52 三島順平の苦悩
一条冴が木内知子こと委員長を呼びに行き、草壁と併せて四人は順平の部屋に集まった。
異世界人宿舎は二人で一室だが、順平はブリトニア王国との交渉を任せられているので、執務室のような一人部屋を割り当てられている。
「・・・ずっと、大地のことを考えている」
開口一番にそう言った順平に対し、冴と知子は少し苦い顔をした。
冴が思い切ったように順平に質問した。
「ずっと前から気になってたけどさ。あの噂って、噂だよね?」
「なんのことだ?」
「アンタと山本大地が“デキてる”って噂さ」
その言葉を聞いて、順平は不機嫌そうに顔をしかめた。
「茶化すなら、何も言わんぞ」
「いや、すまない。あたしの悪い癖だね」
冴が両手を上げる。順平は気を取り直して話を続けた。
「こっちの生活も落ち着いたし、そろそろ大地とクラスメイトたちを面会させてもらえないかとゲルオグ将軍に頼んでいるんだが、まだ早いと却下されていてな」
「山本くんの状況については、教えてくれた?」
知子が聞いた。
「ああ。開拓村で働いているらしい」
「そっか。私も気になってるんだけど、どうして会わせてくれないのかな?」
「単純に距離の問題じゃないのかい?」
冴が答える。
この世界は街道が整備されているが、人間が暮らせる場所は少ないらしい。魔物がいるので当たり前だが、それ故に自分たちの領域を広げるには開拓するしかない。そういった場所は必然的に王都からは遠くにある。主な移動手段が馬車であることから考えて、おいそれと住んでいる地域を離れることは難しいのだ。
「確かに一理ある。けど、大地のことで腑に落ちないことが一つある」
「なんだい?」
「この世界に来た日のことを思い出してくれ。あいつがステータスプレートで能力値が低いことが判明した後だ」
三人は記憶を探るように上を見た。
「大地が連れて行かれるとき、後ろから騎士の二人が大地を拘束しようとしただろ?」
「そういえば、そんな場面がありましたね」
「あいつは、その騎士二人の拘束を振りほどいたんだ」
「・・・? それのどこが腑に落ちないんだい?」
「忘れたのか? あいつの基礎ステータスはオール10だったんだぜ。対する騎士は二人ともレベル40を越えている」
「あ!」
知子は気がついたようだ。
しかし冴と草壁は首を傾げている。この脳筋め、と順平は心の中で毒づいた。
「この世界は良くも悪くも能力が数値化されていて比較しやすい。基礎ステータスがオール10で何のスキルも無い人間が、レベル40オーバーの騎士の拘束を簡単に振りほどけると思うか?」
「そういえば・・・」
「確かに・・・」
二人も理解したらしい。
「俺たちの世界の感覚で言うと、5才児が成人男性二人にホールドされて脱出するようなもんだ。無理だろ?」
「言われてみれば確かにそうだけど、じゃあステータスプレートが間違っていたのかい?」
「あの時、俺は大地が使ったのとは別のステータスプレートで三回目の確認をした。けど、結果は変わらなかった。大地が連れて行かれた後に自分のステータスを確認したが、三枚とも同じステータスだった」
「それなら・・・けど、う~ん・・・」
意味が分からない。冴は両手を組んで唸った。
「ひょっとしてだが、ステータスを偽造するようなスキルがあるのか?」
疑問を口にしたのは草壁だった。冴が顔を上げる。
「なるほど! って、そんなスキルあるの?」
冴は知子を見た。
実はアークノギアに転移してきた亜久通高校の面々のうち、戦闘系のスキルではなく生産系のスキルを多く持つ者が何名かいた。
彼らは訓練に参加しつつ、どちらかと言うと座学を中心に学んでいた。これは魔法系のスキルを多く持つ者たちも同様だった。
知子は、そんな彼らと王室の書庫に入り、この世界のことや元の世界への帰還方法、魔法の調査をしていた。知子をリーダーとする彼らは<図書館組>と内々で呼ばれている。
そんな彼らが着手している仕事の一つが<スキル辞典>の作成だった。これは順平の発案で、より効率的にスキルを磨くことができるようにとの思いからである。ちなみに日本語で記載しているので、ブリトニア王国の人間には読めない。
知子は少し考えて、
「いま思い付く中では<隠蔽>のスキルが近いと思う。<魔眼>みたいな鑑定系のスキルを無効化するスキルみたいだから」
「それじゃないの?」
知子は首を振った。
「<隠蔽>は鑑定スキルを無効化するだけで、偽のステータスを表示させるスキルじゃないわ。それにA級スキルだから、召喚されたばかりの私たちが使えたとは思えない」
A級スキルの発動には魔力が必要だ。勝手に常時発動しているB級スキルと違い、意図的に発動させる必要がある。
異世界に転移してきた直後、彼らは魔力を扱えなかった。そんなものが無い世界から来たのだから当たり前である。自分達と同じ条件であるはずの大地が転移直後からA級スキルを使用できたとは思えない。
「スキルの調査は現在進行形だから、無いとは言い切れないけど」
「それならB級スキルってことになるか」
草壁の言葉にも知子は首を振った。
「B級スキルは自分で解除できないわ。自分のステータスを確認できなくなるなんて不便なスキルは無いと思うの」
確かに、と順平は思う。
魔法と違い、スキルは便利でリスクの少ないものが多い。事実、B級スキルは日常的に害のないものばかりで、身体機能や魔力を強化したりするものが大半である。
