38 シミュレーション
「・・・ん?」
急に目の前の景色が変わり、白葉は何が起きたのか理解できずに周囲を見渡した。
周りに立つ者たちも、同じようにキョロキョロと辺りを見渡している。
「・・・なんだ、今のは?」
確か自分は多尾狐の部隊に攻撃魔法を放つ指令を出そうとしたところだったはずだ。それを思い出すが、まるで夢でも見ていたかのような錯覚に陥る。
悪夢のような夢だったが。
―――待て、あれが夢か?
夢と言うには、あまりにもリアルだった。しかもこれから戦争をしようというのに夢だと?
「今のは一体・・・?」
「白昼夢か? 某が、戦を前に・・・?」
見れば、ウルフェンやリ魚正宗も同じように首を傾げている。まさか、彼らも自分と同じように夢を見ていたというのだろうか?
『双方、争いを中止しろ!』
戦場となろうとしている平野部から、かなり大きな声が聞こえてきた。
風魔法を応用した【エコー】という魔法で、遠くに声を飛ばしたいときに用いるものだ。
それは少年の声だった。
『今の映像が、この戦いの結末だ!
双方にかなりの被害が出るのは明白!
即刻、争いを止めて自分の棲みかに帰れ!』
何をバカなことを・・・。
誰もがそう思ったが、気になる言葉があった。
「今の映像」という部分だ。
それが彼らの見た夢であるとすれば、この声の主が今の夢を見せたということになる。
白葉は<千里眼>のスキルで、声のする平野部の中央に目を向けた。そこにはサーベルタイガーが三体と一人の少年。半妖種と精霊らしき女。そして彼の良く知る者、姉である紅葉が立っていた。
「姉さん!?」
『なんだと!?』
ウルフェンと魚正宗は白葉を見た。
いなくなったはずの五尾姫―――紅葉が、ここに現れたと言うのか?
少年は繰り返し、戦を止めるように叫んでいる。何者かは知らないが、紅葉を連れているなら無視はできない。
さっきの夢の件もある。白葉はウルフェンと魚正宗を連れ、少年の近くに転移した。
「・・・何者だ、キサマ?」
白葉が殺気を放ちながら、少年に問い掛ける。よく見れば、ただの人間にしか見えない。
「お前が白葉か」
「そうだ」
「ちょっと待て。もう一人、お客さんだ」
少年がそう言うと、空から巨大な生物が降ってきた。
夢の中に出てきた<皇帝種>と同様、金色の毛並みをした巨猿だった。
「ニンゲン、てめーが今の夢をオレ様たちに見せたって言いやがるのか?」
「まあな」
少年は巨猿に怯むことなく、平然と言い放った。
白葉が口を開く。
「待て。キサマら猿も、あの夢を見たと言うのか?」
「そうだ。クレイジー・モンキーの軍団が、オレ様ことカイザーの作戦で蹴散らされる未来がな!」
ニヤリと笑う巨猿。カイザーと名乗ったが、こいつが<皇帝種>ことカイザー・コングであることは間違い無さそうである。
「さっきの映像なら、この戦場にいる全員が見たはずだぞ。
そういう【魔法】だからな」
「何をバカなことを・・・」
少年の言葉を白葉は鼻で笑う。
この戦場には、二万を越えるモンスターが集結している。先ほどの夢が幻術の類いだったとしても、そんな大規模な【魔法】は聞いたことがない。
「まあ簡単な魔法じゃないらしいからな。
魂の一部をサルベージして仮想空間に移し、シミュレーションするんだとよ。
かなりリアルだっただろ。現実と思えるぐらいに、な」
その言葉に白葉をはじめ、ウルフェンと魚正宗が顔を青くした。
自分達が敗走する未来。ウルフェンと魚正宗に関しては、そんな未来を想定していただけに現実味を強く感じていた。
二人の様子を見た白葉が声を荒らげる。
「バカなことを言うな! そんな魔法、聞いたこともない!」
「当たり前だ。俺の【オリジナル・スペル】だからな。開発したのはチャーリーさんだけど」
「【オリジナル・スペル】だと・・・?」
オリジナル・スペル。
それは新たな魔法の創成と言っていい。
紅葉の【イリュージョン・フレイム】もそうだが、自身の魔力を用いて新たな術式を構築し、生み出された魔法。
それが【オリジナル・スペル】だ。
「自己紹介が遅れたな。
俺の名前はダイチ・ヤマモト。一応、こいつらの代表をやってる」
後ろに控えるサーベルタイガーたちを指し、ダイチと名乗った少年は言う。
ダイチが指さした方を冷めた目で見ながら、白葉は冷たく言い放った。
「ふん。数匹のサーベルタイガーを従えたぐらいで何を偉そうに。
それにあれは半妖か?
