94 三島順平の希望
『・・・え?』
声の主を見て、二人は絶句した。
半透明の少女が宙に浮きながら順平の持つ報告書を覗き込んでいたのである。
「リ、リーゼロッテ様」
アーレスの絞り出すような声に、順平は更に驚いた。
リーゼロッテ。
その名前を忘れるわけがない。順平たち亜久通高校の面々をアークノギアに召喚したのは彼女なのだから。
「初めまして、じゃないですね。異世界の勇者様。
私はリーゼロッテ=R=ブリトニア。
ブリトニア王国の第三王女であり、あなた方をこの世界に呼び寄せた元凶です」
「・・・知ってるよ」
「怒らないのですか?」
「・・・もう、どうでもいいことさ」
ゲルオグ将軍のの言葉を信じるなら、彼女は自分達にとって命の恩人とも言える存在だ。彼女を恨むのは筋違いというものだろう。
あの地震を体感し、崩れる校舎から投げ出されたクラスメイトたちからも、彼女を責める言葉は聞いたことがない。
だが、それを教えてやる必要もない。
順平は立ち上がった。その目に生気は無い。
しかし、ふと思い立ち部屋を出ようとした足を止める。
「その報告書の、何がおかしいんだ?」
報告書に間違いがあれば、大地が生存している可能性が望める。順平はあまり期待せずにリーゼロッテに訊ねた。
「だって、皆様は国家機密に相当するのですよ?
そんな異世界人である方を開拓民として城の外に出すなど、有り得ません」
確かに、リーゼロッテの言うことは一理ある。
順平はアークノギアに召喚された直後、ゲルオグ将軍に戦いを拒めばどうなるか質問した。
その時の回答は軟禁に近い形で拘束するというものだった。ならば確かに、大地が開拓民として城の外に出されたというのは不自然だ。
「けれど、他の開拓民の証言があるだろ」
「黒目、黒髪、黄色肌は確かにこの世界で珍しいのですが、全くいないわけではありませんわ。
例えば大地様に似せた別人を開拓民として紛れ込ませれば、偽装することは可能でしょう」
順平は考える。
リーゼロッテ姫の言うことは理解できるが、それでも彼は首を振った。
「ブリトニア上層部が、そこまでする必要性を感じない」
希少な黒目、黒髪、黄色肌の少年を替え玉にして開拓村を一つ潰す。考えただけで、多大な労力だ。そこまでして大地を隠す意図が分からない。
「彼らがヤマモト様を始末したと思い込んでいると仮定すれば、どうですか?」
「なんだって?」
「ヤマモト様はミシマ様にとって、大事な方なのでしょう?
何度か、ゲルオグ将軍に面会を求めていますよね」
「ああ」
「開拓村のヤマモト様が別人だと仮定した場合、考えられる可能性は二つです。ヤマモト様は軟禁されているか、殺されているか」
「・・・そうだな」
「軟禁されているのであれば、あれだけ苦々しい態度を取っているのです。会わせれば済む話しですよね」
「なら大地は始末されたっていうのか」
「彼らは、そう思い込んでいると推測できます」
「なら結果は変わらないだろう。いや、ブリトニアの連中が大地を殺したなら、俺が魔王と戦ってやる義理は無くなるか」
「ヤマモト様は生きていらっしゃいます」
「どうして、そんなことが分かるんだ!?」
「それが私のS級スキル<異世界召喚>に付随する効果だからです」
順平は叫んだ姿勢のまま固まった。
「私は異世界人の皆様の状態を把握できるのです。居場所までは特定できませんが、生死は判別できますわ。
それに、彼の方の力は日増しに強大になっていますから」
「大地が・・・生きてる? 確かなのか!?」
「この身に誓って、確かです。この付随効果については、父上―――ブリトニア王も知りません」
彼女の真っ直ぐな瞳は、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「大地が・・・そうか、無事なんだな」
「近くにはおられません。おそらくは南方、魔境の地に転送されたのではないかと推測します。
それでゲルオグ将軍たちはヤマモト様の生死を把握しておらず、また死んだと思い込んでいるのではないでしょうか」
「そんな危険な場所に居て、大丈夫なのか?」
「現状、ヤマモト様の反応は遠くに居るにも関わらず、皆様の誰よりも強い魔力を有しています。
その周囲にも強いチカラを感じますし、少なくともブリトニア王国にいるよりは安全でしょう」
「そうか。会えないのは残念だけど、無事が分かれば十分だよ。ありがとう」
そう言って順平は笑った。
「・・・皆様を巻き込んだ私には、勿体ない言葉です」
「姫様は俺たちを召喚しただけだろう?
