14話
人騎で飛んだことにより襲われることもなく、クロとニクルの弟を送り届け、トオルとリーリエは騎車で帰路についた。
行きのように操る人間がいないので、トオルが担当し、リーリエには荷台で待機してもらっている。
トオルはリーリエの無茶な行動に不満はあったものの、結果が最上に近いものだったので気にしていない。
当初の目的であるクロとニクルの救出はリーリエの願いで絶対条件だった。しかし、トオルとしてはもう一つ望んでいたことがあった。それはリーリエの神旗の使用である。
これはあくまで、できたらいいな、というような要望であったが、うまく事が運んだおかげで達成された。
神旗の性能はハッキリいってわからない。トオルの目的はそこではないのだ。対峙するなど最悪のケースである。
リーリエが使うことで制約を守らなければならない、という状況をトオルは望んでいた。
神旗を使用するには神と交わした制約を守る必要がある。それは神旗を持っている者全てに共通していることだ。セネカもリーリエも例外はない。
その条件は各々違うのだが、リーリエの制約をトオルはニクルから聞いていた。
「神旗使用後1日以内に、他人に自分の足を舐めさせる」
それがリーリエの制約であり、秘密だった。
「クロとニクルはまだ帰ってこない。つまり、制約を果たすには俺か誰かを雇うしかない」
臨時で雇った使用人は騎車の運転手を務めた後、そのまま家に帰るよう指示したので今日屋敷には帰ってこない。リーリエはトオルを頼るしかない、ということになる。そうすれば、制約の関係上、何の不都合もなく、リーリエの足をトオルが舐め、彼女の唾液を摂取させることができる。
トオルの能力はキスによって発生するものではない。キスでなくても可能だ。
汗などの分泌液を摂取させるだけでよい。量が多ければ多いほど効果は高まる。しかし、制限は2つある。1つ目は身体から出て1分経つと効果が限りなくなくなること。2つ目は個人差があり、同じ量摂取した場合でも効き目が違うことがあること。
直接摂取した方が効き目はあるが、足を舐めるだけでも貴重な機会である。
リーリエの心を掌握する第一歩だ。
しかし、屋敷についてもリーリエがトオルを呼ぶことはなかった。疲れていて眠っているのかもしれない、とトオルも最初は思ったが、夕食の際、顔を合わせている。
タイムリミットは刻々と近づいている。まだ半日以上あるとはいえ、神旗を失うなど、最も避けるべき事態だ。早くすべきである。何を躊躇する必要があるのだろう?
トオルには到底、理解できるものではなかった。
果報は寝て待て、と言うが悠長にしているとトオル以外の人間で済ませてしまう。最悪の場合リーリエが神旗を失ってしまうことになる。
トオルはリーリエの部屋に向かった。
ノックすると、リーリエは快く迎えてくれた。
「改めて今日はありがとう。それで、何の用だろう?」
椅子に座っていたリーリエは屋敷に帰ってきて何度目かわからない礼を言い、トオルに笑いかける。
その態度を見て、トオルは苛立ちを感じていた。それを押し留め、強引に攻めることに決めた。
トオルは何も言わずに、リーリエへ近づいていく。それが不気味だったのか、リーリエの華やかな笑みに陰りが出てきた。
それでもトオルは止まらず、リーリエに触れられる距離になってしゃがみこみ、彼女の足を手に取った。
「やめろ!」
リーリエは凄まじい勢いで足を引いた。
「何故、知っている?」
「ニクルに聞きました。早めに済ませましょう」
「嫌だ」
トオルはその返事が予想外すぎて、ぽかんと口を開けたまま突っ立ってしまった。今までのリーリエの行動の中で最も理解しがたい。
なので、トオルは数拍経ってから、声を出すことを思い出した。
「嫌だ、と言ったのですか?」
「ああ、嫌だと言った。君にされるくらいなら、私は神旗を手放そう」
そこまで拒絶されるとは思っていなかったので、トオルは絶句し視線を落す。その間にも彼女の頭は回転していた。思考停止が死を招く環境に置かれていたので、そういう風に体が覚えているのだ。
しかしながら、わからないものはわからない。どこで体に触れられたくないというほど嫌われたのだろうか?
わからない、という答えで満足しそうになるが、視点を変えて考え直す。すると、あることがトオルの脳裏に浮かんだ。
まさか、大事に思っているから、足を舐めさせるということをさせたくないのでは、と。
トオルがリーリエの方を見ると、彼女は鼻を鳴らし、涙を零していた。
「トオル、君は私がようやく見つけた友なのだ」
リーリエの涙ながらの主張を聞き、トオルは思わず吹き出してしまった。抑えようにも抑えられず、笑いも止まらない。
「何がおかしい?」
リーリエは怒りよりも困惑の表情でトオルを見つめた。そう、彼女は心底、友を欲していたのだ。思い返してみれば、ハッキリ言葉にはしていなかったものの、気持ちは何度も伝えようとしていた。あまりにも不器用なやり方で。
トオルにとってみれば、それは信じられない現象と同義だった。だから、頭の中でその可能性を無意識に弾いていたのだろう。今更、そんなことに気づいてもどうにもならないのだが、わかって気分がいいのも確かだ。
さて、とトオルは区切る。さあ、とトオルは踏み出す。
「友だからこそ、助け合うのではないでしょうか」
今度はトオルの言葉にリーリエが驚く番だった。その表情もすぐに変化する。驚きから、喜びへ。そして、涙を流す。嗚咽をもらすことなく、綺麗に泣いていた。
リーリエが落ち着くまでトオルは待った。相手が相手なので、混乱に乗じて強引に攻めては後々面倒になる。これから長く付き合わなければならないのだ。
「た、頼む」
リーリエは頬を真っ赤にし、左足を差し出した。緊張しているのだろう、涙で濡れたまつ毛を瞬かせ、トオルの反応を伺う。
トオルはリーリエの足を壊れ物のように手に取り、その甲にそっと唇をつけた。
制約によって足を見せることが習慣化しているからか、爪もやすりがかかっていて清潔であった。
足の指を舌で舐めていく。ついに、トオルの唾液をリーリエは摂取した。
その効果のせいか、リーリエは小刻みに震え悶えていた。
ようやく、最大の難関であったトオルの唾液をリーリエに与えるという目的は達せられたのだった。