この程度の連中を配下にしたぐらいで調子に乗るなよ」
「別に調子になんて乗ってねーよ」
「ならば、なぜオレ様たちの戦争を邪魔する?」
今度はカイザーが口を開いた。
「あの夢を見せたのが百歩譲ってテメーだとしても、こうして戦を止める理由が分からん」
「理由なんて簡単さ。下らないことは止めろってことだよ」
「下らないだと~~?」
「ああ。アホな魔族にそそのかされて、命を粗末にするなってことだよ」
「アホな魔族・・・?」
「キサマ・・・。それはまさか、我が主であるハッシュベルト様のことではあるまいな?」
白葉が怒気を含んだ声でダイチに問い掛ける。
「そうだけど?」
「殺す!」
「待て待て。なんで狐が、あの方の名前を知っているんだ?」
「なんだと?」
魔力を解放しようとした白葉がカイザーの言葉にその動きを止めた。
「ハッシュベルト殿は、このオレ様を<皇帝種>に進化させるためのマジックアイテム、<頂へと至る果実>を与えてくれた恩人だ。
<暴走付与>というスキルを貸し与えてくれている。
キサマたちを片付け、オレ様が原初の大森林の王となれば、魔王軍の幹部に迎え入れてもらうことになっている」
「何をバカげたことを。原初の大森林の王となり、あの方の右腕となるのは、この僕だ」
「ふん。幻覚とはいえ、オレ様たちから無様に敗走した狐が、何を偉そうに」
「幻覚は幻覚だ。この僕の力、いま見せてやろうか?」
「面白い」
「待て待て待て。俺を無視して勝手に話を進めるな。っていうか、利用されていることに気付けよ」
火花を散らす二人の間にダイチが割り込んだ。
白葉が視線をカイザーから逸らさずに答える。
「利用されているだと?
笑わせるな。貴様がハッシュベルト様の何を知っている」
「なら、何でお前らが戦うことになってるんだよ?」
ダイチの問いかけに、カイザーが自信満々に答えた。
「ハッシュベルト殿のことだ。何か考えがあるのだろう」
「どの種族が王となるべきか、試されているのかもしれないな。力こそが全ての魔族らしい考え方だ」
「それだ」
納得し、ウンウンと頷くカイザー。それを聞いて、ダイチはおろかウルフェンや魚正宗も絶句していた。
「小細工をしてくれたようだが、戦は止まらないよ。
何を考えているのか知らないけど、見逃してあげるから消えるといい」
「オレ様にしても、勝利することが分かっている戦を止めることなどできん。
見ろ、お預けを食らって、既にクレイジー・モンキーたちは爆発寸前だ」
見ればクレイジー・モンキーたちは森から姿を現し、いつ飛びかかってきてもおかしくないほど興奮していた。
それを見て、ダイチは「はあ」と溜め息をついた。
「分かってたけど、説得は失敗か。なら無力化するしかないな」
「貴様たちだけで、この数のサル共を相手にする気か?
言っておくが、僕たちは加勢しないぞ」
「けっ。できるわけがねーだろうが」
「できるさ。チャーリー、頼む」
ダイチが意味不明な言葉を発した。次の瞬間、
「ギャッ!?」
「ギギッ!?」
「ギャギャ!?」
カイザーの後方で構えていたクレイジー・モンキーたちが、突如悲鳴を上げて倒れていく。
しかも一匹や二匹ではない。ドミノが倒れるように、二万匹のクレイジー・モンキーたちが一斉に地に伏していった。
「なんだ!? テメー、何をした!?」
「クレイジー・モンキーたちにかけられていた<暴走>の状態異常を強制的に解除した」
「ンだと!?
それだけでどうして、クレイジー・モンキーたちが倒れていきやがるんだ!?」
「やっぱり教えられていないんだな。
<暴走>は飛躍的に身体機能を増大させるけど、状態が解除されると三日は動けなくなるんだぜ」
「そ、そんなバカな・・・」
「あははははっ!
よく分からないけど、お前の兵隊はみんな寝てしまったぞ!
どうする気だ!?」
「ちっ!」
「そこのニンゲン、よくやった。
サル共を始末したら、幹部に取り立ててやってもいいよ?」
「お前はアホか」
言って、ダイチは白葉の頭をはたいた。
場が凍り付く。
いや、それ以前に、いつ彼が白葉の後ろに移動したのか、見えた者がいなかった。
「き、き、キサマ!? この僕の頭を叩いたな!? 六尾である僕の頭を!」
「お前が変なこと言うからだろ。俺の苦労を台無しにする気か」
「知ったことか!
