86 戦後処理
魔族軍による原初の大森林進行は大失敗に終わった。
魔公7人のうち、一人が逃亡。6人が戦闘不能。
これと同時に全ての魔導人形が機能を停止した。
こちらの被害は、重傷者500、軽症6000、死傷者ゼロ。
完全勝利と言えだろう。
大規模戦闘から三日後、捕虜となった魔公たちは魔力操作を封じる手枷を付けられ、俺の前に連れて来られた。
ロンダークとジースは俺の姿を見るなり、その場に跪く。他の魔公もタツマキたちの姿を見て、青い顔をして二人に倣う。
「さて―――」
その様子を確認し、俺は彼らに声を掛けた。
「顔を上げていいぞ」
その言葉を待っていたかのように、ロンダークとジースは面を上げる。
その瞳には、強い意志と生気に溢れた力強い色が見られた。
「とりあえず、何か言いたいことはあるか?」
「では、私より」
ロンダークが挙手する。
「言ってみろ」
「今回の侵攻は、私が独断したものです。他の者たちには、寛容な処分をお願いしたい」
「なるほど」
ロンダークは自ら<魔王>を名乗り、原初の大森林に攻め込む中心的な役割を果たした。第一級の戦犯と言える。
他の魔公たちにも異論は無いようだ。
話し合いは済んでいる、ということだろう。
「なら、こちらからの要求を伝えるぞ」
小難しい交渉はナシだ。
まあ、そんなものは必要ないだろうが。
「まず一つ。
ここルシフェルアークの跡地に、半妖種やインテリジェンス・モンスターの都市を建設することに同意すること」
「畏まりました」
ロンダークの言葉に、ジースを除く魔公全員が目を丸くした。
かく言う俺も驚いた。
原初の大森林に並々ならぬ想いを寄せていたロンダークが、あっさりと承諾したことに驚いたのだ。
ちょっと動揺。
「ひ、一つ。
魔族は現在の体制を改め、一つの国として宣誓すること。初代の国王はロンダークとする」
「・・・は? お、お待ちください」
今度はロンダークが慌てて声を上げた。ジースが「ほう」と声を洩らした。
「魔族領を国家とすると?
ダイチ様が治めていただけるのでは、ありませんか?」
「俺は政治に興味ない。王様になりたいわけでもない」
「しかし・・・」
「俺の話しは、まだ終わってないぞ」
「し、失礼しました」
ロンダークが頭を下げた。いや、顔を上げて欲しいんだけどな。できれば跪くのも止めて欲しい。
「一つ。
できた国は他の国と友好関係を結ぶこと」
「は、はい?」
「一つ。
手始めとして、このフォレストピアと友好条約を結んでもらう。以上だ」
「お、お待ちください!」
ロンダークは顔を上げ、泣きそうな顔で俺を見ていた。
「他の国というのは、人族の国家ということですか?」
「そうだ」
「そ、それは難しいかと・・・」
「何とかしろ」
ロンダークが「ええ~!?」という顔をする。他の魔公も同様だ。
だがジースは笑いで肩を震わせていた。
「とんでもない難題を突きつけられたのぅ。ロンダーク」
「笑い事か!?」
「いやいや。だが不可能なことでもなかろう?」
「それは―――」
驚いたことに、魔族は国として成立していない。
いや。体制と言う点では、国と呼べなくはないのだ。
ただ、そう名乗っていないというだけである。
その原因となるのが<魔王>の存在だ。
魔族の王はあくまで<魔王>であり、<魔王>が出現すればロンダークやジースという例外はあるものの魔族は一致団結する。
そして<魔王>は現れるのと同時に他種族に宣戦布告し、その後勇者に倒される。
国づくりとかしないし、暴れて倒されるだけだ。それが魔族の立場を悪くしている。
以前にも言ったが、魔族領には既に何人もの人種や亜人種が暮らしている。
非公式ながら、魔公たちが治める領地では独自に人間の国家と交易もしている。
現在の体制に少し手を加えるだけで、魔族は国として認められるだけの要件を満たしているのだ。
魔族がロンダークを王とし、一つの国として成り立つことによる効果は二つ。
まず魔族は<魔王>の支配下に入らないと宣言するに等しい、ということ。
<魔王>が誕生することで、それに従うのは魔族やモンスターだけではない。人間の中にも、そういった輩はいるのだ。
ロンダークやジースの治める領にいる魔族たちが<魔王>に従わないことを考えれば、魔族だけが特別<魔王>に従っているわけではない。そういったことを強制する<スキル>があるわけでもない。
『自分達の王は他にいる』ということを宣言し、<魔王>の配下=<魔族>という図式を壊してしまうのである。
もう一つは、魔族領の抱える問題を解決できるかもしれないこと。
魔族領はアークノギアの南西部、大湿地帯と原初の大森林に囲まれた寒冷地帯にある。大湿地帯と大森林に囲まれ、攻めるに難い土地なのだが交易という点では壊滅的だ。
