36 五尾姫
俺たちは南、原初の大森林で言うと中央部の地域を目指して進んでいた。
原初の大森林はインテリジェンス・モンスターによって、ある程度の縄張りが決められているらしい。
エリアは北部、北西部、北東部、西部、中央部、東部、南西部、南部、南東部の9つに分けけられるとのことだった。
このうち西部、南西部、南部と魔族領に近く、広い範囲を縄張りにしているのがクレイジー・コング。
北東部の比較的安全な地域を縄張りにしているのがオーガだという。
しかしクレイジー・コングもオーガも住まい地域としているだけで、特に支配地域として認識しているわけではないらしい。実際、この説明をしていたエルゼフとサーベルトが話していたときも、桜花と王牙は首を傾げていた。エルゼフとサーベルトが溜め息をついたことを見逃さなかったが、おそらくネームバリューだけで縄張りを守っていたのだろう。
アス湖周辺はスライムたちが大量発生していたし、サーベルタイガーたちが自由に活動していたのは、この辺りが関係しているようだ。
確かに原初の大森林でも最強種とされるオーガの支配地域としては狭い印象だったので、桜花たちの反応には納得できる部分がある。
あ、ちなみに王牙というのはキング・オーガのことである。彼は鬼人族の族長として返り咲いている。
というのも、桜花のやつが「私はダイチ様の側近ですので」とか言い出して鬼人族の族長を辞退しやがったのだ。
流石に鬼人族たちはキョトンとしていたが、そのすぐ後にはウンウンて頷いていた。
―――納得するのかよ。
というわけで元キング・オーガである王牙が族長に復帰したのである。
あ、始め本人は族長になることを辞退したけどね。鬼人族一同、ならびに桜花と俺の説得で了承させました。
ちょっと話が脱線したな。
原初の大森林の勢力図の話をしてたんだった。
原初の大森林東部は霊峰シルバーピークを指す。
噂の神龍王や竜巻龍、さらに竜種が多数棲息していることもあり、オーガの縄張り以上に手を出すバカはいない。縄張りに関係なく動き回っている<はぐれ>のクレイジー・モンキーですら近づかないらしい。
北西部は年中瘴気が漂う危険地帯で、アンデッドの巣窟。
帝国領と接する部分であり、帝国が原初の大森林に手を出せない理由の一つである。
北部、南東部には目立ったインテリジェンス・モンスターはおらず、モンスターたちが放置されている。
そして中央部。
多尾狐、黒狼族、半魚族の三種族が縄張りとしている地域である。
南から西部にかけてはクレイジー・コングが。北西部にはアンデッドの脅威が付きまとう厄介な地域である。それを三つの種族が同盟を組んで、自分達の縄張りを守っているらしい。
なんか原初の大森林って強いモンスターがバンバンいるだけの大きな森だと思っていたが、こうしてみると秩序があったんだと思い知らされる。
で、俺達の現状だが、北部を経由して中央部に入り、半魚族の縄張りであるサラサ湖を確認。そのまま進路を東に向け、多尾狐の縄張りに入ろうとしていた。
サラサ湖を確認したのは、チャーリーさんが教えてくれた珈琲豆に該当する豆を見たかったというのもあるが、ここが今回の作戦で重要な戦場になると予測されるからだった。
チャーリーさんの予測では、魔族のハッシュベルトは既に原初の大森林において主要な三種族に内部工作を仕掛けているということだった。
その主な目的は二つ。
一つは三つの種族の力を削ぎ、原初の大森林における勢力を低下させること。これは彼らが原初の大森林を支配するための布石なのだそうだ。
二つ目が原初の大森林で種族間の大きな争いを起こし、多数の死者を出すこと。これにより、ある儀式が可能となるらしい。
チャーリーがこの予測を立てた時点で既に準備は最終段階に入っていたので、計画自体を止めることは出来そうに無かった。
ならば計画自体を潰すしかない。
そのために俺はサーベルタイガーに乗り、猛スピードで多尾狐たちの縄張りに向かっていた。後方には同じようにサーベルタイガーを駆る桜花とアクアの姿があった。
実は自分達で走る方が早いのだが、できるだけ消耗を抑えたいのでサーベルタイガーたちに頑張ってもらっている。
「ん、ここは?」
突然視界が広がり、森を抜けたような広い平野が広がった。とはいえ背の高い草が生えており、誰かが立ち入った形跡は見られない。
俺が驚いたのは、この平野にいくつか建造物のようなものがあったからだ。
「魔都ルシフェルアークの跡地です」
俺の疑問にサーベルタイガーの一人が答える。
「魔都ルシフェルアーク?」
「300年前、堕天の魔王ルシファーが建てたとされる都です。今は、その残骸が残っているのみですが」
へー。
まあ、ゆっくり見ている時間はない。先に進もうとした時だった。
「魔力反応」
アクアがボソッと呟いた。前方にあった建物から光が見える。
桜花とアクアの二人はサーベルタイガーから降りると、素早く俺の前に立つ。
あれは転移の光か?
