1話
5月ごろ浮かんだ頭の悪いプロットを小説にしました。お付き合い頂ければ幸いです。
木製の汚い椅子と机しかない古いタウンハウスの一室に、二人の人影があった。一人は椅子に足を組んで座り、もう一人は地面に膝をついている。見ただけで力関係がわかる構図だ。
だが、その二人の姿を見れば、皆、疑問を浮かべるだろう。
椅子に座る者は僅かに乳房が膨らんできたまだ幼さを残した少女で、格好がとにかく汚い。衛生的という意味ではもちろんのこと、着ている服はボロボロの布切れで、靴は履いておらず足が黒い。
一方、地面に膝をつく者は妙齢の女性だ。美しく年を重ねてきたのだと思わせる風格と気品を感じさせる。自身に似合ったセンスが良く、サイズがぴったりあった服を着ている。
外見だけで判断するなら、この状況の間反対の結果が出るはずだった。
「それで、用意はできたのか?」
少女は不遜な態度で女性に言った。
「はい。全ての準備が整いました」
女性は少女を熱っぽい視線で見つめるが、目が合うことはなかった。
しかし、そのことで淋しげな表情を浮かべることはあっても、怒るようなことはない。あくまで隷属の関係であることが伺える。
「それじゃあ、例の物もあるんだな」
この部屋に入って、初めて少女が女性の方を向いた。
女性は顔を紅潮させ、素早く背に置いてあった包みを取り出し、少女の方へ恭しく差し出した。
少女はそれを受け取り、綺麗な包装を雑に破って中身を確認する。
その間、女性は包みを渡す際に、少女の汚れた手が僅かに触れた指先を愛おしげに撫で、虚ろな目をしていた。
包みの中身は制服だった。少女のサイズに合わせた特注品である。
「ファンタジーというより、お嬢様学校だからか?」
黒を基調とした長いドレスに紫色のレース状の上着が制服の全てだった。東京で着ていたら、学生ではなくコスプレだと思われるな、と少女は思った。
ここは少女が生きていた日本ではない。
神が視認できるメリド大陸。ここでも学生は制服を着るというのが常識になっていた。
少女は思わず笑う。転生してから苦労の連続だったが、ようやくチャンスが巡ってきたのだ。
訝しげな女性の視線に気づいて、少女は表情を戻した。
「ご苦労。服が汚れてしまうから、持って帰ってくれ」
「畏まりました」
女性は丁寧に制服を畳んで、自身の上着を脱ぎ、それで制服を包んだ。
「やっとだ。やっと、俺はスラムから出られる。勝負の始まりだ」
少女は汚らしい部屋を眺め、しみじみと言った。女性はその言葉に反応しない。なぜなら、この不可解な言葉を呟くのは少女の癖だからである。
かなり高等な学問を学んだ女性だったが、少女の発言が理解できないことが時折あった。
「ステラ」
少女が優しげに、女性の名を呼ぶ。
女性、ステラは満面に喜色を浮かべ、はい、と返事をした。
これは二人の合図だった。これから、報酬の支払いが行われる。
「今日はうんと優しく、狂うほど激しく、長い時間たっぷりと付き合ってやる。ほら、ステラ、何をして欲しい? いや、何がしたい?」
少女がステラの頬から顎にかけてそっと撫でながら、5本の指で一回一回、唇の端に引っ掛けるように触れた。
それだけでステラは呼吸を荒くし、心身のスイッチを入れる。
羞恥はない。全てはこのためにあったのだから。
そう、ステラに思わせるほど、少女は彼女を手懐けていた。
身分や年の差という壁は、熱に溶かされた。
汚らしいタウンハウスとそれなりに釣り合った乱れた嬌声が響く。
少女はそれを耳にしながらも、心で強く呟いた。
「狙うぜ、玉の輿」
それが少女の目標だった。字面だけ見れば間抜けだが、メリドでは悪くない選択であると同時に、社会の底辺にいる彼女には難しい話であった。
少女は新たな生を受けた時、名前を得ることはなかった。
なぜなら、彼女には親がいなかったからだ。そのため、前世と同じくトオルと名乗っていた。転生者のアドバンテージなどなく、ただただ苦汁を舐めさせられた。平均水準に近い生活を送れるようになったのも数ヶ月前だ。
それ以前の最低な生活を十数年送ってきたのだ。日本で生まれ育った記憶が反逆の意思を組み上げてきた。
前世では菊池トオルとして生きていた彼の人生は、ようやく転機を迎えようとしていた。