中編
ハッピーエンド症候群の私は常日頃から、この世の中がふわふわのさつまいもまんじゅうのように幸せにならないもんかとぼんやり思っていた。しかし現実は非常なもので、大きな事件から小さな事件まで、悲しいことは無くなる気配がない。
「ならば、無くしてみせよう。そのための全能の力だ」
私は世界中にはびこる諸問題を解決してやろうと、細腕に力こぶを作った。
まずは戦争である。あれは良くない。人が死ぬという時点で論外だ。私は「争いよ無くなれ」と唱えた。
続いて食糧問題。私なんて昼を抜いただけでヒィヒィ言うくらいなのに、丸一日何も口に出来ない人が世界中にはゴマンといるというのだから恐ろしい。あれも消してしまおう。私は「食糧増えろ」と唱えた。
問題はまだある。貧富の差である。皆それぞれ頑張っているのに、搾取する側とされる側がいるのは不公平というものだ。私は「貧富の差も無くなれ」と唱えた。
最後に環境問題である。人間が生活する上で環境は汚れていくものだとは理解しているが、だからといってガンガン壊していいものではない。私は「環境問題よ解決せよ」と唱えた。
ざっとこのようなものだろう。これで世界は良くなったはずなのだが、ちっとも実感が湧かない。これでは安心して寿命を迎えられない。私は私が創り出した平和でのんびりとした世界を一目見るため、テレビに向かって、「10年後の世界の様子を映せ」と唱えた。
短い砂嵐の後、テレビは映像を再生する。しかしどういうことだろう、映るのはぼろ切れのようなものをまとい、死にそうな顔でクワを振る奴隷のような人ばかり。理想の世界とはほど遠い光景だ。わけがわからなくなって、私は「どういうことかナレーションで説明しろ」と唱えた。すると、ともなく、テレビから静かな女性の声が流れてくる。
「10年後の地球は某国の手により支配されております。その強烈な支配は人々の争いを許さず、結果として世界から貧富の差と戦争は消えました。また、すべての人間が農耕に従事するようになったため、食糧問題は解決。また、環境も10年前に比べてクリーンです。車に乗る人がいなくなりましたから。どうです、貴方が望んだ世界だと思われますが」
「そうじゃない!」
私は叫んだ。
「笑顔が無いじゃないか! 笑顔が絶えない世界になれに願いを変更だ!」
テレビの映像はすぐさま切り替わり、笑顔の人が手を取り合う様が映る。私は一瞬ホッとしたが、しかしどうにも様子がおかしい。みんなの笑顔はどう見ても不自然だ。私は「説明を」とテレビに唱える。
「10年後の世界は某宗教により支配されています。世の中の幸福度は増しましたが、以下略」
全能の力というクセに、なぜここまで融通が効かないのか。頭痛がしてくるのを感じた私は、「さっきまでのお願いは全部取り消し」と唱えた後にベッドに飛び込んだ。こういう時は、眠るに限る。
○
その日の夢には鬼崎氏が現れた。手のひらを擦り合わせながら、「どうだったかな?」なんて自信ありげに尋ねてきて、私は少し呆れてしまった。
「どうだった、じゃないですよ。穿った解釈で願いを叶えられてばかりでうんざりです。こいつはもうお返しします。死後、地獄への入居も止めにしますからね」
「そ、それは困る。私の角がぽきっとやられちゃってもいいのかい」
「ぽきっとやられてください。私には関係の無い話です」
「そんな鬼みたいなこと言わないでさ。ね? もう少し使ってみてよ。きっと気に入るから」
「鬼はそっちでしょう。とにかく、クーリングオフを希望です」
「いやいや、そこを何とか。ね、鬼の眼にも涙だと思って」
それから夢の中で押し問答をひたすら続けたが、鬼崎氏はちっとも折れる気配がない。とうとう私の方が我慢出来なくなって、「わかりましたよ」と根を上げてしまった。
「ああ、よかった。これでぽきっとやられずに済む」
心底安堵したように息を吐いた鬼崎氏は、「じゃ、またねー」と親しげに手を振って宙に消えた。どうやら、全能の力とやらとはまだ付き合っていかなければならないようだ。
○
翌日から私は全能の力の実験を始めた。どう願えばどう叶うのか、知る必要があると考えたからだ。