悪いのは魔王さ。それに命の恩人でもある。さっきは冷たくしてしまって、申し訳無かった」
順平の言葉にリーゼロッテは首を振った。
「違うのです」
「姫様・・・」
「アーレス。私はこれ以上、皆様に嘘を重ねたくはありません」
様子を見ていたアーレスが口を挟むが、リーゼロッテの瞳には強い意志が宿っていた。
「どういうことです?」
「いま現在、この世界に魔王は居りません」
「・・・え?」
順平の表情が固まる。
「だって、俺たちは魔王を倒すために召喚されたんだろ?」
「違います。ガスパリア帝国との戦争に勝つため召喚されたのです」
「どういうことなんだ?」
リーゼロッテは途切れ途切れになりながらも、説明してくれた。
魔王が現れなくなって、既に50年が経過していること。
魔族の勢力が減退していること。
そしてブリトニア王国とガスパリア帝国が世界の覇権を巡って対立していること。
その戦争に勝つため、順平たちが召喚されたこと。
「・・・ふざけやがって。
じゃあ、俺たちは戦争のために―――人殺しをするために異世界に召喚されたって言うのか!?」
「はい」
信じ難いことだった。
だが言われてみれば納得できることもある。
ガスパリア帝国は魔族に傀儡化された国だと順平たちは聞かされている。
しかし図書館組が調べた文献には、ガスパリア帝国が魔族に組みしているという記述は無かった。
機密保持を名目に城の関係者とは接触を禁止されていたし、演習に出る時も町の外まで馬車に乗らされた。
思えば、この世界の情報はゲルオグ将軍たちから与えられるものばかりで、自分たちの目や耳で実際に確認したものは皆無だ。
それに演習もゴブリンを中心とした人型の魔物を相手にすることが多かった。魔王を相手にするなら、いろいろなモンスターと戦闘経験を積ませるべきだろう。訓練の内容も、どちらかと言うと対人戦闘が中心だった気がする。
「団長は・・・このことを?」
「・・・知っていた」
「アーレスを責めないで下さい!
彼は彼なりに、皆様をお守りしようとしているのです!」
確かに。
自分達がチートな存在とはいえ、訓練の内容は厳しすぎるというものでは無かった。パラディンたちとの対決の時も、彼は身を呈して順平たちを守ろうとしている。
「けど―――こんなこと―――そうだ、皆に説明しないと!」
順平は部屋の外に駆け出そうとした。その行く手を、リーゼロッテが両手を拡げて妨げる。
「お止め下さい」
「どうしてだ!?
戦争に巻き込まれるなんて知ったら、みんなブリトニアに協力なんてしない!
ある程度は皆も強くなっているし、大地を探し出して元の世界に帰る方法を―――」
「皆様の何人かの魂に、穢れを感じます」
「・・・え?」
リーゼロッテは伏し目がちに話し出した。
「おそらく、何かの状態異常でないかと」
「俺たちは<ステータスプレート>で逐一、レベルや状態を把握してる。そんな状態異常に掛かってはいないと思うけど」
「<ステータスプレート>は絶対ではありません。
例えば<隠蔽>というスキルを付与すれば、状態異常を把握できなくなります」
「そんなこと・・・」
「皆様の魂に、まるで心を蝕むような穢れが見られるのです。
これも<異世界召喚>の付随効果です。何か心当たりはありませんか?」
言われてみれば―――
例えば光輝だが、もともと激情家なところはあったが、我を忘れるようなほどではなかった。
赤井や青木も姑息な立ち回りをしたり、自分の力に酔うような人間では無かったはずだ。
精神的に不安定なクラスメイトも何人かいる。順平はそれを異世界に来たストレスによるものと思っていたが・・・
「まさか、心を塗り替えるような<スキル>があるって言うのか?」
「分かりません。聞いたことはありませんが、無いとは言えません。
そもそも、私がこうしてミシマ様の前に姿を現したのは、ミシマ様の魂が凄まじい勢いで濁り始めたからなのです」
「俺の魂が・・・濁る?」
「はい。凄い勢いでした」
いま考えれば―――
なぜリーゼロッテの言葉を素直に受け入れなれなかったのだろうか?
彼女の言葉には、それなりの説得力があったはずだ。
それに大地の安全を確かめることを第一の目標にしていたのは事実だが、それであそこまで投げ槍になるだろうか?