サル共に数は負けているが、僕の軍勢を貴様らで止められるものなら止めてみるがいい!」
「お前らも、そんな余裕は無いと思うぞ~」
「何を言って・・・」
リンリンリン リンリンリン
突然、場にそぐわない鈴の音が鳴り響く。
ダイチはステータスプレートのようなものを取り出すと、そこに向かって話し始めた。
「あ~、こちらダイチ。どうぞ」
『おお! 本当にダイチ様に繋がったぞ!』
「レブンだな。そっちは、どうなっている?」
『ダイチ様の予想通りですな。半魚族の代表に代わりますか?』
「頼む」
全員がキョトンとする中、ダイチは全く意に介さず話を進める。
装置から知らない男の声が聞こえてきた。
『こ、これに向かって話すのか?』
「おう、ちゃんと聞こえてるぞ。いま、お前たちの族長に代わってやる」
ダイチは魚正宗の前に立つと、ステータスプレートのようなものを手渡した。
『ぞ、族長ですか?』
「この声は・・・魚兼光か? どうなっている?」
「遠距離を通話できる魔道具だ。話してみろ」
魚正宗は警戒しながら、魔道具に話しかけた。
「魚兼光・・・なのか?」
『族長!? 族長なのですね!?』
魚兼光の声は切羽詰まっていた。
『緊急事態です! すぐにお戻り下さい!』
「落ち着け。何があった?」
『アンデッドです! アンデッドの大群が攻めてきました!』
「なんだと! 数は!?」
『や、約4000です』
「バカな・・・」
あまりの報告に、魚正宗は魔道具を落としそうになる。
クレイジー・モンキーと同様、アンデッドも水中に入ることはできない。
しかし奴らの厄介なところは瘴気を撒き散らし、生き物が棲めない環境を作り出してしまうところだ。早急に対処しなければ、彼らの縄張りであるサラサ湖は生物の生きることのできない魔境になってしまうだろう。
「ちいいっ! すぐに戻る! それまで何とか湖に寄せ付けるな!」
『い、いえ・・・それが・・・』
「なんだ!? まさかもう、湖まで侵攻を許したのか!?」
『い、いえ!
それが・・・謎の軍勢がアンデッド軍を相手に戦っておりまして。
その・・・この魔道具も、彼らから族長に連絡するよう渡されたのです』
「謎の軍勢だと?」
『サーベルタイガーは確認できるのですが、見たこともない半妖種が大半でして・・・アンデッド軍を圧倒しております』
「サーベルタイガーに半妖種の軍勢・・・?」
魚正宗はダイチを見た。彼は暢気に欠伸をしていた。
『とにかく、すぐにお戻り下さい! 我らだけでは、何をどうすればよいのか・・・・』
「すぐに戻る。待っていろ」
そう言うと、魚正宗は魔道具をダイチに返した。
「聞きたいことは山ほどあるが、今は湖に帰ることが先決だ」
「・・・我らも付き合おう。正直、多尾狐族には幻滅した」
魚正宗に声を掛けたのはウルフェンだ。
「かたじけない」
「僕がそれを許すと思うのかい?」
『ぐうっ!?』
白葉が二人に威圧を向ける。
「い、一族の一大事なのだぞ!? 某はサラサ湖に戻らねばならぬ!
これは盟約に反しないことだ!」
「そんなこと知らないよ。僕の許可なしに勝手に動こうとするな」
「やめろって」
ダイチが再び白葉の頭をはたいた。
今度は少し強めに叩いたので、白葉の頭が地面に激突する。
二匹に掛かっていたプレッシャーが消えた。それと同時に魚正宗とウルフェンの二匹は驚愕する。
白葉は二匹だけでなく、周囲にも<威圧>を放っていた。
カイザー・コングであるカイザーが平然としているのは理解できる。が、このニンゲンまで何事も無かったかのように動いていることに驚きを隠せなかった。しかも後ろで控えている半妖種と精霊も涼しい顔をしていた。
「ふ・・・ふふふ・・・」
地面に顔を伏したまま、白葉が笑う。うすら寒さすら感じさせる笑いだった。
「殺す!!」
白葉が叫ぶのと、ダイチが炎に包まれたのは同時だった。
H28.7.27
前話までの内容に合わせて修正しました。




