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落下少女の懊悩  作者: 蒼のつばさ
6/17

夕音

人は共に愛し、共に進む生き物だ

 ある日の中学校の放課後、教室が茜色に染まったそんな時、ある教室には2人の生徒がいた。

「ねえ、亮介くん」

 亮介に話しかけたのは菅原スガワラ) 夕音ユネ)という少女。

「なに?」

「私のこと、好き?」

「もちろん、好きだよ。大好き」

「へへ、私も」

 夕音はそう言うと、気を失ったかのようにバタッと倒れた。

「…え?おい、夕音?夕音!」

 そう、これは俺が中学生の時の話。今から2、3年前の出来事になる。




 気を失ったかのようにではなく、本当に気を失ったらしかった。倒れた夕音に何度呼びかけても返答はなかったため、先生にこのことを伝え、至急救急車を呼んでもらった。


「自病が深刻化しています。このまま冷静にしても命があるかどうか…」

「そんな…」医者からの言葉にはどう受け止めれば良いのかわからなかった。ただ、驚きを隠せなかった。


 病室に入ると、息苦しそうに、今にも死んでしまうかのような姿の夕寝がそこにはいた。

「…なんで、いつも俺の無茶聞いてたんだよ」

 こうなる前までは一緒に遊んだり出かけたりしていたのに、今はこんな体に…

「だって、亮介くんといる時間が、毎日、楽しかったから…」言葉が途切れ途切れになりながらもそう答える。

「…苦しかったなら、そう言ってくれよ…」

 俺のせいで、こんなことに…

「…泣かないで。亮介くんの泣いてるとこ、見たくない…」

「…ああ、ごめん」

 俺は涙を拭うと、万遍の笑みを夕音に見せつけた。夕音も、俺の笑顔を見て苦しみながらもニッコリと笑った。




 数週間後

「症状が回復している傾向にあります。奇跡と言っていいでしょう」

 医者からそう言われたときは体全体が脱力感に浸った。

「よかったぁー」


「なあ」

「なに?」

「鶴、折らないか?」そう言ってカバンから折り紙を取り出す。

「え、でも、私折り方知らないよ?」

「教えるよ」

「ありがと」


 その日は二人合わせて8羽ほど完成した。俺は完成した鶴を糸でつなげる。

「鶴繋げてどうするの?」

「ん?あー。毎日5〜10羽くらい作って、これをたくさんまとめて千羽鶴、いや、一万羽鶴でも作ろうかと。夕音が退院することを願って」

「おぉ!」いいこと言うじゃん!

「暇なときはこれで100日は軽く()つから」

 保存食じゃないんだからさ。

「亮介くん、優しいね」

「どうってことよ」




「そういや、病気はいつからなんだ?」

 お見舞い用のりんごを2人で仲良く食べていたとき、ふとそう思ったのだ。

「本当は8歳くらいからなんだよね。その時は早期発見だったから手術して治ったはずなんだけどね。そのあとは運動しても全然平気だったし。少し前に私が1週間くらい休んだ期間があったでしょ?その3日前くらいから運動してて急に苦しく感じて、診断では病が再発したって。しかも今回のは厄介だって。まあ手術すればかなりはよくなるけど、普通の生活に戻れるかは厳しいって」

「そうなのか…。じゃあ、手術するのか?」

 俺がそう言うと、夕音は機嫌悪そうにこちらを睨みつける。

「みんなそう言うけどさ、やられる側にとっては怖いんだよね。もし失敗したらもう生きられないし、まあ、手術で失敗なんてことはそうそうないだろうけど、そんなこと、つい考えちゃうんだよね。あと、手術代も結構かかるし、親に負担をかけたくないし…」

