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118話-王としての価値基準

「彼は冗談を言っているわけではありませんよ」


 アルーシェはトオルの混乱を見透かしたかのように言った。

 実際、トオルは混乱している。加護もない男がどうして最強なのだ? 

 トオルのように、加護の測定機に検知されない能力を持っているのか?


「疑いは尤もです。僕には加護はありません。少し剣が振るえるという程度です。ですが、ネメスの騎士長と打ち合って五分五分で勝てるでしょう」


 自信満々にというわけではなく、男は静かにそう言った。それが説得力の裏付けになるような気がするほど、トオルは混乱している。


「納得はできませんが、彼が強いということは一先ず置いておきます。それよりも、どうしてアルーシェさんが協力してくれるんですか?」

「トオルのことが気に入っているから、では納得してもらえませんか?」


 質問の体でアルーシェは言ったが、彼女にはトオルが納得しないとわかっているようで、そのまま話を続けた。


「確かに、トオルと出会って日も経っていませんが、ずっとステラから話を聞いて、興味を持っていました。興味は実際に会うことで増幅し、いつしか好意に変わっていたのです。

ですから、微力ながら力になりたい、と」

「それだけでは、力になろうと思わないはずでしょう? アルーシェ・フォル・レイズという王は、その程度では揺るがない。王としての価値基準は厳格なはずだ」


 トオルは試すような物言いだったが、アルーシェは怒らず笑って流した。


「まだ疑っているようですね。それに、王としての立場から見て全く利がないわけではありません。ステラなどの商人の話やネメスが過去に攻めたアスクの惨状を聞くに、ネメスよりもジュ―ブルが勝った方が平和になるでしょう。少なくともジュ―ブルの方が、フォルドアへの害意は少なそうです。流す血は少ない方が良いと思います」


 ようやく完全にとはいかなくとも、部分部分で納得できる話だった。戦いを好まないのであれば、戦争など起こす気のないジュ―ブルを勝たせた方が、フォルドアの安全が高まると考えたのだろう。


「わかりました。フォルドア、最強の剣士をお借りします」

「ぜひ、そうしてください。でも彼一人じゃありませんよ。こうして提案した一番の理由は親友の頼みです。彼女が何もしなければ、私は王としてジュ―ブルを切り捨てていたでしょう。多くの血を流して欲しくない。友人を救いたいというのは、あくまで私の願望です。そんなものに振り回されて、国を滅茶苦茶にするつもりはありません」

「もしかして、バネッサですか?」

「正解です。彼女の願いと王としての価値基準のせめぎあいで、フォルドアの要を手放すことにしたのです」


 アルーシェはウインクして、人差し指を立てた。


「冗談抜きで、個人ずつで見れば、この二人がフォルドアの最高の戦力です。彼の説明は口でしても無駄だろうし、その目で見てください。バネッサは戦いも裏方も完璧に回してくれるでしょうからどんな時でも役に立ちます。彼女の錬金術師としての腕を知っているでしょう?」


 バネッサは王宮錬金術師として活躍しているからか、フォルドアの王であるアルーシェのお墨付きだ。片腕の男よりもバネッサの方がまだ信じられる。典型的なメリド大陸の思想に染まっていることに、トオルは気づいたが、話を聞いただけでそれを改めようとは思わなかった。

 男がこの国最強である、というのを信じて策を立てられるほど、トオルは単純な性格ではない。時間があれば石橋は必ず叩いて渡るタイプだ。


「これは私の個人的な見解ですが、ネメスがジュ―ブルを攻める必要性があるようには思えないのです。貶すわけではないのですが、ジュ―ブルに取り立てて何かがあるわけではありませんだからこそ、解せないのです。魔石があるフォルドアならまだしも、何故ジュ―ブルなのでしょうか?」


 鋭いアルーシェの質問にトオルは答えあぐねた。言われてみれば、確かにと頷くしかない。

 ネメスは、ジュ―ブルが攻めようとしているから攻めたのだ、という主張だが、真っ赤な嘘だ。

 そんなことをしてまで、ジュ―ブルでしか取れないものはトオルには思い当たらなかった。のどかでいい国なのだ。

 この理由を探るのも、重要なことの気がするトオルであった。


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