光が収まると、一匹の狐が倒れていた。
もちろん、ただの狐ではない。まず大きさが違うし、尻尾が五本もある。色は紅色だった。なるほど、これが多尾狐か。
「ほう、これが多尾狐か」
桜花が俺と同じ感想を言った。
見たことないんかい。
「満身創痍」
アクアは別のことを言った。
確かに傷だらけだな。
「あの~」
俺を乗せていたサーベルタイガーがおずおずと言った感じで口を開いた。
「あれは五尾姫ではないでしょうか?」
「五尾姫?」
「多尾狐は尾の数が多いほど強力な個体と言われておりまして。現在の族長が五本の尾を持つ雌で通称<五尾姫>と呼ばれているのです」
「へ~。・・・なんで、その五尾姫がこんな所で死にかけてるんだ?」
「さあ。私には何とも」
「そりゃそうだ。本人に聞くのが早いよな」
俺は五尾姫に近づいていく。
「よ、寄るな」
顔を少し上げ、鋭い視線を送ってくる五尾姫。
「私に、少しでも・・・触れて、みろ。キサマの・・・魂すら、も・・・燃やし尽くしてやる、ぞ。ニンゲン」
物騒なことを言う奴だなぁ。
桜花が何か言おうとするのを手で制し、俺はポーションを五尾姫に向かってぶっかけた。
え、ひどい?
だって触るなって言われましたから。
「こ、これは!?」
五尾姫の身体が光を放ち、傷が癒えていく。
傷が治ると五尾姫は素早く立ち上がり、こちらを威嚇しながら魔力を高めていった。
桜花とアクアの二人が再び俺の前に立つ。
「貴様、妾に何をした!?」
「ポーションで傷を治しただけだ」
「ポーションだと? あれをポーションだと抜かすのか」
五尾姫は少し笑うと、
「そんなわけが無かろう!?」
怒り出した。
「忙しい奴だな」
「黙れ。そなたは妾の質問に答えよ」
え~。
質問したいのは、こっちなんだけどな。
あ、サーベルタイガーたち。唸りながら威嚇するなよ。
おっと、桜花の額に青筋が浮かんでいるぞ。こっちの方がヤバイか?
アクアさんは流石に落ち着いていると思ったが、俺には分かる。静かだが強い怒りのオーラを発しているのが。
みんな落ち着こうよ。
「まず、そなたらは何者ぞ?
ニンゲンにサーベルタイガーに、そちらは精霊と半妖か?
まったく共通性の無い組み合わせじゃな」
「何者と言われてもなぁ」
改めて考えると、俺達ってよく分からない集団だよな。言われた通り、共通性が無い。
桜花が「私にお任せ下さい!」という顔をしている。たぶん、いや確実に魔王軍とか言い出しそうなので無視しとこう。
「答えられんか?」
考えてたら時間切れが来たようだ。
「ならば質問を変えてやろう。なぜ妾を助けた?」
んん?
「傷付いて倒れている奴を助けるのに理由が必要なのか?」
「ほう、そう来るか。妾を多尾狐の族長と知って助けたのではないのか?」
「あ~。やっぱり、そうなのか? 五尾姫って名前なんだろ」
「五尾姫は妾の名前ではない。通称のようなものじゃ。妾の真名は紅葉じゃ」
「そうか。で、紅葉は何で傷だらけで倒れていたんだ?」
紅葉の顔が曇る。
「なに、少し油断しただけのことよ」
「それにハッシュベルトという魔族が関わっているんじゃないのか?」
「!? 貴様、奴の手の者か!?」
紅葉の警戒感が一気に高まり、魔法の構成を始める。
あ、桜花が身構えながらも複雑な表情をしている。奇遇だな。俺も既視感を感じたよ。
しかし多尾狐の族長がやられたということは、もう始まっていてもおかしくないな。
チャーリーからの完了報告は未だだが、急いだ方が良さそうだ。
「ハッシュベルトには仲間が世話になってな。これから炙り出そうと思ってるところなんだ。
ついて来るか?」
俺の申し出に、紅葉は少し考えてから、
「・・・良かろう。妾を奴の下まで案内せよ」
はいはいっと。
「おお、そうじゃ。忘れるところじゃった」
「なんだ?」
「傷を癒してもらい、感謝する。正直、危ないところだったのでな」
明後日の方を見ながら言う紅葉。
え、ツンデレさんですか?
「な、何を呆けて見ておる!? さっさと行くぞ!」
こうして俺達は、紅葉と多尾狐の住み処へ急ぐことになったのだった。
H28.7.27
前話までの内容に合わせて修正しました。




