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22 森の番人

ゴブリン・ハーフの集落を襲い、敗走したサーベルタイガーたちはトボトボと原初の大森林を歩いていた。

口を開く者はいない。


蹂躙するだけと思っていたゴブリン・ハーフに返り討ちに遭い、リーダーを殺されたのである。誰もが悪夢を見ているような気分だった。


森の番人という役割を与えられている彼らにとって、リーダーが殺されることは珍しいことではない。

彼らは大型の高レベルなモンスターを中心に狩りを行い、原初の大森林に棲む低レベルなモンスターが絶滅しないように守る役割を果たしていた。それが彼らをインテリジェンス・モンスターに<進化>させた<魔王>との盟約であり、彼らの誇りだったのだ。


サーベルタイガーのリーダーはグループの中で最も強く、最も勇敢な者が選ばれる。仲間たちの先頭に立って戦う危険な役目を必然的に背負うため、戦死することは珍しくない。問題は、その死に方だ。


インテリジェンス・モンスターにとって、<魔獣>となることは禁忌とされている。

<魔獣>とは、魔族と<契約>したモンスターのことを指すからだ。


魔族は非常に高い魔力を持っている。

大古の昔、彼らは高い魔力と【魔法】のチカラでアークノギアを支配していたのだ。


魔族と<契約>することで、モンスターは<契約>した魔族から無尽蔵とも言える魔力を引き出せるようになる。その結果、<魔獣>となってより強いチカラを得ることができるようになるのだ。


しかし魔族と<契約>するということは、その魔族を主として認めるということである。

だがインテリジェンス・モンスターの主は<真の魔王>であるという掟がある。

彼らは<真の魔王>以外に主を得てはならないのだ。


<真の魔王>は300年前に原初の大森林を平定し、ただのモンスターでしか無かった彼らに<知性>という祝福を与えた。これにより力のあるモンスターが支配し荒廃していた原初の大森林は秩序を得たとされている。

その信頼と忠誠の証として、インテリジェンス・モンスターは他に主を得てはならないという掟をつくったのだ。これを彼らのリーダーだったガーランドは破った。


ガーランドはハッシュベルトという魔族の後ろ楯を期待していたようだが、あの魔族が自分達を守ってくれるとは思えない。奴が自分達を見る目は道具に対するそれであり、何かを期待している様子も無かった。

目的は不明だが、魔族の庇護が無いなら自分達の末路は決まっている。

他のサーベルタイガーたちに裏切者として追われるか、原初の大森林最強種にして絶対の守護者と言われるオーガ族に狩られるかだろう。


だがガーランドは死んだ。

ならば次のリーダーを決めて、彼らは元の役割に帰ればいい。

しかし<真の魔王>を一時でも裏切ったという罪悪感が拭い去れなかった。


「―――なあ」


そんな沈黙を破るかのように、サーベルタイガーの一匹が口を開いた。


「これから、どうするんだ?」


彼が問うた相手はガーランドの息子、サーベルトだった。

<魔獣>となって以降、ガーランドは戦いにも参加しなくなった。それを実質的に率いていたのはガーランドの息子である彼だ。当然、サーベルタイガーたちは彼が次のリーダーになると信じて疑わない。


「・・・俺に、それを決める権利は無い」


「どういうことだ?」


「誇りを傷付け、魔族などに従い、弱き者を傷付けた父の罪は、俺が償わなければならん」


彼は後ろを歩くサーベルタイガーたちに向き直った。


「あの人間には感謝している。我らの誇りが、あれ以上汚される前に、父を倒してくれたからな。だが、その償いはするべきだ」


「まさか・・・」


「俺は<はぐれ>となる。新しいリーダーは、お前たちの中から選べ」


「何を言う!」


別のサーベルタイガーが声を上げた。


「友よ。群れのリーダーの責は群れ全体が背負うべきだ。血縁など関係無い。我らは汝に従うべきと決めている」


「友よ。汝は我らの中で最も強く、最も勇敢で、最も誇り高い。我らはそれを誇りにこそ思うが、罪とは思わん」


「友よ。<はぐれ>となっても、我らの罪が償えるわけではないぞ」


インテリジェンス・モンスターは基本的に群れで行動する。それぞれに役割があり、集団で生活している。

<はぐれ>とは、その集団から離れ、ただのモンスターになるということだ。いかにサーベルタイガーが上位のモンスターといえども、この原初の大森林は単独で生きていけるほど甘くない。


