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夏の声に  作者: 黒鉄 仁
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第二話  五月蠅

 夏の恒例、暑さで目が覚める。タイマーにしたクーラーはとっくに止まっている。

 変わらない毎日。今日は団地の祭がある。同級生の松本が祭実行委員として青年団に所属しており、案内のメールが入っていた。

 私の地元の祭は、おそらく全国で考えても特に何も変わり映えのない、普通の縁日祭といったもので、もう今更となっては何も感じはしない。

 しかしこんな祭でも、幼い頃は夏の一大イベントであった。その祭を同級生が企画・実行していると考えると、本当に大人になってしまったのだと感じさせられる一方である。


 リビングのテーブルの上に自分宛の茶封筒が置いてある。先週応募した大手商社から履歴書の返送かと思い手に取るが、どうやら中身は祭の後に催される同窓会の案内だった。

 こんな直前に送り付けてくるとは…。幹事の企画力を疑いながら、案内へ目を通した。

 かつての友人と会いたいとは特に思わなかった。

 それも、無職の今であるが故ではあるが、どうも気が乗らない。

 簡単に目を通してすぐにしまい、冷蔵庫に手を伸ばし麦茶をコップに注いだ。


 就職活動をしていないわけではなかったが、やはり経験を活かして商社へ入社したいと考えていた私は、大卒条件がほどんどの業界へ無謀にも応募し続けていた。

 都会ならまだしも、こんな田舎ではたいして求人数もあるはずもなく、結果は無残だった。

 正直、職種などどうでもいいのだ。本音を言えば、前職とは違う業界に飛び込んでみたい。歳をくったといえど、まだ20代半ばの今なら、どんな業種にも対応はできるはずだが、社会というのはそうも甘くはない。

 一度レールを外れた者はやはり、また外れる。そして消耗品の様に扱われる。

そんな光景はいくらでも目にしてきた。今度こそ失敗したくない。

 そんな気持ちから少し億劫になってはいたが、何より、今私は自分を見失っていたのだ。


 蝉の声が年々感慨深くなるのは私だけだろうか。

 長い年月を地中で過ごし、一瞬の繁殖期のために必死に声をあげる昆虫。

 時に人間は地上のあらゆる生物に劣ると感じることがあるが、今もそうだった。


 祭は午後の早い時間から近所の神社を中心に出店が暖簾をあげ、夕方になると地元の神楽団を招いた催し物も行われる。

 特にやることもなかった私は、暑い日差しの中外へ出た。


 神社へは歩いても5分とかからず、すぐにその賑わいを感じることができた。

とはいえ、まだどこも準備中で、人通りも多くはない。

 そんな中、聞きなれた声で後ろから肩を叩かれ呼び止められた。


「よう恭司、帰ってたのか。早い盆休みだな。」

 祭実行委員ので、地元の同級生でもある松本だ。

「メール届いてなかったか?あぁそうだ、お前、今晩のあれ、行くのか?」

 松本とは3年前の同窓会ぶりであったが、そんなことを感じさせないくらいの温度で私に接してきた。

「メールみたよ。実行委員なんて大変そうだな。」

「そうだなぁ!けど楽しいよ。地元の子供達を、今度は俺達がわくわくさせてやんないといけないだろ?ほんと、最初は親父の勧めでやってみて面倒くさかったけどよ、これが意外とおもしれーのよ。」

 いい色に日焼けした青年松本は今の自分には輝いて見えた。


「そんで、今晩いくのか?俺は片づけと会合があるかよ、多分行けても二次会からだなぁ」

「いや、俺は行かないよ。酒も飲めねーし、なんったて無職の身で夜遊びなんて住まわせてもらってる母ちゃんが許してくんねぇわ。」

 体のいい言い訳だと自分では思った。

「あぁ。恭司仕事辞めて帰ってきたのか?なんだよ、それなら祭実行委員手伝ってくれても良かったのに!飛び込み参加、大歓迎だぜ?うちは」

 うれし気な顔で私にかつてと同じにやけ顔を向けている。

 松本は今でも昔と変わらないようには見えたが、眩しかった。

「いやぁすまん。就活とかで意外に忙しくてな。また仕事決まったらゆっくり飯 でも行こう。祭楽しみにしてるよ。頑張れな。」

「おう、わかった。じゃあまたな!」

 そう言うと松本は、決められた範囲を超えて出店しようとしている屋台へ注意しに駆けていった。

 意外とまめな性格なのである。


 祭への興味が増したわけではなかったが、松本と話せたことにより少し私の心が落ち着いた様に感じた。

 最初の催し物までの小一時間をつぶそうと思い、行きつけのスポーツ用品店へと足を向けた。

 まだ蝉は声高らかに鳴いている。





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