79 紅葉VSレイティアス
長距離転移魔法【テレポート】を駆使しつつ、紅葉は敵陣を目指していた。
【テレポート】はかなり魔力を消費するはずだが、疲れは無い。それだけ自身の魔力が上がっていることに紅葉自身も驚いている。
(これが主様より与えられたチカラか)
ポイズンウルフの襲撃やバルデビア大公国で暗殺者たちを撃退したことを除けば、これが紅葉にとって初陣とも言える。
これまでの相手は格下の更に下だった。五尾姫と呼ばれていた頃の自分でも対応できていただろう。
しかし今回の相手は魔公。しかもハッシュベルト以上の実力者である。
五尾姫の頃から自身の力がどこまで通用するか試してみたいと思っていた紅葉にとっては、またとない獲物だ。
それと同時に、紅葉は焦ってもいた。
その原因となっているのがタツマキの存在だ。
紅葉は五尾姫の頃から自分は原初の大森林でも最強の存在であり、伝説の竜巻龍に匹敵すると考えていた。
しかしタツマキの強さを見て、自分がいかに井の中の蛙だったかを思い知らされたのだ。
それはプライドの高い紅葉を傷付けた。
自分がどこまで戦えるのか、ダイチの側近として戦えるのか。そんな不安を抱えていたのである。
「止まりな」
敵陣まで、あと一回【テレポート】を発動すれば到達するというところで、声を掛けられた。
赤髪の女魔族がそこには立っていた。
「何者じゃ?」
「<灼熱麗姫>の魔王、レイティアス様だよ。覚えときな」
「ぷっ。自分で麗姫とか言って、恥ずかしくないのかのぅ」
レイティアスのこめかみがピクリと動いた。
紅葉は確信する。
こいつはカモだ。
レイティアスは胸を張って何とか言葉を絞り出した。
「ふん、狐にはアタイの美しさが分からないみたいだね」
「そんなことで無い胸を主張されてものぅ。せめて、妾ぐらいの大きさはないとのぅ」
自分の豊満な乳房を持ち上げながら言う。レイティアスに青筋が浮かんだ。もう一押しか。
「こ、ここから先はアタイのシマだよ。さっさと出ていきな」
「ぷっ。シマじゃと? そなた、本当はチンピラの情婦ではないのか?」
「ぶっ殺す! <灼熱波>!」
「短気じゃな。【ファイヤーウォール】」
レイティアスの発した紅蓮の炎を紅葉の魔法が防ぐ。
「名乗り遅れたが、ダイチ様の側近、<玉藻の前>の紅葉じゃ。よろしくの、芍薬便秘とやら」
「<灼熱麗姫>だ!」
レイティアスは激昂しながら炎を放つが、全て【ファイヤーウォール】に防がれる。
「ちっ! 魔術師系かい!?」
「ご明察じゃ」
「!?」
声は横から聞こえた。
「【フレイムブラスター】」
レックスが得意としていた炎の閃光を事も無げに放ち、それがレイティアスに直撃した。
「呆気ないのぅ」
レイティアスの短気な性格を見抜いた紅葉は、安い挑発で冷静さを失わせ、横から奇襲をかけたのである。
魔王を名乗っていたことから、おそらく魔公の一人だったのだろうが、あまりにも呆気ない幕引きである。
しかしそれは、明らかな油断だった。
「<灼熱拳>!」
「なんと!?」
炎の閃光に貫かれたはずのレイティアスは、五体満足で紅葉に炎を纏った拳を放ってきた。
突然のことに対処できず、紅葉は殴り飛ばされた。
「あははっ! 油断したね!」
「ちっ。弁解の余地はないのぅ」
なおもレイティアスは紅葉に迫り、燃え盛る拳を振るってくる。魔力の盾でそれを防ぎつつ、
「<狐火>」
「むっ!?」
<狐火>を自分の周囲に出現させ、瞬時に爆発させる。それを煙幕代わりに、紅葉は短距離型の転移魔法【ショートテレポ】で距離をとった。
今度は油断しない。
「暑いじゃないか」
「ふむ。火術に耐性があるのか」
「その通り! これがアタイの<灼熱耐性>さ!