「すまん。だが、俺は自分が恐ろしいのだ。

 父はサーベルタイガーのリーダーという重責を背負い、それに耐えていたことを俺は知っている。

 だからこそ力を求め、魔族の甘言に乗ったのだ。俺がそうならないと、誰が言い切れる?」


「それは・・・」


「血は水よりも濃い。魂は親から子へと受け継がれる。

 俺はサーベルタイガーの誇りを、これ以上自分の手で貶めたくはない」


『・・・』


「悪いな。もう決めたことだ」


「あ、待て!」


サーベルトは踵を返し、跳躍して群れから離れようとした。だが、次の瞬間、



グガアアアアアアアアアッ!!



咆哮が森に響いた。

驚いて、そちらに目を向けると、信じられないものを目にした。

体長5メートルはあるだろう熊が、凶悪な瞳を彼らに向けていたのだ。


「なっ!」


「キラーグリズリイだと!?」


「なんだ、あの大きさは!?」


キラーグリズリイとは、原初の大森林に棲む大型の魔獣である。体長3メートルほどで、凶悪な爪と牙を持つ。その怪力はオーガやサイクロプスと並び立つとされる肉食獣だ。

しかしサーベルタイガーたちの前に立つキラーグリズリイは、彼らが知るものよりも優に頭二つ分は大きい。しかも目が血で染まったかのような紅い瞳をしていた。


「キラーグリズリイの変異種か!?」


「こんな時に!」


「友よ、どうする!?」


サーベルタイガーたちの視線が彼に、サーベルトに集まる。

彼の対応は迅速だった。


「散開! 奴の腕に注意し、四方から攻撃を仕掛ける!

 決して止まるな!」


『応!』


サーベルタイガーたちは散ると、森に隠れるように姿を消した。


「足を狙え! このデカさでは、身体を支えるのも一苦労のはずだ!」


サーベルトはキラーグリズリイの前に立ち、降り下ろされる腕を避けて自分に注意を向けさせる。その豪腕を目の前にすれば縮み上がる思いだが、彼は勇気を奮い立たせて相対した。

キラーグリズリイとは、何度も戦ったことがある。父は矢面に立ち、その腕を一身に受けて他のサーベルタイガーたちに攻撃の手が向かないように対処していた。あの勇敢な姿を目に焼き付けている自分にしかできないことだ。



グガアアアアアアアアアッ!



降り下ろされる腕を、横薙ぎに迫る爪を躱し、他のサーベルタイガーたちは足の腱に攻撃を集中させる。


「ぐう! 硬い!」


「諦めるな! 我らの牙は剣! 切り裂けぬものなどない!」


こんなキラーグリズリイを放置すれば、原初の大森林におけるパワーバランスは一気に崩れる。

他のサーベルタイガーを鼓舞し、彼は迫り来る死の腕を避け続けた。



グガアアアアアアアアアッ!



「効いているぞ! もう少しだ!」


だが、最悪は唐突に訪れた。



グガアアアアアアアアアッ!



「なっ!」


後方から、同じようなキラーグリズリイが出現したのだ。

更に―――



グガアアアアアアアアアッ!



