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夏の声に  作者: 黒鉄 仁
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第一話  0歩

 ところでどうだろう。年を重ねる毎に幼き心を忘れ、弾むような日々を過ごせなくなる。

 いつだって夏は楽しみだった。

 長い夏休みがあるからだ。

 ただ暑いだけの毎日。夏のビールはたまらないと言うが、生憎私は酒を飲まないのだ。

 なぜこんなにも無常に時を過ごしてしまったんだろうか。不意に、思い返す。




 母が買ってきた麩菓子も、私の乾いた口には放り込まれることはなかった。

 「明日は団地の集まりで、夕方から花火をするみたいだよ。」

 また夜までうるさくなるな。それぐらいにしか思わなかった私は、ふんと鼻を鳴らすだけであった。

 無性にいてもたってもいられなくなり、私は近所の夕刻を告げる音を聞きながら履きつぶした靴で外へ出た。目的は特にもなく。


 両親に多額の借金をさせながら上京し通った大学を3年生になろうかという時に退学し、若さを武器に社会へ飛び出した。

 がむしゃらに3年務めた小さな商社を辞めて7年ぶりに帰ってきた故郷。何も変わらない。そう思いたかったが、現実はそうではない。幼き頃を過ごした思い出ばかりが残り、私はただ無駄な時間を過ごしここへ帰ってきた。

 地元の同級生も皆各々の道を歩み、家庭をもつ者やそうでない者。私のように他県へ出た者も少なくない。

 小学生の頃から通った駄菓子屋も、店主が去年脳梗塞で倒れ店を閉めたという。今はただの月極駐車場だ。

 何年も歩いてきたこの道も、もう私が知っている道ではなかった。

そんなことを思いながら、この散歩のゴールを決めようとしていたが、どうにも考えがまとまらない。

 どういう訳か、心にぽっかり穴が開いてしまったようで、町めぐる人々や音に興味を示せない。

 年末年始ぐらいしか帰らなかった地元へ戻り、最初に両親に謝った。

 「立派な大人になりきれなかった。ごめん。俺、また地元で仕事探すから。」

 こんな簡単な謝罪に対し両親は、期待を裏切り簡単に返してきた。

 「また頑張ればいい。」

 時間が経つにつれ、意欲というものは弱まる。また頑張ろう、これから人生やり直しだ。

 そう自分にネジを巻きなおしても、もうこんな無機質な生活が2ヶ月も続くと、そんな気持ちも薄れるものである。


 自分は何度転ぶんだろうか。いつまで頑張り続けるのだろうか。

 思春期の頃はよく親父を馬鹿にしたものだ。自分は絶対親父のようなつまらない男にはならない、と。

 もっと高尚で、豊かな生活、人生を送ってやる。そう強く思っていた。

 しかし現実どうだろう。私は世間から外れ、親父の様に家庭をもつこともできず、逃げている。

 なぜこうも上手くいかない。ここが自分の正念場。いつだってそう思ってきた。

 違うんだ。正念場はもう過ぎ去っている。とっくの昔に。

 いつからでもやり直せる。そんな言葉、嘘である。人はなかなかに頑固だ。

 リセットから再生まではそう簡単にはいかない。確かに、自分のベクトルを大きく変え、遅まきながらも成功した人は多数いるだろう。しかしそれは、そもそもその人自身に与えられた才能があったのだ。


 正に敗北者。ひねくれ者。こんな思想の自分を一歩引いたところで見てみると、なんとも滑稽でかわいそうになってくる。

 「また頑張ればいいって、何をだよ。」

 そう問い詰めたかった。私はもう、社会の上流、本流からは大きく離されている。

 この変わってしまった町や人を見ると、本当に大きく実感させられた。

 しかしだ、本当にそんな自分を望んでいるかというとそれもわからない。しかし、子供の顔を見るのが幸せだと言っていた旧友の顔を見た時には、なんとも羨ましく感じた。

 今現在だって、目的もなく歩いているじゃないか。そう、自分はいつも何をしているのかわからない。

 本当の芯のところで、自分という存在がないんじゃないかって、そう恐怖している。

 しかし、町のネオンが着き始めたところで、この短い旅は終わりを告げた。

抜け出したい。逃げ出したい。羽ばたきたい。そう思っても、今の私は近所を軽く徘徊することぐらいしかできない男なのだ。


 こうして、昨日と何も変わらない今日が過ぎ去り、家路へと足を向けるのであった。









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