食料も少なく、この点においては帝国と似ていると言えなくはないが、それを貿易で補うことが難しい。
だが魔族領はアークノギアでも有数の魔石地帯なのだ。
魔石とは魔力を秘めた石のことで、アークノギアにおけるエネルギー資源でもある。
魔族たちは先天的に高い魔力を有し、魔法適正も高いので生活に必要な魔力は足りている。資源に乏しい寒冷地帯で彼らが暮らしていけるのは、これが主な理由だ。人間族ならば暖を取るための炎を維持することができない。
なので魔石が大量に余っているらしい。魔導人形に費やすほどに。
これを国として管理すれば、他国から食料を輸入できる。寒さに強い穀物も手に入れることができる。
魔族が人族を中心とする他種族を敵視しているのは、彼らの貧しさが原因なのだ。これを解決できるかもしれない。
もちろん、今まで敵対していた魔族と表立って友好を結ぶ国は無いだろう。
だが魔石という資源は現状、ブリトニア王国が突出しており高い供給力があるのだが、値段が高い。
別の場所から供給されるのであれば魅力的な話だろう。俺的に、ブリトニアに遠慮する心情は一切無いわけだし。
また交易路についても、フォレストピアが整備すれば解決する。そのための計画も進行中だ。
魔族と他種族との争いの歴史に終止符を打つためにも、ロンダークには頑張ってもらわなければならない。
そういったことを説明した。
「そのようなことが本当に可能でしょうか?」
「やってみなくちゃ分からないだろ? 諦めたら、そこで試合終了だよ?」
某バスケットボール作品の有名な台詞を貸してもらった。言いたかっただけなんだが。
「大変なことになったな、ロンダーク」
「ジースも笑っていられないぞ?」
「なんですと?」
「魔族の国の中心に、魔法学園の設立を要求する。ジースには、そこの学園長になってもらう」
俺の言葉にジースは目を丸くした。
「魔法学園ですか?」
「ああ。魔族が衰退している原因は、魔法の扱いができなくなっているからだ。
学ぶ意思のある者、才能のある者は授業を受けられるようにするんだ」
「なんと。それは面白い」
500年前には、ロンダークやジースぐらいの魔力を持つ魔族なら数人はいたのだという。
また他の魔公レベルの実力者ならゴロゴロいたらしいので、質の面で衰退しているのは明らかだ。
この原因は、魔力を研鑽しないからである。
筋力と一緒で、魔力も鍛えれば上がっていく。しかし生活に必要な魔力ぐらいしか必要としなくなった魔族は、種族として魔力総量が低下している。そのうち魔導人形も起動できなくなるだろう。資源があるのに、ロンダークとジースの二人以外の魔公が魔導人形を一万体しか所持していなかったのは、これが原因なのだ。
これに歯止めをかける目的が一つ。
もう一つは、選民思想の強い魔族の中にあって優秀な人材を確保するためである。
貴族に拘わらず人材を重用することで、適材適所に人材を配置できる。貴重なレアスキルを持つ奴=優秀という図式を壊す。
あとは未来を担う魔族の子どもたちに妙な思想を植え付けないことも期待したい。魔族こそがアークノギアの支配者に相応しいという誤った解釈を植え付ける前に、正しい教育を受けることができるだろう。
そんな話を終えると、ロンダークは改めて頭を下げた。
「此度の要求、全て受け入れさせていただきます」
「良かった。お前たちも思うところはあるだろうが、やっていけるな?」
俺が声を掛けたのは王牙や白葉たちだ。
「ええ。我々はダイチ様に従います」
「よし。あとは逃亡した魔公だな」
「グランゼルフですね」
ロンダークが名前を述べる。
「自分の領地にも帰ってはいないようです」
「おそらく原初の大森林北西部、死霊の森地帯に逃げたのだろうな。
死霊使いの奴からすれば、無限の戦力を得るに等しいからのぅ」
なるほど。
半魚族が暮らしていたサラサ湖を襲撃したのは、そいつか。
魔王ヴァルヴァーレの復活を目論んだのもグランゼルフらしい。ハッシュベルトの上司ということだし。
言うなれば、今回の一件を引き起こした首謀者と言うわけだ。
そんな奴を逃してしまったのは運が悪かった。
だが、ただでは終わらせない。
「なら、今回の黒幕はグランゼルフということにしよう。領地は没収。ロンダークの直轄地に加える」
「容赦ありませんなぁ」
「お前たち、ダイチ様に逆らおうなどと考えるなよ」
青い顔をして、コクコクと頷く他の魔公たち。
―――いや、一人寝ている奴がいるな。
あれは確か、ラルヴァとかいう大男だったか。
ロンダークの額に青筋が浮かび、桜花が拳を鳴らしながら近付いていく。
カイザーが同類を見る目で彼を見ていた。
放置で良いよね?




