32 魔公会議
前魔王が倒されて50年。魔族の勢力は減退の一途を辿っている。
それはプライドの高い彼等にとって、到底我慢のできるものでは無かった。しかし、彼らに人族に対抗できるだけの力は既に無い。
魔族領が人族から攻め込まれないのは、ブリトニア王国とガスパリア帝国の覇権争いが勃発しているからだ。
そんな中、互いに我こそは魔王と仲間同士で争っても利を得るのは人間なのだと、彼らは次第に気がついていった。
そんな状況だからだろう。
一時は魔王を勝手に名乗り分裂していた魔族たちも危機感を抱き、次第に協力体制を整えていった。
その集大成とも呼べるものが、七人の魔公たちによる<魔公会議>である。
魔族領を統べるべき魔王が長い期間に渡って不在となっているからこそ、合議制による統治が必要になった。魔王を名乗る者達が自らを蔑称である<魔公>と称したのは、この会議そのものが不名誉なものであるという戒めとするためだった。
とはいえ各魔公たちは互いに自身の縄張りを統治するよう合意し合っている。魔公会議が招集されるのは、魔族全体に関わる議案が発生した場合に限られていた。
その魔公会議を招集した本人であるハッシュベルトは、現魔族のトップとも言える彼らを前にしても余裕の態度を見せていた。
「では報告を聞こう」
魔公の中で最も強く、最も魔王に近いとされる古参の魔族、ロンダークが口火を切った。
漆黒の鎧が彼の威厳を際立たせている。彼は魔公会議の議長を務めていた。
「本日はお忙しい中、わたくしのために時間を裂いていただき、ありがとうございます」
芝居がかった口調で、ハッシュベルトは恭しく一礼をする。
「そんな固っくるしい挨拶はいいから、さっさと始めなよ」
赤い髪の女魔族が苛ついたように言う。古参のロンダークと違い、最近になり頭角を表してきた新星の女魔族、レイティアスだ。
「はっはっは。相変わらずレイティアス様は手厳しい」
にこやかに返答するハッシュベルト。
それを聞いたレイティアスは盛大に舌打ちし、前のめりになりながら声を荒らげようとした。
「レイティアス、やめておけ。時間が無駄になる」
それを制したのはレイティアスの隣に座る銀髪の背の高い男だった。
レイティアスは彼―――ギリアムを睨んだ。彼は静かに目を閉じている。
レイティアスは声を上げようとするが、やめることにした。確かに時間の無駄である。
「ありがとうございます。ギリアム様」
「いいから早く始めろ。本当に時間の無駄だ」
ハッシュベルトは肩をすくめると、マップを表示した。
それは原初の大森林を簡略的に描いたものだった。
「ご存知かとは思いますが、原初の大森林は大きく五つのエリアに別れます」
先ずは北東部の地域。
この地域は原初の大森林で最強クラスとも言われるオーガの支配地域と言われている。
言われているというのは、彼等が積極的に他の種族を従えるために動いていないからだ。
サーベルタイガーが大型のモンスターを狩っていることもあり、オーガにさえ出会わなければ比較的安全とされている。大森林の水源であるアス湖では大型のスライムが生息しているが、奴等が水辺から離れることは少ないため危険地帯を読みやすいのである。
次が魔族領に比較的近い南東から西側にかけての地域。
ここを実質的に支配しているのはクレイジー・ゴングである。
クレイジー・コングは、原初の大森林では抜きん出て数の多いとされるクレイジー・モンキーの上位種であり、力だけであればオーガに匹敵すると言われている。ただクレイジー・コングは個体毎の縄張りを形成しており、群れが複数存在していることから、まとまりが無い。
次に東部であるが、これは霊峰シルバーピークを指す。
神龍王という伝説上の龍が住まう山とされ、アークノギアにおいて最も天に近い場所である。
