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37 皇帝種VS三種同盟

H28.7.27

前話までの内容に合わせて修正しました。

原初の大森林を見渡すことのできる小高い丘に立ち、白葉はクレイジー・モンキーの大群を目にしていた。しかしその目に畏れは無く、余裕のある不敵な笑みを浮かべている。


「ふふん、猿共め。少しは知恵が回るみたいじゃないか」


白葉は多尾狐の本拠地である平野部を決戦の地に選んだ。

森の中で立体的な動きを得意とするクレイジー・モンキーたちを相手にするのは分が悪いことを承知していたのである。しかし平野部ならば個体の優位性で勝る黒狼族や半魚族が有利なのだ。

原初の大森林では珍しく、多尾狐族の本拠地は平野に囲まれた小高い丘にある。迎撃するには、うってつけの場所だと言えた。


しかし、そのことを理解しているのかクレイジー・モンキーたちは森から出てこなかった。こちらの様子を伺っている気配はあるが、波のように押し寄せていた勢いが嘘のようである。

そのことに黒狼族の族長ウルフェンと半魚族族長の魚正宗は不気味さを感じていた。彼らはこの睨み合いが始まる前に偵察部隊を出すことを白葉に進言したが、あっさり却下されたのである。


低脳で突撃しか知らない猿に偵察なんて時間の無駄。

白葉はそう言って、二人の言葉に耳を貸さなかった。もちろん食い下がったが、例の威圧でそれ以上は会話にならない。白葉は完全に自分の力を過信していた。


この戦、敗けるかもしれない。二人は共通の認識で一致していた。


クレイジー・モンキーの数は二万。クレイジー・コングは400といったところだろう。

対するこちらは、多尾狐が800、黒狼族が3000、半魚族が2000である。


自身の縄張りを戦略的撤退により明け渡した黒狼族は、これが全兵力と言える。対して半魚族はアンデッドの脅威から縄張りを守るため、残存兵力を残していた。

黒狼族は敗戦が濃厚になれば北に逃げ、オーガ族に庇護を求めるつもりでいる。いかに皇帝種とはいえ、オーガ族は手に余るだろう。

半魚族は縄張りに撤退し、棲みかであるサラサ湖に潜むつもりでいた。クレイジー・モンキーたちは泳ぐことも潜ることもできない。水辺であれば彼らの本領を発揮できるし、ヒット&アウェイ戦法で対処できる。

多尾狐族は全滅の可能性もあるが、身から出た錆と言える。彼らが戦争に参加するのは、多尾狐族を利用して少しでもクレイジー・モンキーの数を減らすこと。そして三種同盟の盟約に従ってのことだったからだ。


「ちっ、埒があかないな。こちらから仕掛けるか」


「待て。森に入るというのか?」


「猿共の特性を考えれば、こちらは悠然と仕掛けてくるのを待っていれば良い」


前衛部隊は黒狼族と半魚族の混成部隊だった。

これも良い配置とは言えない。

そもそも黒狼族と半魚族は多尾狐を通じて同盟を結んでいるに過ぎない。陸地で活動し素早さと連携で戦う黒狼族と、水中での戦闘を得意とし武器と防具を活用した戦闘を得意とする半魚族では戦い方がまるで違う。種族毎に別けて部隊を編成するのが最善である。

白葉は真正面から相手を圧倒することしか考えていないようだった。

そんな状態で森に突撃すれば、痛手を負うのは後方に控える多尾狐族ではなく黒狼族と半魚族である。彼らからすれば敗戦の可能性が高くなっている以上、少しでも損害を減らしておきたいのだ。


「分かってるよ。連中に向けて攻撃魔法を放ち、炙り出してやるのさ」


「なるほど」


「それならば口は出すまい」


白葉は「ふん」と鼻で二匹を笑い飛ばすと、多尾狐の部隊に森に向かって攻撃魔法を放つよう指示を出した。


そこで不意に魔力を感知した。


クレイジー・モンキーたちは魔法が使えない。気のせいかと思い直し、自身も詠唱を開始した。

しかし、彼らが攻撃魔法を放とうとした寸前、周囲に影が差した。何事かと空を見上げると、巨大な岩が降って来るのを目にする。

一瞬、何が起こっているのか理解できなかったが、その大岩が本陣に直撃したことで我に帰る。


「な、なんだ!?」


「岩だ! 岩が降ってくるぞ!」


無数の岩が雨のように、後方に控える多尾狐たちに降り注ぐ。


「なんだこれは!?」


慌てた白葉はA級スキル<千里眼>で森の奥を見る。

そこには、岩を集めて投石しているクレイジー・コングたちの姿があった。彼らは森に誘っていたわけではなく、投石するための岩を集めていたのだ。猿たちに遠距離攻撃はないと誰もが思い込んでいただけに、その衝撃と混乱は大きかった。

