67 ブラックミスリル
【ゲート】でフォレストピアに戻った俺たちは、ウルフェンの案内で早速、ドワーフの少年の待つテントに向かった。
当然のように桜花たちも付いてこようとしたので注意した。
年端もいかない少年を相手に、ゾロゾロと取り巻きを引き連れて会いに行くのは明らかにおかしい。相手を威嚇しても得るものは無い。
それでも桜花やアクアは「護衛が・・・」と食い下がってきた。これは一度、本気で注意した方が良いかと思っていたら、「恋愛にも適切な距離が必要だって本に書いてあったぞ」というタツマキの言葉で説得された。
ちょっと前からタツマキの有能っぷりが目立つな。一番子供っぽいと思っていたのに。ごめんよ。今日のデザートを半分分けてやろう。
そんなこんなで、やっとドワーフの少年が待つテントの中に入る。俺が入ると、背の低い、しかし体格の良い少年が立ち上がって一礼した。
「ドワーフ族のゴンです。はじめまして」
礼儀正しいな~。
「ダイチだ。いちおう、こいつらのリーダーってことになってる」
「えっと・・・人族の方ですよね?」
「そうだけど?」
「人族の人が半妖種のリーダーなんですか?」
「あ~。まあ、いろいろあってな」
「はぁ」
俺は彼に着席を促した。
一礼し、席に着くゴン。やはり礼儀正しい。
しかし俺が人族と分かってから、少し警戒感が増したようだ。緊張しているのだろうか?
俺たちが席に着くと、タイミングを見計らったようにゴブリン・インテリジェンスの女性が飲み物を運んできた。原初の大森林で採れる果実を搾ったジュースだ。テントを出るときも、流れるような仕草で一礼し、出ていった。
う~ん、教育が行き届いているな。
「それで早速本題だが、ブラックミスリルが欲しいって?」
「は、はい!」
「どのくらい欲しいんだ?」
「じゅ、10キロです」
けっこうな量だな。
「理由を聞いても良いか?」
「は、はい。」
ゴンから聞いた事情をまとめよう。
ゴンはバルデビア大公国の首都、バルデビアンで工房を開いているドワーフの弟子らしい。彼の師匠はドワーフの名工、ギースに師事した人物とのことだった。
まずゴンがバルデビア大公国から来たということで、彼が俺に警戒感を抱いた理由が分かった。バルデビアでは亜人種が迫害されている。そのため人族に良いイメージを持っていなかったのだろう。
加えて、なぜ彼の師匠がそんな土地で工房を開いたのか疑問が起こる。
実はバルデビアでは数年前から、種族間差別を撤廃しようとする融和派が実権を握っていたらしい。理由は人族だけでは国の発展に限りがあるからだ。
例えばドワーフは武器開発はもちろん、日常的に使う生活雑貨の発明に熱心な者が多い。彼らを冷遇すればするほど、他国に技術面で差をつけられてしまうわけだ。バルデビアでは奴隷商が活発らしくドワーフなど亜人種の奴隷は多い。しかし奴隷が研究開発に熱心に取り組むわけがない。モチベーションの問題だ。加えて奴隷は物のような扱いを受けるので、成果が上がらなければ処分されることも珍しくない。
そんな国の悪循環を断ち切ろうとした融和派のトップがゴンの師匠をバルデビアに招いたのだという。
しかし最近になり、反融和派が実権を奪い返したらしい。融和政策によって職を失った人族を焚き付け、融和派の不正を暴露して失脚させたらしいのだ。これによりゴンの師匠が開いた工房も窮地に立たされた。
そこに国から非常に重要な仕事を任される。ブラックミスリルを錬成し、武具を鍛えるよう依頼を受けたのだ。
自分達の有用性を示し、差別による亜人種の排斥運動を治めるためと融和派の重鎮に説得され、彼の師匠は快く引き受けた。
そしてブラックミスリルを与えられ、仕事に掛かろうとした矢先、ブラックミスリルが何者かに盗まれてしまう。
希少な魔鉱を盗まれ、仕事が完成しなければ絶体絶命だ。工房の職人たちはブラックミスリルを確保しようと走り回ったが、まったくと言っていいほど集められなかった。
そこでゴンは一念発起し、ブラックミスリルが採れるとされる原初の大森林に足を踏み入れた、ということらしい。
