44 魔族の事情
ハッシュベルトは原初の大森林西部、魔族領付近に転移すると、そのままA級スキル<高速飛行>を用いて半魚族の縄張り地域に向かっていた。
「くそっ! くそっ!!
なんだというのだ、なんだというのだ!!」
怒りを顕にし、誰に向かうでもなく喚き散らす。
作戦は完璧だったはずだ。
<死魂玉>に封じられた魔王ヴァルヴァーレから命じられ、今回の作戦担当を任命された時は小躍りするぐらいに喜んだ。
彼は魔公には劣るものの、<暴走付与>や<高速飛行>、<スキル貸与>などのレアスキルを複数所持していた。とはいえ戦闘向きのスキルでないものが多く、補佐として立ち回ることが多かった。しかし魔力だけであれば魔公に匹敵すると思っていたし、戦いようによっては何とかできない相手ではないとも思っていた。
そんな自分に表舞台へのスポットライトが当たったのだ。
彼は必死に自分の役割を果たすため奔走した。
実は魔族たちは深刻な人材不足に陥っている。
遥か昔は神の後継を自負して他種族を支配していた彼らだったが、時を追うにつれ強力なチカラを有する個体は減少していった。
これは彼らが幾度も人間に戦争を仕掛け、強力なチカラを持つ個体を失っていったことが原因なのだが、彼らにその自覚は無い。何故、神の後継たる自分達が大陸の端に追いやられて生活しなければならないのか、という怒りだけが蔓延し、人間族に対する憎しみが高まっていたのである。
魔族たちは典型的な貴族制を敷いており、大半の領地は貴族たちによって治められている。魔公もその中の一つであり、最大規模の貴族である。ロンダークやジースは独自の裁量で領地を運営しており、歴代の魔王は不干渉の立場でやってきている。
魔族は生まれながらにして強大な魔力を有するが、その真価は【魔法】を発動させることによって発揮される。しかし怠慢で傲慢な彼らは、人間たちのように魔道の修練や研究に時間を費やさない。結果的に【魔法】は衰退の一途を辿り、強力なスキルを持つ者が台頭するという社会が形成されている。このため魔力はあるが人間の一般人と変わらない魔族が大半になっており、個人の戦闘力は低い者が多かった。ジースのように【魔法】を自在に扱う個体など、極少数なのだ。
しかも魔族は人間族に比べて圧倒的に人口が少ない。数でも質でも負けている彼らが勢力を衰えさせていくのは当たり前のことと言えた。
そんな彼らが心の拠り所としている存在。それが魔王なのである。
魔王は圧倒的なチカラを持ち、およそ人間では太刀打ちできないチカラを持って存在する。しかも魔王は一部を除き大半のモンスターを使役する能力を持っていた。それが<魔王>である証なのだ。
魔王様がいれば人間族から土地を奪い返し、再び支配者として君臨できる。
そう本気で考えている貴族は多い。これが全くの他力本願なことであると、彼らは気付くことすらできないのである。
故に自己について反省せず、失敗の原因を他者に求めることが多い。とりわけ貴族の中では、ハッシュベルトのような魔族が珍しいわけではないのだ。
「くそっ!
私は完璧だった! 完璧だった!
失敗したのは私の責任じゃない! ヴァルヴァーレの作戦がザルだったんだ!
グランゼルフのアンデッドが役に立たなかっただけだ!
インテリジェンス・モンスターもバカで無能ばかりだ!
私は悪くない! 私は完璧だったんだ!」
聞くに耐えない戯れ言だが、本人は本気でそう思っている。
実際、ダイチというイレギュラーがいなければ、戦争は彼の【シミュレーション】で示されたような結果になっただろう。もっと言えばゴブリン・ハーフの村は壊滅、オーガ族は戦力を失い、大森林北東部は混乱に陥っていたはずだ。
「許さん、許さんぞ!
どいつもこいつも無能なバカばかり! 絶対に許さん!」
怒りのままに加速し、半魚族の縄張りであるサラサ湖に到着する。そこで彼は偶然にも目にした。
あの人間を。
彼が手懐けたはずの狐と猿を。
「見つけたぞォォォォォ!!」
後先考えずに突撃し、怒りのままに魔力弾を放つ。
それが地獄の入り口に自ら飛び込んでいると気付かずに。
H28.7.27
前話までの内容に合わせて修正しました。