<灼熱麗姫>の名前は伊達じゃないよ!」
レイティアスは真っ直ぐに突っ込んできた。【フレイムランサー】を放って牽制するが、直撃を受けても構わずに突っ込んでくる。
「<猛進猪娘>に変えてはどうかのぅ?」
「口の減らない狐だね!」
どうやら挑発がバレたらしい。しかも相手は接近戦を得意としているようで、なかなか見事なコンビネーションで攻撃を仕掛けてくる。
(・・・面倒じゃな)
紅葉も火属性には耐性があるので、炎によるダメージは少ない。
しかし近接戦闘を不得手としている紅葉には決定打となる攻撃が無い。
(どうする?)
距離を開けて火術を叩き込んでも、レイティアスはものともしない。すぐさま肉薄し、連打で攻めてくる。
(仕方ない。アレを使うか)
紅葉が方針を決めるが、それより前にレイティアスが焦れた。
「忌々しい盾だね! なら、これでどうだい!? <炎爆拳>!」
レイティアスの拳を受け止めた瞬間、爆発が紅葉を襲い吹き飛ばす。
「っ!」
「あははははっ! ダメージあったみたいだね!」
吹き飛ばされ、体勢の崩れた紅葉の懐にレイティアスが潜り込む。
「これで終いさ! <炎爆拳>!」
レイティアスの拳が紅葉の腹に突き刺さり、その胴体を真っ二つにした。
たが、おかしい。
触れると同時に爆ぜるはずの拳に感触がない。
「【イリュージョン】」
「幻覚かい!?」
レイティアスの周囲に何人もの紅葉が現れ、高笑いを浮かべる。対象に幻覚を見せて混乱させる魔法【イリュージョン】だ。
「そんな子ども騙しが通用すると思っているのかい!?」
レイティアスは魔力を最大限に高めた。
「<灼熱爆炎陣>!」
レイティアスを中心に燃え盛る炎が荒れ狂い、爆発して全てを飲み込んでいく。
後には荒野に立つレイティアスだけが残された。紅葉の幻覚体は消え去っている。
「やったかい?」
どれが本物か分からなければ、全てを消し去ってしまえば良いのだ。好戦的なレイティアスならではの考えである。
たが、それは彼女の過ちでもあった。
「っぐ!?」
不意に足に痛みを感じ、レイティアスは膝を着いた。赤い光線のようなものが自分の腿を貫いていた。
「な、なんだい、これは!?」
よく見れば、周囲に同じような光線が触手のように浮かんでいる。それらがレイティアスに向かって牙を剥いた。
「くそっ!」
毒づきながら横っ飛びに避けるが、数本あるうちの二本が肩と腹を貫いた。
「くあああああっ! なんだってんだい!?」
「妾のS級スキル<炎熱之九尾>じゃよ」
「なっ! アンタ、生きてたのかい?」
悠然と立つ紅葉の尾は赤く輝いていた。どうやら先程の赤い光線は、そこから発せられているようである。
「妾も火属性には耐性があるのでな。あの程度の炎なら、そよ風と変わらん」
「この・・・!」
レイティアスは立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
「この<炎熱之九尾>は、妾の火術を圧縮して作られる鞭じゃ。その貫通力は鋼鉄の鎧さえも貫く」
それ故に魔力を練り上げる必要がある。【イリュージョン】は、そのための時間稼ぎだった。
ちなみに、紅葉はこの鞭とは名ばかりの触手のような武器を気に入っていない。自慢の九尾を触手もどきに変えてしまうことを躊躇ったのだ。
「その足では動けまい。投降するが良い」
「誰がするか! この化け狐が、燃え散れ! <灼熱波>!」
炎を放つレイティアスだったが、もちろん紅葉にダメージは与えられない。
「やれやれ。仕方ないの」
紅葉は9本の尾を鞭のように操る。光線と化した赤い鞭は、舞うようにレイティアスを打ち付けた。
「<焔舞>」
それは嵐のような連撃であり、舞う炎のようでもあった。
<灼熱耐性>があろうと、物理攻撃による痛みまでは防げない。
散々に鞭に打たれたレイティアスは宙を舞い、気を失って地に伏した。
そこまでが舞の一幕であるかのように。
「ふむ。なんとかなったか」
自身の力に確信を得た紅葉は、満足げに笑うのだった。




