33 黒狼族
原初の大森林中央部南側。多尾狐とクレイジー・ゴングの支配地域と言われるエリアの境目付近である。
この周辺を縄張りとして棲家にしているのは黒狼族だった。
彼らは森の番人と言われるサーベルタイガーと同じく、大型の獣系モンスターを狩ることを中心に生活していた。サーベルタイガーに比べると戦闘能力は劣るが、最も大きな違いは彼らが種族として統一されている点だ。
黒狼族は長となる一匹を中心に、完全なヒエラルキーが形成されている。
これが一匹のリーダーを頂点とし、20匹前後でグループ毎に独立して行動しているサーベルタイガーとの違いだった。
黒狼族は偵察・諜報・連絡・戦闘と役割が各自に与えられている。
言うなれば一つの軍隊のようなものである。
そんな黒狼族の長であるウルフェンは、部下から信じられない報告を受けていた。
「第18師団が壊滅だと!?」
それは慌てて立ち上がるほどに衝撃的な報告だった。
第18師団とは、クレイジー・ゴング達との縄張り境界線を守護する者達のことだったからだ。
「バカな。第18師団は精鋭のはずだ。それが猿共に遅れをとるなど、あり得ん」
サーベルタイガーと同じく、クレイジー・ゴングも各自で群れを形成し行動している。
しかしサーベルタイガーとの違いは、原初の大森林において最も数が多いとされるモンスター、クレイジー・モンキーを配下にしている点だ。
一匹のクレイジー・ゴングにつき、だいたい30から50匹のクレイジー・モンキーが従っている。
クレイジー・ゴングは3~4匹で一つの集団を形成しており、そのグループの数は百を越える。
彼らの最も厄介な点は、その繁殖力にあった。繁殖力が高いモンスターの有名格と言えばゴブリンだが、それに勝るとも劣らないと言われている。しかも彼らを討伐しようとしても、一匹でも生き残ればその個体がハーレムを形成し、あっという間に数が戻ってしまうのだ。
クレイジー・ゴングたちが原初の大森林において、南側から西側にかけての広い範囲を縄張りとしているのは、単純に数が多すぎる故だった。
しかし、数の驚異という点を除けば彼らの影響力は驚くほど小さい。
なぜならクレイジー・ゴングもクレイジー・モンキーも、知能はあるが知性が低いのである。簡単に言えば、バカなのだ。
特にクレイジー・モンキーはインテリジェンス・モンスターに位置付けられているものの言語理解のレベルが低い。クレイジー・コングの支配から逃れた者が数匹で群れを成し、他の縄張りを犯すこともあった。その場合、彼らは<はぐれ>となり通常のモンスターと同類となってしまう。原初の大森林に転移させられたダイチが初めて戦ったクレイジー・モンキーは、その<はぐれ>の一団である。
また彼らには黒狼族のような高い統率力が無い。故に、その数の驚異を利用した戦術が取れない。
更に群れのリーダーは自分こそが一番と思っており、雌の奪い合いや群れ同士で縄張り争いをすることはあっても、協力することは無かった。
調子に乗ったクレイジー・ゴングの群れが黒狼族の縄張りを侵すことはあるが、いずれも返り討ちにされている。
個々の戦闘力よりも集団戦を得意とする黒狼族にとって、クレイジー・ゴングたちは無視こそできないが相性の悪い相手では無かった。統率のとれていない集団など、彼らにとって烏合の衆以外のなにものでもなかったからだ。
そんな黒狼族の精鋭たちが準備を整える時間稼ぎをすることなく壊滅したという報告には、ウルフェンでなくとも耳を疑いたくなるだろう。
「ちっ。つまり、それだけの数が一斉に攻めてきたということか。敵の数は?」
「それが・・・推定、2万匹ほどです」
「・・・あん?」
ウルフェンは、またしても部下の報告に耳を疑った。
クレイジー・ゴングの群れは、一つ辺りが多くて300匹ぐらいの規模である。ウルフェンが先代より名前を継いでリーダーとなった後、二つのグループが同時期に縄張りを侵してきたことがあった。
同じようなことが起こったのだろうと思ったのだが・・・
「2万匹だと!?
そんなもの、原初の大森林に生息するクレイジー・モンキーすべてを合わせたぐらいの数ではないか!
それが一斉に攻撃してくることなど・・・」
いや、待て。
―――ある。
黒狼族の長、ウルフェンの名は代々受け継がれてきたものだ。
本来、個体を識別するという存在性を与えられていないモンスターは名前を持たない。
しかし知性を有するインテリジェンス・モンスターは例外であり、それぞれに名前を名乗ることができるのだ。その中でも黒狼族はユニーク級スキル<魂の継承>を有しており、族長の<名前>を受け継いでいる唯一の種族だった。
<魂の継承>は本来、自身のスキルや知識を別の個体に譲渡することのできる<スキル>だ。つまり<魂>を受け継ぐことができるのである。
この<魂の継承>により、黒狼族の族長は代々ウルフェンと名乗っているのである。
しかし代々の<ウルフェン>が持つ記憶を一匹の個体が受け継ぐことは本来はできない。脳の処理が追い付かないからだ。
このため<ウルフェン>の記憶は<魂の継承>によって作成された別の引き出し、<記憶の泉>に蓄積されている。
ウルフェンは<記憶の泉>にアクセスし、その知識を引き出した。
<皇帝種>の知識を。
「・・・撤退だ」
「は?」
「撤退だ! 至急、各部隊に連絡! 多尾狐の領域まで下がる!」
「は、はいっ!」
部下の黒狼が慌てたように出ていく。
ウルフェンも部屋を飛び出すと、本来は物見のためにある岩場に立ち、最大限の咆哮を発した。
「ウォォォォォォン!!」
黒狼族のユニーク級スキル<黒狼の咆哮>である。
それは自身の配下全てに対し、一瞬で指示を出すことのできるスキルだ。
その指示の内容は「直ちに撤退せよ」だった。
空気を震わせるような咆哮を放ちながら、ウルフェンの目は南方から迫り来る黒い海のようなクレイジー・モンキーの大群を映していた。
H28.7.27
前話までの内容に合わせて修正しました。