だが、それだけでは終わらない。


オオオオオオオッ!!


雄叫びを上げ、砂塵を吹き上げてクレイジー・モンキーたちが森を出てきた。


「な、なんだ、あの猿共は!?」


驚くのも無理はない。

彼等が知っているクレイジー・モンキーよりも一回りはサイズが大きい個体ばかりだったからだ。しかも目は血走り、獲物に飢えた獣のように牙を剥き出しにしている。


「ちぃ! 迎撃だ!

 ウルフェン! 魚正宗!」


「言われずとも!」


「なんと言うことだ!」


白葉から余裕が消え、ウルフェンと魚正宗は慌てて前線に向かった。

白葉の作戦では、平野部に出てきたクレイジー・モンキーたちを多尾狐の攻撃魔法で先制し、浮き足立ったところを黒狼族と半魚族の混成部隊で圧倒するという筋書きだった。

しかし投石によって先制の魔法は妨害され、狂暴性を増したクレイジー・モンキーたちが混乱する司令部を見透かしたかのように突撃してきた。しかも投石は未だに続いている。


「調子に乗るなよ! 【フレイムランサー】!」


白葉の【力ある言葉】により放たれた十数本の炎の槍が、投石をしているクレイジー・コングたちの部隊に直撃した。遠距離であるため威力は低いが、投石を妨害する程度には役に立った。


「体制を立て直せ! 前衛の援護を・・・」


そこで再び、影が周囲を覆う。反射的に白葉はその場を飛び退いた。そして自身に迫る山のような巨石を目にした。

これまで投げられてきた岩とは、明らかに大きさが違う!


ズドオオオオオン!


巨石が地面に落下し、凄まじい轟音と被害をもたらす。間一髪、白葉は難を逃れていた。そして気付いていた。今の攻撃は、明らかに自分を狙っていたことを。

巨石の上に立ち、<千里眼>でこの岩を投げてきた相手を確かめる。

そいつはクレイジー・コングよりも二回りは大きく、金色の毛並みを持つ見たこともないモンスターだった。

こいつが<皇帝種>なのだと直感する。


「舐めるなよ、猿が! 【フレイムブラスター】!!」


五尾姫を葬った白葉の必殺魔法。遠距離ではあるが、威力は申し分ないはずだった。

しかし、


ガアアアアアアアアアッ!!


<皇帝種>が雄叫びを上げると、何百匹ものクレイジー・モンキーが壁となり、白葉の【フレイムブラスター】を防いだのだった。クレイジー・モンキーたちは消し炭になるが、炎は皇帝種に届いていない。


「ちいいっ!」


しかも次の瞬間には岩を白葉目掛けて正確に投げつけてくる。

流石に先程の巨石のようなサイズではないが、上空から落ちてくる只の岩でも身体機能の低い多尾狐には致命傷になりかねない。魔法の障壁では単純な物理攻撃である投石を防ぐには限界がある。白葉は投石を回避しながら、魔力を練り上げていった。


「ならば、これでどうだ!? 【ダークミスト】!」


白葉たちの周囲を闇が覆い、その姿を隠していく。闇を発生させ、狙い撃ちできなくすることが目的だった。


「多尾狐部隊、少し後方に下がれ!」


多尾狐は種族特性で全員が<暗視>のB級スキルを所持している。暗闇でも活動できるのだ。投石は止んでいないが、狙いが定まっていないので被害は目に見えて少なくなった。


(黒狼族や半魚族は、どうだ!?)


