50 動き出すものたち
そこには虚無が広がっていた。
見渡す限りの闇。光すらなく、ただ闇が全てを支配している空間だった。
「ハッシュベルトが失敗したようだ」
闇が震え、声を出した。しかし、そこには何もない虚無が広がるのみ。
「<魔混玉>まで持たせていたというのに、使えない奴だ」
「しかし、<魔混玉>のデータは取れたな」
「結果自体は悪くなさそうだ」
「ああ。しかしブリトニア王国には驚かされた。異世界人を16人も召喚するなど、やはりニンゲンは侮れんな」
「しかし、あれで人族同士の戦争が起こりやすくなった」
「そう考えれば、ハッシュベルトが失敗したのは逆に都合が良かったと言える」
「ニンゲンたちの働きには感謝するべきだ」
「ブリトニア王国では、既に準備が進められているようだな」
「魔族はどうなっている?」
「ロンダークとジースが中心となり、原初の大森林に攻撃を仕掛ける準備を始めたようだ」
「あの二人か。調整が必要だろうか?」
「必要なかろう」
「勘違いした帝国が警戒して軍備を整え始めている」
「良い感じに混乱が始まっているな」
「気になるのは異世界人たちの動向か?」
「<ブレイブハート>さえ大人しくしていれば、大した問題ではない」
「奴が目の敵にしているのは<デモンズ・キング>だからな」
「動くことはなかろう」
「魔族は様子見だな」
「今後は人族に対して調整をしていく」
「異議なし」
「異議なし」
ガスパリア帝国、皇帝の間。そこには一人の男が玉座に座り、一人の女がその脇に控えていた。
男の名はカイゼル=ウォールド=ガスパリア。ガスパリア帝国の皇帝である。
見た目は20代後半と若いが、彼が皇帝に即位してから50年が実は経過している。黄金の鎧で身を固め、難しい顔で報告書を見ていた。
その脇に立つ女も若い。
マントに身を包んではいるが、中に着ている服は露出度が高く、豊満な乳房を隠せていない。透き通るような白い肌に、尖った耳。静かに目を閉じているため眼の色は判別できないが、それは彼女が魔族であることを示している。
「ロンダークが第17代魔王の襲名を宣言。軍備を整え、魔族に侵攻の気配あり、か。どう思う、ヴィヴィアン?」
魔女ヴィヴィアンローズ。それが彼女の名前である。
「ロンダークが魔王就任を宣言したのは意外ね。あいつはルシファーを盲信していたから」
「なら、この報告は誤りか?」
「いえ。魔導人形が起動準備されていることから見て、軍備を整えていることは間違いないでしょうね」
「今の状勢で帝国に喧嘩を売るほど、ロンダークはバカなのか?
モンスターどもに変わった動きはないし、奴が本当の意味で<魔王>になったのか疑わしい限りだ」
「実力だけなら<魔王>を凌駕しているわよ、彼は。舐めて掛からない方が良いわ」
「俺より強いのか?」
「どうでしょうね。私も200年ほど前に会ったきりだから」
「ふふん。お前がそこまで認める猛者か。嫉妬してもいいか?」
「ご自由に」
「つれねーな!」
カイゼルは立ち上がると、報告書を丸めて宙に捨てる。瞬時に紙が燃えて跡形も無くなった。
「誰かいるか!?」
皇帝である彼の声に、付き人らしき男が部屋に入ってくる。
「お呼びですか?」
「戦の準備をする。軍部の将軍たちを集めろ」
「かしこまりました」
男は恭しく一礼すると、皇帝の間を後にした。
「さぁて、久し振りの戦だな。楽しくなって来やがった」
カイゼルの言葉に、ヴィヴィアンローズは応えず静かに立つだけだった。
ブリトニア王国では、ゲルオグ将軍がブリトニア王と共にアーレス軍団長を呼び出し、報告を受けていた。
「異世界人どもの訓練の進捗状況は、どうだ?」
「順調です。魔力の扱いに慣れてきたようなので、兵との合同訓練を開始しました。
スキルの扱いについても飲み込みが早く、こちらが想定している以外の使い方をする者もおります」
「ふむ? あと、どのくらいで使い物になる?」
「半年ほどかと」
「長い。3ヶ月で仕上げよ」
「はっ!」
「して、<聖剣の英雄>の動きは、どうか?」
「上手く立ち回っております。彼が他の異世界人を御しているおかげで、最悪の事態は免れました」
「ぬう・・・」
アーレス軍団長は異世界人たちの教育を任されていた。
彼らが魔力の扱いを覚え始め、兵士たちとの訓練を開始し始めた頃。アーレスが少し目を離した隙に異世界人の一人が【魔法】を勝手に発動させ一部の兵士が重症を負う事件があったのだ。
異世界人の一人が高度な回復魔法の使い手だったこともあり兵士たちは事なきを得たが、兵士と異世界人たちの一部で言い争いが起きて一触即発の事態になった。
それを収めたのが、<聖剣の英雄>こと三島順平である。
「あの件は目を離した私に責任があります。処分は覚悟しております」
「最悪の事態を免れたのであれば、良い。だが次は無い」
「御意」
「陛下。そのミシマより、嘆願が来ております」
「なんだ?」
「七日に一度、訓練を完全に休む休日を導入してほしいと」
「ふん。異世界人に休日など不要だ」
「おそれながら、陛下」
アーレス軍団長が声を上げた。
「なんだ?」
「兵にも休日はございます。一日身体を休めることで、訓練に臨む姿勢が変わり、より良い効果を得ることができるでしょう」
「・・・ゲルオグ将軍、どうか?」
「かの者たちにもアメは必要でしょう。訓練の効率が上がるのであれば、問題ないかと」
「ならば、そのように取り計らえ」
「ありがたき御言葉」
「しかし、そうなると目に見える成果が欲しいところですな」
「・・・は?」
「実践経験も大事だろう。迷宮に彼らを潜らせるのは、いかがでしょうか?」
「ふむ、それは良い提案だ」
「お、お待ち下さい!」
アーレスが慌てたように口を開いた。
「彼らは訓練を始めて、まだ日が浅い。かなり平和な世界から来たようですし、時期尚早かと」
「なにも今すぐの話ではない。そうだな・・・2ヶ月あれば十分だろう」
「2ヶ月・・・」
「アーレウス」
「はっ!」
「余に目に見えるだけの成果を示せ。帝国に軍備拡張の動き有りとの報告がある」
「帝国が?」
「勇者召喚を気取られたやも知れぬ。のんびりしている暇は無い」
「・・・かしこまりました」
「話は以上だ。では退がって良い」
「はっ!」
アーレスが部屋を退出する。
「・・・陛下、一つお耳に入れておきたいことが」
「なんだ?」
「先程の<聖剣>についてですが、<廃棄>した異世界人との面談を強く要請しております」
「む・・・」
「時期を見て、魔物に殺されたことにしようかと思いますが、そのために開拓村の一つを潰す必要があるかと」
「ち。役立たずが後々にまで面倒を起こしよって」
王は見るからに不機嫌になった。
「将軍、貴様に一任する」
「御意」
ゲルオグ将軍の口元には笑みが浮かんでいた。




