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16話

 クロたちが屋敷に帰ってきてから数日後、トオルは一人で学園を歩いていた。リーリエの従者を解任されたわけではない。彼女とは足舐め以降、ぎこちない関係になっているが、それだけだ。寛容な雇い主だからこそ、こうして一人で行動できる。

 なら、何故トオルが一人でいるのか。それはセネカに呼び出されたからであった。

 学生寮に行くとセネカは既に待っていた。時間通りのはずだが、彼女は明らかに怒っている。


「トオル、話を理解しているか?」

「ああ、剣の鍛練だよね」

「わかっているなら、その格好は何だ」


 そこでトオルはセネカが何に対して腹をたてているのか理解した。

 確かに制服で来たのはまずかったかもしれない。セネカは汚れてもいいような簡素な作りの格好をしていた。

 トオルは実技の講義がないので、学園には制服しか持ってきていないのだ。この学園に体操服というものはなく、実技の形式の講義の時は自由に動きやすい服を着ることになっていた。


「私が相手なら、服など気にすることはないということか」


 元々、鋭いセネカの目がさらに鋭くなる。彼女はトオルに一瞬で負けたことを引きずっていた。だから、突拍子のない考えをしてしまうのだろう、とトオルもわかっているので弁解する。


「貴方が急に誘ってきたから着替えがなかっただけよ。でも、誤解されるのも無理ないわ。ごめんなさい」

「謝らないでくれ、私が悪かった」


 あれだけ凄まじい眼光を放っていたセネカの目が伏せられる。きちんと非を認めることができる少女のようだ。それはトオルにとって少し意外なことだった。

 その理由は、今朝に遡る。

 講義の開始時間までトオルはリーリエと雑談していた。それを誰も邪魔しない。尊いものでも見るような目で離れて観察している。流石に彼女もこういう状況に慣れてしまった。

 だから、急に声をかけられてトオルは情けない声をあげてしまった。


「トオル、午後は暇か?」

「ひ、暇ってどういうことでしょう?」


 セネカの仏頂面を眺めつつ、トオルは頭でスケージュールを確認すると暇であった。というか、いつも暇だ。しかし、返事はできない。

 トオルの時間はリーリエのものなのだ。勝手な行動は許されない。


「セネカ・ローウェル。用はなんだろう?」


 リーリエが訊くと、セネカはまず彼女を睨み付けた。その行動に周りから冷ややかな視線が飛んでくるが、セネカはお構いなしだ。それ以前にこの学園で最も権力のある相手にすることではない。リーリエが何かしたならともかく、彼女は何もしていないはずだ。