投石攻撃の対処に追われていた白葉は、やっと前衛の状況を確認した。

一言で言えば、押されている。

平野部では大した驚異でなかったはずのクレイジー・モンキーたちが強いのである。しかも倒しても倒しても、全く怯むことなく次から次へと向かってくる。まるで死を恐れていない屍兵のようだった。


「怯むな! 陣形を保ち、目の前の敵に集中しろ!」


「体勢を立て直す! 後方に下がりつつ編成を組み直せ!」


ウルフェンと魚正宗の怒声が響く。

二人は混成部隊を再編成し、それぞれの直轄下におくことで立て直しを図っていた。やはり混成部隊では各種族の特性が活かせず、被害をいたずらに増やしていたのだ。

二人が参戦したことにより部隊が分かれ、戦況は五分五分になりつつあった。


『【フレイムランサー!】!!』


そこに多尾狐族の魔法がクレイジー・モンキーたちを襲う。

投石によって混乱していた部隊がやっと持ち直したのである。

投石自体は続いているが、ダークミストによる視覚妨害と白葉の<狐火>による弾幕で大半は防ぐことができている。


「やっと援護射撃が始まったか!」


「待ちわびたぞ!」


体勢は整いつつあったが、最初の奇襲で受けたダメージが大きい。

またクレイジー・モンキーたちの強さも予想外だった。彼らの記憶にあるクレイジー・モンキーよりも確実に力を増している。

しかし戦況を押し返しつつある状況は悪くない。白葉が投石の処理に追われているので、前線はウルフェンと魚正宗で指揮をとることができたのだ。


このまま盛り返せるか?


そんな淡い期待は、次の瞬間に打ち砕かれる。彼らは忘れていた。クレイジー・モンキーの上位種である存在を。



グオオオオオオオッ!!



雄叫びを上げ、巨大な山が森から姿を現した。

山が動くことなど有り得ない。しかしその光景を目の当たりにした者たちは一様に同じ感想を抱いた。


黒い山が迫っている、と。


それは彼らも良く知るモンスター、クレイジー・コングだった。

ただ彼らが知っているものよりも二回りも大きく、その凶暴性は比較にならない。


「げ、迎撃だ!」


「迎え討て!」


ウルフェンと魚正宗が慌てて指示を出す。しかしクレイジー・モンキーと同様に、クレイジー・コングもまた力を増していることは、その姿から容易に想像ができた。事実、半魚族の戦士が一撃で倒されている。

いかに腕力だけならオーガに匹敵すると言われているクレイジー・コングでも、そんなことはできなかったはずだ。


戦況が再び、ひっくり返った。

三種同盟が押され始めたのである。徐々にではあるが、多尾狐の控える本陣にクレイジー・モンキーたちが押し寄せてきていた。


クレイジー・モンキーやクレイジー・コングが予想外のパワーアップをしていたことは確かに誤算だったが、それでも三種同盟がここまで押されるとは誰も予測していなかった。開戦時の奇策には驚かされたが、その後で盛り返すことには成功している。


三種同盟が押されている理由は、明らかに異常なクレイジー・モンキーたちの戦い振りだった。

一切休むことなく、間断のない攻撃を仕掛けてくるのである。通常なら陣形を立て直したりと緩急があるはずなのだ。しかし、その兆候が全く見られない。仲間が何人死のうと、大規模攻撃魔法を叩き込まれようと、全く意に介さず突撃してくるのである。


せめて偵察部隊を派遣していれば、あるいはウルフェンならばその異常性を見破り対応できただろう。しかしクレイジー・モンキーを侮っていた白葉には、その対策を立てることすら出来なかった。


敗戦が濃厚となると、黒狼族も半魚族も戦線を離脱し撤退を始めた。

壁役がいなくなれば、多尾狐たちにクレイジー・モンキーの猛攻を阻止する術はない。白葉もまた、撤退を余儀無くされたのだった。


「くそっ! どうしてこうなった!?」


白葉は敗走しながら、誰に言うでもなく叫んでいた。


「原初の大森林を統べるはずの僕が・・・なぜ、なぜ無様に逃げなければならない!?

 なぜ猿ごときに負けたんだ!」


白葉の叫びは止まらない。


「くそっ! くそぉっ!! くそォォォォォォォォッ!!」


誰も聞くことのない叫びは、虚しく空に響くだけだった。




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