受付嬢に転生したら、ヤンデレイケメンにロリータ包丁を突き付けられクエスト
俺様は──おっと、いけない。
私は18年前、不慮の事故で死亡して、この異世界へ転生してきた。
生前はオタ趣味全快の女子で、好きな少女マンガキャラの真似をして、ネットでの一人称を『俺様』にしていたくらいだ。
さすがに死ぬほどイタイ──もとい恥ずかしいので、この異世界では猫を被って生きる事にした。
両親からの言う事もキチンと聞き、文武両道を実践した。
家事全般は苦手だが、それ以外は前世の記憶も相まってパーフェクトに近い。
完璧超人と書いてパーフェクト超人である。
そんな私は、すくすくと育ち──名門女学園を首席で卒業。
数十万人に一人しかなれない職業へ就く権利を得た。
「こちら、緊急クエストとなっておりまーす」
そういえば、まだどんな世界に転生したのかを言っていなかった。
ここはイケメンひしめく乙女ゲー世界でも無く──。
「よぅ、新人受付の姉ちゃん。小型の飛龍種の依頼とか~ねぇかい?」
悪役令嬢が処刑されてしまう世界でも無い。
「はーい、ではこちらは如何でしょうか? 王都の外れにある洞窟に住み着いた超大型虐殺龍種ヴォルニクスドラゴンを討伐する依頼です」
「でけぇよ! 無駄に名前が禍々しいよ! ケッ、俺ぁはもう、隣の受付へ行くぜ!」
魔法なんてものもなく、己の腕力のみでモンスター達を狩る世界。
私はその受付嬢をやっている。
「はぁ、意気地の無いハンター」
ちょっとくらい、格上に挑んで浪漫を追い求めるのが格好良い漢というモノなのに。
私は、酒場の中にあるクエスト発注所に座っている。
いくつかカウンターはあるが、この場所は超高難度専用なので来る人は少ない。
暇を持て余し、読みかけだった本を開く。
ちょっと人には言えないジャンルの恋愛小説だが、第三者として読むのなら面白い。
このペースなら、今日中には読み終わってしまいそうだ。
「すみません、ちょっと良いでしょうか?」
「はーい」
またカウンターを間違えていたり、ひやかしだったりするのだろうか。
私は、本を置き、顔を上げた。
「俺様と一緒に死んでくれないか?」
「は?」
長身痩躯の若者が、戦闘用のロリータ包丁を構えながら笑っていた。
状況が今ひとつ理解出来ない。
ロリータ包丁とは、ゴシックロリータ的な意匠が施された可愛い刃物である──それは分かる。
分かるが──それを笑いながら向けられているのが分からない。
「え、ええと、狩猟仲間をお捜しでしょうか?」
「いいえ、君と一緒に死にたい」
やばいやばいやばい。
無理心中とか、ヤンデレとかアレだろうぅ!?
お、落ち着け……落ち着くんだ。
ここで逃げたら、たぶんカウンターを乗り越えてきて背中を刺される。
かといって、真っ正面から戦うにも素手ではきつい。
誰かを呼ぶ? ……それに逆上したコイツが襲ってくるはずだ。
あ、あくまでもお淑やかな、猫を被った私で受け流すのが良さそうだ。
「そうですね。一緒に死ぬのはいいのですが──」
何か適当にでっち上げて、方向を逸らす。
これしかない。
「その包丁でドラゴンを倒し、料理した物を食べてから死にたいですね。心残りって嫌じゃないですか」
竹取物語しかり、無理難題をふっかけるは女のSAGAよ!
「分かった! じゃあ、何かドラゴンが出てくるクエストを受註します!」
「え?」
長身痩躯の若者はクエストに出発していった。
* * * * * * * *
数日後、包帯グルグル巻きで戻ってきた。
まぁ、一級品の大剣を使ってもきついのに、包丁で戦うとか無理だよね。
私はホッと胸をなで下ろした。
だが、さらに数日後。
私が、いつものように偏った恋愛小説を読んでいると──。
「やぁ、一緒に死んでもらうために頑張るよ」
奇跡の回復力を発揮し、またドラゴン討伐のクエストに出発していく若者。
気が気では無い。
心臓がバクバクする。
* * * * * * * *
そんな事を数十回繰り返し、季節が変わった頃。
「やぁ、クエストを受けに来たよ」
ボロボロになっても、諦めない若者。
さすがに気の毒になってきた。
「あの、どうして続けるんですか?」
ついつい、私は聞いてしまった。
深入りしない方が利口だと分かっているのに。
「君が望むから──全ては君が望んだこと」
私が無理難題をふっかけた事だろうか?
何かもう、溜息を吐くしかない。
「あの、迷惑だからやめてくれませんか……。普通じゃ無いですよ、こんなの」
「そうだね!」
明るく答えられてしまった。
無邪気だが、逆に恐い。
「あの、ドラゴンに挑み続けるのは危険ですし……」
「俺様、がんばります!」
相手の一人称が、酷くぎこちないように感じられた。
* * * * * * * *
ついに、若者は成し遂げた。
……といっても、ドラゴンの尻尾の先端をちょびっと切り落としただけだ。
それでも、約束は果たされてしまった。
「ドラゴンの尻尾、シンプルに塩とコショウで焼いてみました!」
酒場の厨房を借りて作った、超高価なドラゴンステーキ。
具体的には、この世界の給料の三ヶ月分くらいである。
「い、頂きます……」
ナイフで一口サイズに切り、パクリと食べる。
……筆舌に尽くしがたいレベルで美味しい。
美味しいが、ここで満足してしまったら──次に包丁で料理されてしまうのは私だろう。
ここで猫では無く、心に鬼を被せて頑張らなければ。
「まぁまぁですね」
「本当!? 気に入った!?」
「ですが──アナタを待つ間、さらにやり残した事がこの世に出来ました。伝説の海竜種の塩焼きです」
という感じで、同じパターンでふっかけて、生き残る道を選んだ。
でも、何故か若者の顔は楽しそうに笑っていた。
……そこで、また聞いてしまう。
「あの、なんで私にこんな事を?」
若者は、いつもと変わらぬ笑顔と包丁を携えながら──。
「君の事が好きだからです。いつも読んでいる本に、こういうのが書かれていたので参考にしました」
最近読んでいる本のジャンル……一人称が俺様のヤンデレもの。
つまり、この若者はヤンデレすれば好かれると思っていたのだろうか。
「はぁ……」
私は、すっかり慣れてしまった溜息を吐いた。
やはり、第三者で体験するのが好ましいジャンルである。
気を取り直し、受付嬢の仕事へと心を切り替える。
「アナタにお勧めのクエストはこちらです」
難度の高い火山地帯だが、良質な銀が採れるクエスト。
「たぶん、お勧めの用途は、その……指輪作成など、です」