 なので、トオルもセネカという少女の行動に驚かされた。そして、内心では楽しんでいた。リーリエがどういう行動を取るのか、と。


「すまない。私がいては話しにくい用件のようだね。でも、講義がもう始まってしまう。だから、講義が終わってから来てくれるかな。その時なら、トオルを一人にしよう」

「あ、ありがとうございます」


 小声で礼をいい、セネカは非難の視線から逃げるように教室をあとにした。

 扉がしまると、どっと声が上がる。どれもリーリエの行動への称賛だった。

 一緒に生活していて、トオルはリーリエを疑うという行為を放棄したくなってきた。彼女は言ってしまえば完璧だった。決して謙遜などではなく、心の底からそう思えた。

 今だって、不躾な態度を取ったセネカに、リーリエがどう対処するかも予想がついていた。そうでなければ楽しいのに、とトオルは考えていたぐらいだ。

 息苦しい、というほどではないにせよ、リーリエという人間はあまりに綺麗すぎた。外面も内面も。

 もちろん、近くにいることで細かな欠点はいくらでも見つけることができたが、それを超越する慈しみを持っていた。

 トオルが自分の十代と比較すれば、天と地の差を感じてしまう。


「所詮、いい子ちゃんを演じてる偽善者だろ」


 菊地トオルならそう評価していただろう。部屋に閉じ籠り、世界の形を知ろうとしなかった男なら。

 だが、トオルは違う。綺麗なものを綺麗だ、と言える勇気を尊んでいた。

 苦汁を舐めさせられていたからこそ、世界に失望したからこそ、光を欲していた。

 何もかもを疑ってきた人間が、何かを信じたがっていた。世界に失望はしても、絶望はしたくなかった。

 彼からすれば、人生の意味など、どうだっていい。神様に認められるとか、地獄送りとかも。

 二度目の人生なのだ。誰かに言われなくたって、上手くやるさ、と思っていた。

 トオルはただ、信じる、という行為に重きを置いていた。自分の目で見て、感じたものを大切にしていた。

 リーリエを利用する方針は変わらないが、できる限り誰かを貶めることをするつもりはない。

 だから、汚い自分でも、雨粒に打たれてもしゃんと立っている花々を見守りたい、という我儘が出てきた。


 講義が終わると、リーリエが何も言わず先に退室した。なので、トオルは座ったままセネカを待つことにした。

 が、いつまで経ってもこない。はて、と思い、教室を見渡すと皆がある方向に視線を飛ばしていた。それは教室の出入り口にいるセネカだった。

 リーリエにあんな目を向けた割に、教室に入ることを戸惑っているようである。案外、小心者なのかもしれない。

 意地悪してやりたい気分であったが、このままでは時間を浪費するだけだ。トオルはセネカの元に向かった。

 そして、そこで剣の鍛練について言われたのだ。セネカの口調から判断すれば、それはお願いではなく命令であった。

 トオルが偽りに偽りを重ねていることを考慮しても、そんな態度で頼まれれば許諾する気にはなれない。

 が、その話の内容を相談したリーリエが「剣の相手は多いに越したことはない」と言うので受けたわけである。

 そのため、不承不承で受けた話であったし、セネカに対してよい印象を持っていなかったので、彼女が非を認めたことにトオルは驚いたのだ。 


「それじゃあ、簡単に打ち合いましょうか」


 セネカによって準備されていた木剣を手に取り、トオルは構えをとった。

 

「お願いします」


 セネカは一礼し、剣を取る。

 対峙した格好となったが、お互い動かなかった。

 恐らく、セネカはトオルの高速移動を警戒しているのだろう。

 トオルは高速移動を使うつもりはなかった。体に負担がかかるので、無闇やたらに使えないのである。

 無論、力を使えば死に至るなどという説明があったわけではない。どういうわけか、この力も加護として認識されない。

 なので、負担がかかるというのはトオルの直感だった。しかし、使用後に体が軋み痛みが酷い。その後も怠くなるし、使っている間は酸素が薄くなったような気がして息がしにくくなるので、的外れということはないだろう。

 体液もそうだが、使い勝手が悪いだけで異能としての価値はそれほど悪くない。問題はそれらが神に与えられた加護である、と宣言できないところにあった。

 つまり、それは人ではない、というレッテルに他ならない。

 加護の検知は装置さえあれば、容易なのでどこへ働くにも確認される。装置自体もそこまで高価なものではない。

 だから、先に力を示して雇用されるというリーリエの従者はあまりにも都合がよすぎた。

 もし、リーリエに加護の検知がされそうになれば、誤魔化すか、強引に体液を摂取させていただろう。強行手段をしなくてよいという点も加え、二重の意味で幸運だった。

 脱線して呆けているトオルに焦れたのか、セネカが間合いを詰め横合いに剣を振るう。力の入った素早い一撃だ。手本のような綺麗さである。

 トオルはそれを往なし、踏み込むと見せかけて引いた。フェイントのつもりだったが、セネカは引っ掛からない。


「加護の力だけでなく、剣の方も覚えがあるようですね」

「それはどうも」


 セネカの称賛をトオルは軽口で返した。剣の腕程度でどうにかできる世界ではないのだ。

 現にトオルの剣が十全に機能するのはセネカが加護を使っていないからである。盾を出現させる能力に阻まれれば、剣だけでは武器として機能しなくなるのだ。キスは戦闘においては使えないし、高速移動は手を知られたら対応策がいくらでも講じられる。

 武力も知力も半端。さらに加護がないのだ。騙さなければスラムから這い出ることはできない。

 自分は不甲斐ないのだ、とセネカと剣を合わせながら再度実感したトオルであった。


 剣の打ち合いはトオルにとってそれなりに楽しいものだった。リーリエとする時より、セネカの方が気を使わずに済むからだろう。

 二人は井戸を背に座り、休憩を始めた。


「トオル、私の分まで頑張ってくださいね」

「なんのことよ?」

「白々しいですよ。リーリエ様も、練習のために許可したのでしょう? そんなことをせずとも剣術大会、大丈夫そうですが」


 セネカはそう言って、濡れタオルで顔を拭いた。


「剣術大会?」

「知らないのですか? 学園別で行われる大会です。中等部は加護と剣のみの剣術、高等部は神旗ありの闘技。各校代表を二人選出して、チームを組み行うものです。リーリエ様の剣技は素晴らしいし、既に代表として学長から選ばれてます。パートナーはまだ決まってないそうですが、トオルに決まりでしょう」


 少し残念そうなセネカだったが、トオルは彼女に気を使う余裕がなかった。身に危機が迫っているのである。

 剣術大会に出場するわけにはいかない。国中から武芸に覚えがある生徒が集まるのだ。自己加速と戦闘には向かない魅了のスキルしかないトオルでは太刀打ちできない。


「どうかしました?」


 心配そうにセネカはトオルの表情を伺った。その時、トオルに名案が浮かぶ。


「セネカ、私の代わりに剣術大会に出ないか?」 

 

一応、ここから2章になります。1章はスラムからバイルへ、という話でしたが、この章はこの国の首都がメインです。あと2話で新しいキャラも出てきます。ちょうど書いているところです。この章はわりとなだらかに終わりますが、次回の章からシリアスめの予定です。

質問なのですが、このお話を読んでくださっている方は、どういう所が良いと思っていただいているのでしょうか? 設定は終わっていて今後の展開もある程度決まっていますが、私としては珍しく完結まで考えていないので、こんな話がいいというのがあれば、ご意見を頂けたらと思います。


2017-11/23-誤字の修正をしました。

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