その山には竜族が多量に生息していると言われているが、真偽のほどは定かではない。ただし竜巻龍と呼ばれる竜人の存在は確認されており、そのデタラメな強さは魔王ですら手出し無用と言われるほどだった。
そして中央部。
多尾狐、黒狼族、半魚族など多様なインテリジェンス・モンスターが棲息する地域で、その中心にいるのが多尾狐である。
彼らはそれぞれ同盟を組み、外敵から身を守るように暮らしている。特に多尾狐は火術と幻術を得意としており、大森林において最も敵に回してはいけない種族として有名である。
実はブラック・ミスリルと呼ばれるレア金属の鉱脈がある地域でもある。
最後が北西部。
ガスパリア帝国に隣接する地域であり、シルバーピークを除けば最も危険な地域とも言われている。
多数の高レベルモンスターが棲息している原初の大森林だが、この地域においてのみアンデッドが多く出現するのだ。霊脈の途絶える地域であるとの仮説が有力であるが、他の地域に比べモンスターのレベルも高く、インテリジェンス・モンスターも住まない魔境中の魔境である。
大雑把ではあるが、以上の五つのエリアに原初の大森林は分けられていた。
「つまり、我らの目的を叶えるにはインテリジェンス・モンスターの生息する南部・西部・中央部・北東部を押さえれば良いわけです」
長い説明を終え、ハッシュベルトは一息ついた。
しかし、
「おい」
その隙を見計らったかのように声を掛けられる。
「その説明は何度も聞いたぞ。俺達をバカにしているのか?」
「申し訳ございません、シュナイダー様」
発言した二本の大剣を背負う男、シュナイダーに向かってハッシュベルトは頭を下げる。
「一からご説明差し上げた方が宜しいかと思ったものですから」
そう言ってチラリとシュナイダーの隣に座る男に視線を向けた。
自然と全員の目がそちらに向かう。
「・・・・・・・・・ぐう」
魔公たちの中でも随一の大きな身体をしたスキンヘッドの男、ラルヴァは腕を組み眠っていた。
沈黙が室内を支配した後、
「・・・んあっ!? 終わったか!?」
爆音のような大声が響いた。
魔公たちは耳を押さえる。
「まだですよ、ラルヴァ様」
「そうか! 終わったら起こせ!」
言って、また腕組をして目を閉じる。
「いらぬ気遣いでしたな」
「・・・もういい。さっさと進めろ」
シュナイダーは溜め息をつくと先を促した。
では、とハッシュベルトが続ける。
「クレイジー・ゴングについて仕込みは上々です。もうそろそろ始まるでしょう。
多尾狐たちについても準備は完了しております。
オーガたちも種は蒔き終わりましたので、すぐにでも効果を現すでしょう」
「つまり準備は整ったということだな?」
一人上機嫌な男、グランゼルフが声を上げた。
大きなローブに身を包み、目深にフードを被っているため表情は読み取れないが、その声は弾んでいた。
「その通りでございます、グランゼルフ様。
皆様にその瞬間をお見せするため、こうしてお集まりいただきました」
二人は一瞬、目を合わせる。
それは「よくやった」「ありがとうございます」というアイコンタクトだった。
「しかし、本当に上手くいくのかのぅ」
自身の白い顎髭を撫でながら、疑問を口にしたのは小柄な老人だった。
深く生えた眉毛のせいで、 目まで隠れている。
「ジース殿は我が死霊術をお疑いか?」
「そう言うわけではないがの」
やや怒気を含んだグランゼルフの言葉に動じることなく、ジースと呼ばれた老人は涼やかに応えた。
「死者蘇生の魔法について、存在を否定はせんよ。
じゃが、少なくとも儂は見たことがないし、扱えん。出来損ないのアンデッドなら腐るほど見てきたがの」
グランゼルフがジースを睨む。
ジースは魔公の中でもロンダークに次ぐ実力者で、魔法に対する知識はズバ抜けている。彼は今回の作戦に懐疑的だった。