「・・・このことを、お前の師匠は知っているのか?」
「いいえ。黙って出てきました」
「カネはどうしたんだ?」
「将来、ボクもブラックミスリルを鍛えたいと思っていたので、買うために貯金していました。それを使おうと思ったのですが・・・」
「どうした?」
「・・・護衛を依頼した冒険者に奪われました」
あちゃ~。
原初の大森林に入るため、冒険者を雇った。彼らはBクラスの冒険者で、最近もクラッシャーボアを討伐したとのことで雇ったらしい。しかし、森に少し入ったところで剣を向けられ、有り金を置いていくよう言われたのだという。もちろん抵抗したが、Bクラスの冒険者に幼いゴンが叶うはずもなく、カネを奪われたところでキラーグリズリーの襲撃を受けた。
冒険者たちは我先にと逃げていき、寸でのところを巡回していたライトニングタイガーと鬼人族に助けられた。
「無茶するなよ」
「ですが、ブラックミスリルがないと、本当にマズイんです。いまのバルデビアなら、死刑になってもおかしくありません。良くて、一生奴隷です」
盗みにあった被害者が死刑とか最悪だな。だが仮にブリトニア王国の王族なら、やりかねないだろう。その影響を受けているであろうバルデビアも同じだ。
「そもそも、どうやってブラックミスリルを手に入れようと思ったんだ?」
「原初の大森林には半妖種の集落がいくつかあると聞いていたので、そこを回って買えないかと思っていました。でも依頼を受けてくれた冒険者たちが、ブラックミスリルの採れる穴場の洞窟があると教えてくれて・・・」
「おいおい。仮にそんな場所があっても、他人に教えるわけないだろ。おかしいと思わなかったのか?」
「は、はじめはすごく親切だったんです。それが・・・突然・・・」
あ~、カモられたんだな。こんな少年を騙すとか、どんな冒険者だよ。
「くっそ、バルカスの奴。絶対に忘れないぞ」
「ぶっ!?」
バルカス!?
それって、タラゼアの町の冒険者ギルドでタツマキたちにちょっかいを掛けた奴じゃないか。
妙なところで繋がりがあるな。しかし追い剥ぎみたいなことをしているなら、ギルド長のバナスさんに報告しといた方が良いかもしれない。
「そ、そうか。じゃあ本題だ。ゴンが欲しがっているブラックミスリルなら、ここにある」
「本当ですか!?」
「ああ。10キロぐらいなら、あるはずだ。で、それを買うカネがあるのか?」
「それは・・・」
何度も言うが、ブラックミスリルは希少な魔鉱だ。武器に加工できれば一級品の装備になる。
「ゴンがいくら用意していたか知らないが、10キロなら捨て値で売り捌いても金貨30枚はするぞ。買えるのか?」
「・・・身体で払います」
「いやいや。お前、男だろ」
「ち、違います! 奴隷になって、働いて返します!」
あ、そういうことか。
いかんね、思考がエロに傾いてしまった。
「ボクには、未熟ですが鍛冶の技能があります。健康ですし、まだ若いです。一生働けば、それぐらいにはなるはずです」
「お前がそこまでする理由は何だ?
ブラックミスリルを盗まれたのだって、元はと言えば、お前の師匠の管理不行き届きだろ」
「師匠は戦争で親を亡くしたボクを引き取って、仕込んでくれたんです。工房の皆も厳しいけれど、優しい人たちです。みんなを―――守りたいんです。恩を返したいんです」
その力強い瞳に、俺は天井を見上げた。
母さんと加奈を亡くした、あの日の俺を見たような錯覚に陥ったからだ。
「・・・分かった。ブラックミスリルを売ろう」
「本当ですか!?」
「ただし、その工房には俺も行く。それで、お前さんの師匠に事情を説明する」
「う・・・そ、そうですよね」
師匠には黙って出てきたと言っていたからな。確実に怒られるだろう。
とはいえ、こういう交渉は本来、大人がやるものだ。ゴンは居ても立ってもいられずに飛び出したのだろうが、これ自体はあまり誉められたことではない。実際、騙されて全財産を無くし、死ぬところだったのだから。
というわけで、少し回り道をしたが俺たちはバルデビア大公国に向けて出発したのだった。
 