 いつも明るい夕音はこういう時は暗い顔になる。

「…ごめん」

「いや、謝ることないよ。親から許可が出ればすぐにでも手術するつもり。だって、亮介くんといる時間が少しでも長くしたいしね」

 夕音はそう言うと、今日一番の笑顔を見せた。



「亮介くん」

「ん?」

「ちょっと、こっちに体近づけて」

「?…こうか?」顔1個分くらいまで近づく。

「そう」

 夕寝がそう言うと、ギュっと抱きしめられた。

「!?」

「あったかい…」

「な、なんだよいきなり!?」

 すぐに離れる。

「へへ、ごめんごめん」そう言った夕音の顔は、何かもの惜しそうな顔をしていた。

「あと…」

「ん?」

「さっきのドキドキで、なんか、胸が苦しい…」そう言って焦りながらも胸を掴む。

「おい!ああ、深呼吸!」

「う、うん」すぅーはぁーすぅーはぁー

「…うん、あと大丈夫!」

「驚かせんなよ、あと、無茶すんなって」

「ごめん、一度はしてみたかったんだ」

「…そうか」

 内心、俺もドキドキしていた。




「そろそろ受験は大丈夫なの?」

 2月中旬、夕音の口からは聞きたくなかった言葉を耳にしてしまった。

「ん…」

「ダメなんだね」

「う、うるさい」家事とかで忙しいんだ。勉強も苦手だし。

「志望校はどこだっけ?」

「N高」

「え…」

 やめてくれ、「その頭で行くの?」という目線をこちらに向けるなぁ。

「でも、なんでN高?D高だったら亮介くんでも入れたよ?」

 う~ん、その「でも」が引っかかってムッとくるなぁ。

「N高は、…夕音の志望校でもあるしな」ぼそっとそう言う。

「ほ~!」ニヤニヤとした目で俺を見る。

「な、なんだよ!?」

「いや~なんでも~?あ、あと勉強、教えよっか?」急にニヤケ顔からいつもの顔へと切り替わる。

「え、いや」

「私を誰だと思ってるの?こう見えて、成績は上位なんですけど?」

「でも、今の範囲、わかるのか?」ここ1年間学校休んでるだろ。

「さりげなく勉強していたり」そう言って引き出しから中3年の教科書を取り出す。

「…さすが」



 それからは、学校の授業後に家庭教師(彼女)から勉強を教わると、1日中勉強する日々が続いた。毎日が吐き気がするようなスケジュールで…俺がお見舞いされた気分だ。たまには息抜き入れてくれよ~。


「ねえ、高校受かったら私に高校でどんなことしてるか聞かせてよ」

 勉強の合間に鶴を折っている時、夕寝がそう言った。

「ん、ああ。でも、夕音も学校行くんだからそんな必要は…」

「学校には、いけないかも」

 夕音のその言葉には、黙々と進んでいた手もピタリと止まった。

「…なんで?」

「手術、もうちょっとしたらすることに決まったんだけど…」

 その言葉の時点ではなんだ、学校行けるじゃんと思っていた。が、

「前にも言ったけど、手術を受けたあと、普通の生活に戻れるかも厳しいって」

 その言葉を聞いた俺は、驚きを隠せなかった。「そんな…」と言いたかったけど、そんな短い言葉すら出なかった。

 そんな俺に心配した夕音はまた口を開いた。

「でも、N高には受験するよ。万が一を考えてね」

 そっか、可能性は0ではないもんな。そうだよな、何焦ってたんだ、俺。

「そっか、受かるといいな」

「それ、亮介くんが言える立場なのかな~」

「ぎく」←前回の実力テストで合格ラインギリギリの人。

「まあ、応援ありがと。亮介くんも受かるといいね」←前回の実力テストで合格ライン余裕に超えていた人。

「頑張りマース…」この先が心配だ。




 試験会場には夕音の姿が見えた。どうやら、この日は外出許可が降りたらしい。



「試験どうだった?」

 スッキリした表情を浮かべながら俺に聞く。

 くそう。余裕の表情見せやがって…

「何とも言えない。ただ言えるのは夕音があそこまで丁寧に教えてくれなかったらN高は絶対に落ちてた。ありがとう」

「どういたしまして」深々と頭を下げる。

「…手術、明日やるんだ」

「え、急だな…」こういう時ってどうすれば…なんて声をかければ…そう思ってた時に、夕音が俺の手を握った。

「亮介くんが今日帰るまで、手を握っていてほしいの」夕音の暖かくて柔らかい手が俺の手を握る。

 俺はしっかりと両手で優しく握り返した。

「わかった」




 その後、手術は無事、成功したらしい。

 その後、2人はN高に合格した。

「悪ィ、若干遅くなった…」勢いよく病室の扉を開くと、スヤスヤと若干ヨダレをたらしながら寝ている夕音がいた。

「…待ちくたびれちゃったか」

 夕音の右手には、折りかけの鶴が握られていた。

 そんな夕音の頭を俺は撫で、「入学おめでとう」と書いた置き手紙と3羽ほど折り鶴をテーブルの上に残し、病室を出た。



 そして、今現在に至る。

 夕音は今だ学校に行けるほど回復はしていない。

 手術後、医者から、退院はいつになるかわからないが、普通の生活に戻れる傾向にある。という嬉しい報告があった。

 俺と夕音は、早く退院できることを心から祈っている。

「亮介さん、何か考え事でも?」落下少女がそう話しかける。

「んーいや、なんでも」

 夕音のことはこいつら、みんなには内緒だ。知られると俺たち2人に何が起こるか知らないし。


 また明日、お見舞いに行こう。

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