「お金がほしい」と唱えた時は、1円玉がベッドの下からころんと転がってくるに終わった。「ティッシュがほしい」と唱えるとポケットティッシュが手裏剣の如く飛んできた。「おにぎり食べたい」と唱えれば、炊飯器が勝手に開いて白飯同士が勝手に固まり三角のおにぎりが形成される。炊飯器が空の時は、白米が勝手に動き出して洗米から炊飯までを全自動で行った後、先に述べたようにおにぎりが形成される。これは見ていて愉快だった。どうやら、「何々がほしい」といった旨の願いを唱えると、どこかにあるものを勝手に持ってきたりするらしい。注意が必要である。
使い勝手が良いのは、「どこかへ行きたい」といった類の願いだ。これはまったくのノーリスクである。沖縄だけではない。ハワイでもブラジルでも、どこへだって行くことが出来る。特に必要もないので、わざわざ行こうとは思わないが。
それに、自分に関する願い。これもある程度は狙いの通りに叶えられる。「マイケルジャクソンのように踊れるようにしろ」と願った時は、自然に身体が躍り出したほどだ。ただし、「自分を世界最強の男にしろ」なんて願った時は要注意。私以外の人間が私よりも軟弱という、何とも情けない世界が創り出されたからである。
3日ほど掛かってたどり着いた結論は、全能の力なんてせいぜいタクシー代わりにしか使えない、ということくらい。何でも出来るようになっても、幸せになれるとは限らないらしい。
○
願うだけでは世界は良くならない。もっと直接的に動かねば。よし、それならスーパーマンになろう。死ぬ前に少しでも世界を良くしよう。たいして考えもせずに出した答えがそれだった。
指針が決まってからの行動は早い。すぐさま鏡に映る自分に向かって、「映画のようなスーパーマンになれ」と唱える。すると服装から身体つき、さらには顔つきまでもが現スーパーマンのヘンリー・カビルのようになった。「見た目だけじゃないだろうな」と思いつつ、窓から外に出てみれば、割とあっさり空を飛べた。
風を切って空を飛ぶのは心地よい。雲を抜けるまで高く飛べば、夜空に浮かぶ満月がいつもよりずっと大きく見える。ここからだと、瞬く星の色までもがよくわかる。
さて、空中散歩もそこそこに世界を平和にしなければ。どこかにトラブルの種は落ちていないだろうかと眼を光らせると、青森の中心部で火事が発生しているのが見えた。ここが埼玉辺りなのを考えれば、天体望遠鏡も驚きの視力である。
「行くか。世界平和への第一歩だ」
両手両足をぴんと伸ばした私は、事件現場に直行した。
現場は大きな病院であった。白い建物はすべての窓からもうもうと黒い煙を吐き出している。どうやら結構な大事のようだ。
スーパーマンには火事を消せるような能力はないので、消火活動は本職の方々に任せることとし、私は人命救助にあたることとした。
私は地上に降り立ち、近くの消防隊員に話しかける。
「どうも、取り残された人は何人です?」
「何だ、アンタ」と消防隊員は目を丸くする。
「私はスーパーマンですよ。それで、取り残された人数は?」
「何を言ってるんだコスプレ男。さっさと帰れ。こっちは遊びじゃないんだぞ」
「いやいや、ですからお手伝いしようとですね」
「いいから帰れ!」
てんでとりつく島がない。「わかりましたよ」と答えた私は、仕方がないので勝手にやることにした。
病院の天井に降り立ち、一番上の階から逃げ遅れた人を探していく。炎と煙に囲まれても熱くも苦しくもないが、視界が遮られるのは厄介だ。1m先もよく見えなくて、「誰かいますか」と叫びながらの捜索となった。
それから5階、4階、3階と順々に降りたが、取り残された人は見つからない。皆、無事に逃げたのだろうか。
骨折り損だったかななんて思いつつ、2階まで降りたところで、ようやく倒れた人影を見つけた。わざわざ青森まで来た甲斐があったというものだ。私は早速、彼をひょいと抱き上げ、割れた窓から外に出る。
窓から出たところで、先ほどの失礼な消防隊員とばったり出くわした。
「アッ、お前! まだこんなところにいたのか!」
「まあ、スーパーマンですからね。ほら、人助けもしましたよ」
「人助け?」
消防隊員はあざ笑うように言った。
「俺には遊んでいるようにしか見えないがね」
「何を言うんです。ほら、この人を助けたんですよ」
「お前が抱えている人をよく見てみな、スーパーマン」
視線を落とせば、私が抱いていたのは心臓マッサージの練習用か何かのマネキンであった。顔が赤くなっていくのを感じる。私は人形をその場に寝かせ、「自宅へ」と唱えて家に帰った。
その日以来、私はスーパーマンになったことがない。