「じゃあ、どういうことなのよ!?」
冴がイラついたように叫んだ。
「それを確認するために、大地に会いたいんだ。基礎ステータスが偽装されていて、それに本人も気がついていないだけなら証明の仕方はある。兵士と腕相撲でもしてもらえばいい」
「なるほど」
「ってか、そのことはゲルオグの奴に話したの?」
順平は首を横に振った。
「どうして?」
「大地が俺たちと別れる寸前、すれ違い様に『気を付けろよ』って言ったんだ。あの時は魔物と戦闘になった時のことを言われたのかと思ったが、ここで生活してみて違う意味だったんじゃないかと思ってな」
「どういうこと?」
「ゲルオグ将軍―――いや、この国の貴族や上層部の連中が俺たちに接する時の態度に違和感を感じないか?」
三人は押し黙った。心当たりがあるのだ。
「軍部の兵士たちや騎士団の連中の態度は初め、最悪だっただろ? 特に騎士団は敵意すらあった」
訓練を始めた当初、彼らは自分達を遠巻きに見るだけだった。コソコソと、明らかに自分達を避けていた。合同で訓練をするようになってからは、よそよそしさを感じずにはいられなかった。一言で言えば感じが悪かったのである。
ある時、クラスメイトの一人が魔法の威力調整に失敗し、複数の兵士に重症を負わせた時は一触即発の事態になった。知子が兵士たちの傷を癒したので事なきを得たが、クラスメイトたちもストレスが溜まっていたこともあり関係は最悪なものとなった。
しかし順平は彼等が自分達を恐れているのだと分かった。勝手に召喚されたとはいえ、自分達はこの世界からすれば異端だ。しかもステータスだけ見れば、化け物に近い。自分達と同じく、不安なだけなのだとクラスメイトに説いた。
その後は休日の導入やゲームの考案などで溝は徐々に埋まりつつあり、冴に剣術の指南を求めてくるまでになっている。
だが、王国の上層部はまるで違う。
彼等が自分達を見る目は路傍の石であり、一個の人間に対するものではなかった。口調は事務的で冷ややか。命令形式のものが多い。
「騎士団や軍部の兵士たちは別として、貴族や王公連中、特にゲルオグ将軍は信用できない」
それはこの場にいる全員が抱いている疑念だった。自分達は魔王を倒すための勇者などではなく、ただの駒なのではないかというものだ。
「大地との付き合いは長くないが、あいつは悪意に敏感なところがあった。それを注意するように言ったんじゃないかと思うんだ。
そう考えると、ステータス上は役立たずの大地を放置するとは思えない。危険だとも思える」
『・・・』
沈黙が支配した。
順平の考えには納得できる部分が多い。もし彼らが感じているように、ブリトニア王国の上層部が自分達を道具のように思っているなら、山本大地は極めて危険な立場にいることになる。
順平はそのことをいち早く理解し、彼を救うために対応しようとしていたのだ。そのために環境の改善に奔走し、兵士や騎士団との摩擦軽減に尽力した。
しかし上層部の連中は、その動きを疎ましく感じている者が多いようだ。自分達の有用性を示して要求を通すつもりが逆効果になっていた。彼らは自分たち異世界人が軍部や騎士団を取り込もうとしているのではないかと警戒しているのだ。
事実、最近のゲルオグ将軍は順平と顔を合わせる度に苦い顔をしているし、「あまり調子に乗るな」と釘を刺されたこともある。
「なによ、それ・・・」
案の定、冴が口を尖らせた。
「ということは、三島くんが動けば動くほど、山本くんとの面会は難しくなりそうね」
「ああ。正直、どうしたものかと悩んでいてな」
三人は唸った。
現状、自分達は外に出ることを禁止されている。兵士や騎士団とも、訓練以外では不用意に接触しないように言われているぐらいである。彼らに外の状況を知ることは難しい。
「・・・アーレス軍団長に相談するのは、どうだ?」
重い沈黙を破るように草壁が口を開いた。
「アーレス軍団長か・・・」
「俺は、あの人なら信用しても良いと思っている」
順平は考える。
アーレス軍団長は彼ら異世界人の教育係であり、直属の上旬にあたる。そして彼らの師でもあった。
職務上は生真面目だが、ブライベートで部下たちと話す姿は頼り甲斐のある兄貴という感じだ。実力的にもトップクラスで、冴ですら一本とれないでいる。
また初対面の頃から順平たちを異世界の化け物扱いすることはなく、先の騒動の時も兵士たちとの橋渡しをしてくれた。いま最も信頼できる人物と言っても過言ではない。
「アーレス軍団長は元冒険者だって話だ。あの人なら、伝を使って山本のことも調べられるんじゃないか?」
「そうだな」
四面楚歌の状況で信頼できる人間は貴重だ。順平は今更ながら一人で抱え込みすぎていたことを反省した。
「なら、その役目はアタシが引き受けるよ」
「一条が?」
「三島はマークされてるだろ。アーレス軍団長となら兵士の訓練で話すことも多いし、アタシなら不自然じゃない」
それに、と冴は意地の悪い顔でニヤリと微笑みながら言う。
「女なら、色恋沙汰で誤解してくれるかもしれないからね」
順平は少し考えた後、冴に任せることにしたのだった。
クラスメイトたちの動きも書いてみました。
こっちはダイチの親友、三島順平が主人公です。
活動報告には記載していたのですが、こちらに書くのを忘れていました。
8月7日まで、17時と24時の一日2回更新してます。
よろしくお願いします。
 