「こっちからも!?」


右手からもキラーグリズリイの咆哮が上がる。

今の状態ですらギリギリだというのに、もうニ体が追加されれば勝ち目は無い。もはや一グループだけのサーベルタイガーで対処できる範囲を越えている。


「ちっ!」


「友よ!?」


サーベルトは後ろから現れたキラーグリズリイに飛び掛かった。


「撤退しろ! こいつらの足止めは、俺がする!」


「無茶だ!」


「いいから早く行けぇ! ぐはぁ!」


『頭ぁぁぁぁ!?』


サーベルタイガーは自分達のリーダーを『頭』と呼ぶ。

その言葉を聞きながらサーベルトはキラーグリズリイの一撃を受けて宙を舞い、地面に叩き付けられた。


「は、早く、行け・・・」


ひどい出血だ。

もはや立ち上がるのも辛いはずだった。


だが彼は仲間に背を向け、キラーグリズリイの前に立つ。それが己の―――『頭』としての役目と知っていたから。


「逃げろォォォォォォォォォ!」


キラーグリズリイの豪腕が迫る。

彼はあらん限りの力で仲間たちに叫んだ。


「よく耐えたな」


優しさに溢れた声だった。

傷付いた彼らを包み込むような、愛しむような声だった。


目の前のキラーグリズリイが両断され、左右に倒れる。


「あ・・・?」


次にサーベルトが目にしたのは、漆黒の刀を肩に掛けた少年―――ダイチの姿だった。


「な、何故・・・?」


「いやぁ。<暴走>状態のキラーグリズリイが三匹も<索敵>に引っ掛かってな。集落の近くだし危ないから退治しようと来てみたら、お前らが戦っててビックリしたよ」


「あ、危ない!」


キラーグリズリイの一体がダイチに豪腕を降り下ろす。


「【ウォーターカッター】」


しかし、その腕は飛んできた水の刃に切り落とされた。



グガアアアアアアアアアッ!



「うるせーよ」


ダイチは振り向き様に黒刀を一閃。キラーグリズリイの胴体が綺麗に真っ二つとなった。


「ナイスショット、アクアさん」


「だるい」


あの水の精霊も居た。


「な、何故だ?」


「あん?」


「そなたは人間だろう。何故、インテリジェンス・モンスターである我らを助ける?」


「そんなことか」


ダイチはポーションを<無限収納>から取り出すと、サーベルトの身体に振りかけた。彼の身体が光りを放ち、出血していた傷口が塞がる。


「こ、これは・・・!?」


「仲間を守るために戦ってる奴を見捨てられるわけ無いだろ。人間とかモンスターとか、関係ねーよ」


「貴殿・・・」


「で、お前は、どうするんだ?」


ダイチが指で彼の後ろを指した。

そこにはキラーグリズリイと戦う他のサーベルタイガーたちの姿があった。


「俺は、誰かの獲物を横取りするほど意地悪じゃねーんだけどな」


「・・・」


サーベルトは、意を決したように顔を上げる。その瞳に迷いは無い。


「俺が止めを刺す! 俺に続け!」


『応!』


サーベルトは魔力を高めた。金色の魔力が彼を包み、風が荒れ狂う。


「我はサーベルタイガー!

 原初の大森林の秩序に仇為す者を葬る剣なり!

 くらえええええ!」


サーベルタイガーたちの攻撃を受け、キラーグリズリイが体勢を崩した隙を突いて彼は飛び上がった。

その姿を、一本の剣を化して。


「<剣虎牙>!」


金色の魔力を帯びたサーベルトは、キラーグリズリイを斬り裂いた。



グガアアアアアアアアアッ!



肩口から心臓部を斬り裂かれ、崩れ落ちるようにキラーグリズリイは倒れていった。



うおおおおおおおっ!!



サーベルタイガーたちの咆哮が響き渡る。それは激闘を制し、新たなリーダーの誕生を喜ぶものだった。

サーベルタイガーのユニーク級スキル<剣虎牙>はグループのリーダー、『頭』となった者が使えるようになる<スキル>である。


「やるな。さすがは<森の番人>だ」


歓喜に沸く仲間たちの前で、サーベルトは目を見開いた。仲間たちも歓声を止めた。

ダイチの言葉は、彼らにとって聞き流せない単語が入っていた。


「貴殿、なぜ我らが<森の番人>としての役割を担っていることを知っている!?」


「は? なんでって言われても・・・」


「我らが<真の魔王>と交わした盟約を知るのは、一族の者か或いは・・・」


サーベルトは、あることに気が付いた。

精霊に近い超高位なモンスターを従え、巨大なヒュージ・スライムを率い、出鱈目なポーションを持ち、半妖種だろうがモンスターだろうが構わずに命を助ける。

そして、彼らサーベルタイガーと盟約を結んだ者しか知らない<森の番人>という役割を知っている。

そんな存在は―――


「魔王・・・さま? まさか、<堕天の後継>?」


「え? なんだって?」


彼の呟きはダイチの耳に届かなかったようだ。

サーベルトは後ろを振り返った。彼の仲間たちも同じ思いを持っているようだ。

彼は頷くと、その場に平伏した。仲間たちも、それに続く。


「なんだ? どうした?」


「親愛なる魔王よ。我らを再び、貴方様の配下にお加えください。

 貴方様の剣となり、この力を振るう栄誉を、お与えください」


「・・・は?」


「何卒、何卒・・・」


平伏し、頭を上げないサーベルタイガーたち。

ダイチは訳が分からず、ただ立ち尽くすのだった。




H28.7.24

新たに一話追加し、この22話で第一章を終了としています。

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