69 工房買収
「このバカ野郎が!」
落雷のような大きい声が響き、鼓膜が破れたんじゃないかと錯覚する。
「いってぇ!」
ゴンの頭の上に怒槌とも呼ぶべきゲンコツが降り下ろされた。
ベルグライトと別れた後、俺たちは真っ直ぐにゴンの働き場所であるガンフォード工房に向かった。しかし入り口のところで、ゴンがごね出したのだ。気持ちは分からんでもない。店の前でウロウロしていたが、そこに女の人が出てきた。身長や見た目から、ドワーフの女性だと思った。
「ゴン!? ゴンじゃないか!?」
掃除道具を持っていたので、おそらく店先を掃除しようと思って出てきたのだろう。彼女はゴンを見るなり、目に涙を浮かべて走り寄り、抱き締めた。
「ああ、ゴン! 死んじまったかと思ったよ!」
「お、女将さん! 痛い、痛いよ!」
「なにが痛いだ、この親不孝者!
ちょっとアンタ! ゴンが帰ってきたよ!」
「なんだと!?」
凄まじいスピードで中年のドワーフが表に出てきた。口髭を生やし、なぜかバイキングが被るような兜を被っている。
「てめえ、ゴン! どこをほっつき歩いてやがった!?」
「あの、その・・・」
「俺ァ、お前が拐かされたんじゃないかと心配したんだぞ、このバカ野郎が!」
「怪我はしてないかい? どこに行ってたんだい? 後ろの人たちは誰だい?」
この後、工房の中から職人たちも出てきて、泣き声やら怒号が響き渡り騒然となった。女将さんが俺たちを店の中に案内しなければ、衛兵を呼ばれていたかもしれない。
で、落ち着いたところで事情を説明。冒頭の雷シーンに返るわけである。
「アンタたち、本当にすまんかった。間違いなく、このバカ野郎にとって命の恩人だ」
「ゴンを助けたのは、森の巡回をしていた兵士だよ。俺たちは交渉のために来たんだ」
そう言って、ブラックミスリルを取り出した。
「こ、こいつはブラックミスリル!?
しかも恐ろしく純度が高いな。こいつを売ってもらえるってわけか」
「ああ。いくらで買う?」
「・・・この純度なら金貨40枚でも安いぐらいだ。悪いが、カネをかき集めても俺の工房では出せる金額じゃないな」
「そうか。なら諦めるか?」
「・・・俺が奴隷になれば金貨10枚ってとこだな。店にある全部の武器をアンタに譲ったとしても足りないか」
「俺も奴隷になる!」
「バカ野郎! 息子を奴隷にする親がどこにいる!?」
この世界なら、割りといるんじゃないかと思ったが黙っていた。
「本当の息子じゃないだろ!」
「このバカ野郎が!
その台詞をもう一度でもテレーズの前で吐いたらブッ殺すぞ!」
「うっ!? わ、悪い、女将さん。そういうつもりじゃなくて・・・」
「分かってるよ、ゴン。でもね、アンタが犠牲になる必要は無いんだよ。あたしも奴隷になれば金貨一枚ぐらいにはなるかねぇ」
「おい、テレーズ!?」
「黙りな。この工房の問題は、夫婦の問題だよ。アンタ一人が犠牲になることじゃない」
「ったく、気の強い女だな」
「そこに惚れたんだろう?」
「ちげーねー」
「なに年甲斐もなく惚けてるんだよ!?
師匠や女将さんが奴隷になるなら、俺も奴隷になるからな!」
「バカ言ってンじゃねぇ!」
「なんでだよ!? 俺のことを息子って言うなら、これは家族の問題だろ!」
「減らず口を叩くな!」
「いーや、よく言ったぜ、ゴン!」
部屋の中に職人たちが流れ込んできた。扉の向こうで聞き耳を立てていたのは知ってたけどね。
「お前ら、何しに来た!?」
「話しは聞かせてもらいましたよ。水くさいじゃないですか。家族の問題なら、この工房の連中みんながそうですよ」
「ゴンの屁理屈に乗っかるんじゃねえ!」
「今こそ、拾ってもらった恩を返す時なんですよ。なあ、みんな!」
「そうですよ、親方!」
「俺たちも奴隷になれば、十分な金額になるはずです!」
「一度は処刑も覚悟したんです。何だって出来ますよ!」
「親方、俺たちも役に立たせて下さい!」
「親方!」
「ごちゃごちゃウルセーーー! そんなもん、認められるかーーーっ!」
い~感じのカオスっぷりだな~。
でも、この工房が良いところだってことは、分かった。ゴンを奴隷にして売り渡すような連中だったら、どうしようかと思ってたよ。
「ちょっと、いいか?」
俺は挙手して注目を集めた。
「残念だが、俺は奴隷が欲しい訳じゃない。カネが払えないなら、別のものを売ってくれ」
「ああ? 奴隷になってカネをつくる以外に売れるものなんて無いぞ?」
「あるじゃないか。この工房が」
ガンフォードたちはキョトンとした目で俺を見た。
「工房だと?」
「ああ。俺たちは腕の良い鍛冶職人を自分達の都市に招きたいんだ。この工房なら、是非にでもお願いしたいね」
「自分達の都市って、さっき言った原初の大森林にできるとかいう都市か?」
「ああ。工房も、その仕組みも全て、都市が買い取る。オーナーが都市になると思ってくれ。ちなみに工房の責任者はガンフォードさんのままで良い」
「工房ごと・・・売る・・・?」
いわゆる企業買収というやつである。ガンフォード工房という会社そのものに価値があり、それを買い取るというわけだ。
「この町を出て、原初の大森林にできる都市で工房を運営してくれ。その対価として、ブラックミスリルを提供する」
俺は更にブラックミスリルを2つ、取り出して机に並べた。
「ブラックミスリルが、こんなに!?」
「どうだ?」
「・・・・・・・・・」
「アンタ・・・」
「師匠・・・」
「親方・・・」
全員がガンフォードを見ていた。彼は腕を組み、しばらく考えて・・・
「そっちに行けば、奴隷にならなくて済むんだな?」
「ああ」
「工房ごと・・・家族ごと、面倒を見てくれるわけだ」
「きちんと仕事をしてくれるなら文句はない」
「こんな勧誘の仕方、聞いたことがないぜ」
「新しいだろ?」
「その提案を受けなきゃ、どの道、俺たちは散り散りのバラバラ。良くて奴隷、悪くて処刑だ。受けるよ、よろしく頼む」
わっ、と場がまた盛り上がった。
「だが、話をつけなきゃならない人間がいる。正式な返事は明日でも良いか?」
「ああ。俺たちにも用事があるからな。それで良いよ。たぶん、今夜にでも仕掛けてくるだろ」
「?」
「こっちの話さ。いや、アンタたちにも関係あるな。ちょっと協力してもらえるか?」