委員長や冴もいるのだ。確かに自分はあの時、おかしかった。
「おそらくですが、悪感情を増幅させるようなスキルではないかと。
正常な判断能力を奪い、皆さんを戦いのことだけを考える人形にしようとしているのかもしれません」
「そんなことをしたら、自分たちの身も危なくなるんじゃないのか?」
赤井や青木の態度を見るに、二人はアークノギアに住む人々を軽視しているように思えた。結城琢磨が順平たちと距離を縮めたことにより最近は大人しくしているが、二人の言動については眉をしかめる場面も多い。
異世界人である自分達がこの世界に選民思想のような悪感情を抱くのは、デメリットの方が大きいはずだ。
「・・・皆様は、<王家の誓い>というスキルを付与されていませんか?」
「<王家の誓い>?
ああ、ブリトニア王家に守護の誓いを立てることでステータスが少し底上げされるっていうB級スキルだったかな。
まさか・・・」
「間違ってはいませんが、<王家の誓い>について説明は受けましたか?」
「いや・・・国を守るとか、そういうことかと・・・」
「厳密に言えば、ブリトニア王家に対して命令違反や敵対行動を起こそうとすると、ステータスが激減します」
「なっ!?」
「逆に王家に対して強い忠誠を立てれば、それだけステータス値が上昇します。
将校や幹部になるには、このスキルの取得が義務付けられていますからね」
「なんてこった・・・」
ブリトニア王家に忠誠を立てるはずもない順平たち異世界人からすれば、ステータスの上昇値は僅かである。しかもブリトニア王からは「別命あるまでブリトニア国内に留まるべし」という命令を受けている。
つまりブリトニア国外に出ればステータス値が激減する。
異世界召喚の真実を話せば、ブリトニア王家やこの世界に悪感情を抱いて<魂>が何かに浸食される可能性がある。
「・・・ダメだ。打開策が思い浮かばない」
「ミシマ様。どうか、今は堪えてください。
このようなスキルによる支配は間違っています。
また無理に世界の覇権を握ろうなどという考えも誤りです。
いま、私たちは良識ある貴族を束ね戦争を回避するべく動いております。
今は未だ、行動を起こす時期ではありません」
「なるほど、分かった。しかし、その行動は命令違反や敵対行動にならないのか?」
「王家への忠誠は、戦争を起こすことではありません。
私にも<王家の誓い>が付与されているので国王の命令に背いて異世界召喚の儀に反することは叶いませんでした。
ですが、アーレスとも協力し皆様を不利益な争いから遠ざけることには全力を注いでおります」
「・・・その姿は?」
「これは私のユニーク級スキル<幽体離脱>ですわ。
肉体から魂の一部を外に出して、レイスのように行動できます。
このように―――」
リーゼロッテの姿が幽体から、蒼い火の玉のようなものに変わる。
「このように姿を変えることもできます。壁をすり抜けることもできるんですよ」
「リーゼロッテ姫は、このスキルを活用して信頼のできる仲間を増やされているのだ」
「でも、こんなスキルを持っていたら、目をつけられるんじゃないのか?」
「ブリトニア王には幽体になれるスキルとしか説明していません。
会話ができたり、壁をすり抜けたり、姿を変えられたりといったことは知らないはずです。
召喚しか能がないって言われてますし」
そう言って笑うリーゼロッテ。
一般的にインビジブル・スキルと呼ばれるレベルアップによって覚醒する以外のスキルは、14才までに自然と身に付いているらしい。このためアークノギアでは成人が14才とされている。
リーゼロッテがブリトニア王国の体制に疑問を抱き、その体制を変えるために周囲を欺き始めたのだとすれば、それ以前からということになる。
自分がそれ以前の年齢のときに何をしていただろうかと考えて、順平は少し恥ずかしくなった。
リーゼロッテの目を真っ直ぐに見つめ返し、彼は膝をついた。
「ミシマさま?」
「深い慈悲の心に感謝します。俺を、いや私を貴女の騎士として、お役立て下さい」
「そ、そんな、ミシマ様、面を上げてください」
「では、騎士として、お認めいただけると?」
「う・・・貴方様さえ、お嫌でなければ」
「ご期待に添えるよう、努力しますよ」
「・・・ミシマ様。心を強く持って下さい。怒りや憎しみが心を蝕み、貴方様という人間を変えてしまわないように」
「分かりました」
三島順平はこの夜、リーゼロッテの騎士となった。