「ジース。その件については、既に結論は出ているはずだ」
ロンダークが間に入る。
「前魔王ヴァルヴァーレの復活。決議は出ている」
「しかしのぅ。原初の大森林には半妖種が多く暮らしとる。彼らを巻き込むことになるのだぞ?」
じわり、とジースから魔力が膨れ上がる。
その瞬間、ロンダークを除く魔公たちとハッシュベルトに悪寒が走った。
背筋を冷たい汗が伝う。ラルヴァですら飛び起きたほどだ。
圧倒的な魔力。
自分達とはケタ違いのチカラに戦慄する。
それを顔色一つ変えず受け止めるロンダーク。
そもそも、この二人が魔王を名乗っていないことがおかしいのである。彼ら以外は、前魔王ヴァルヴァーレの腹心だった。それぞれが魔王を名乗ったのも、何のことはない、魔王亡き後に起きた後継者争いでしかない。
その抗争に終止符を打つために提案されたのが魔公会議であるが、それまで魔王軍に不干渉だったロンダークとジースが参加を表明したことには誰もが驚いた。
睨み合う二人の沈黙を破ったのはロンダークだった。
「ジース。お前も次元の歪みを感知したはずだ」
『!?』
魔公たちに驚きが走る。
「じ、次元の歪みだと!!」
「まさか、勇者召喚!?」
「バカな! 魔王不在で勇者召喚などと!」
口々に動揺の声を漏らす。
「・・・確かに、把握しておるよ」
「ならば、今がどういう状況か分かるだろう」
「確かに勇者は驚異かもしれんが、ワシとオヌシがおれば・・・」
「やはりジースでも気付いていないのか」
ロンダークは溜め息を一つついた後、衝撃の言葉を口にした。
「感知した転移者の数は一つではない。
複数・・・いや、はっきり言ってやろう。十を越える」
『なっ!?』
今度はジースを含めた七人全員が驚愕に目を見開いた。
「かなり強い反応じゃったが、まさかそこまでとは・・・」
「おそらく人間側の都合で召喚されたのだろうな。ヴァルヴァーレを倒したような勇者が1ダースもいるとは思えんが、それでも由々しき事態に変わりはない」
異世界から召喚された者達は例外なくデタラメなスキルを所持している。勇者と呼ばれる者達の多くが異世界からの召喚者だった。
しかも彼らの真価は個人の戦闘力ではない。自身以外の者たちに実力以上のチカラを発揮させるカリスマ的な存在感こそが驚異なのだ。
「ジース。俺は“あの方”のようにはなれんよ。自分の手の中にあるものしか守ることはできない」
「それはワシとて同じじゃよ。致し方ない」
ジースは深い溜め息をつき、天を仰いだ。
「グランゼルフ殿」
「な、なんだ?」
「進行を妨げるようなことをして申し訳なかった。続けてくれ」
それだけ言うと、ジースは静かに魔力を引っ込めた。
全員が安堵する中、ハッシュベルトは別のことを考えていた。ロンダークが“あの方”と言ったことだ。
(やはり、あの噂は本当なのか?)
ロンダークとジースには、ある噂があった。二人が魔王を名乗らないのは、何者かに仕えているからではないか、というものだ。
あの発言で、その信憑性が高まったことになる。
その事実に一人背筋を寒くする。
「どうした、ハッシュベルト。早く進めてくれ」
ロンダークが会議を進めようとしないハッシュベルトを促した。
「へ? あ、失礼しました。え~と・・・」
彼にしては珍しく狼狽していた。
「げ、原初の大森林における準備は整いました。
皆様には、その見届け人となっていただくべく集まっていただいた次第です」
ハッシュベルトが指を鳴らすと、大型のモニターが七人の前に現れた。
「それでは、楽しみましょう」
モニターに映し出されたのは、大森林を埋め尽くすクレイジー・モンキーたちの群れだった。
H28.7.27
前話までの内容に合わせて修正しました。




