネカはリーリエを相手にするのを苦手としていた。彼女の出現させる盾をリーリエは悉く消し飛ばすのだ。
なので、正面から打ち合わなければならなくなり、体格の問題でリーチが長いリーリエに一度も勝てなかった。
怪我をしないように、と危険な加護を使っていないという事情はあるだろうが、一度も勝てないというのは不安を膨らませているらしい。
「セネカは私と戦う時より、リーリエと戦う方が無駄に力が入ってるからね。今なら、リーリエとやっても緊張してないし結果が変わるんじゃない?」
トオルから見れば敗因はそこにあるようにも思えた。トオルとリーリエの剣の腕が互角ならば、トオルと互角であるセネカがリーリエに全敗というのはおかしな話だ。相性が悪いとしても、一度も勝てないほど差があるわけではないし、何度も打ち合ったのだ。
「初めに手合せした時は、剣術大会への試験だ、と言われたから緊張しましたけど、その時以外は真剣に」
そこまで言って、セネカはハッとした顔をした。
「ありがとう、トオル。私は心が弱く、愚かですね。ようやく、胸のつかえが取れました」
「どういたしまして?」
「大したものです。トオルは大人ですね」
「ああ、私もそう思うよ」
セネカの賞賛にリーリエも同意した。話に加われなくて、間に入るチャンスを窺っていたのだろう。3人になると、しばしば2人で会話してしまう。トオルは気にしないが、リーリエとセネカは我慢できない質であった。子供らしく微笑ましいことである。
「トオルは落ち着いているんだよ。常に余裕があるんだ。あの時もそうだったし」
リーリエがスラムでのことを言っている、とトオルはわかったので曖昧に笑っておく。
雑談を交えたおかげか、セネカの緊張が解れた状態で、会場に付いた。
控室に向かう前に、試合で使う武器を受け取る必要があったので、武具が置いてある倉庫にまず向かった。
受け取りはスムーズに済んだ。昨日の下見で武器を見て選ぶ時間があったらしい。
リーリエはロングソードで、セネカは刃の薄く、刀身が少し短い剣を選んでいた。剣は真剣ではなく、怪我の少ないよう刃を潰してある。鈍器で殴ることには変わりないが、治癒の加護持ちが控えているので、大丈夫、という考え方らしい。
リーリエたちは剣を、トオルは着替えやタオルなどの詰まった鞄を抱えながら、控室に移動していると、シャリオが前から歩いてきた。
シャリオは少し暗い雰囲気のおかっぱの子と歩いており、彼女がパートナーのようだ。
「やあ、シャリオ。メリドとネメスの試合は最終日だったね」
「私が勝つわ」
シャリオはそれだけ言って、また歩き始めた。昨日笑いあった彼女とはずいぶん違う。
無作法とも取れる態度だったが、リーリエもそれ以上なにも言わなかった。