夕音
人は共に愛し、共に進む生き物だ
ある日の中学校の放課後、教室が茜色に染まったそんな時、ある教室には2人の生徒がいた。
「ねえ、亮介くん」
亮介に話しかけたのは菅原 夕音という少女。
「なに?」
「私のこと、好き?」
「もちろん、好きだよ。大好き」
「へへ、私も」
夕音はそう言うと、気を失ったかのようにバタッと倒れた。
「…え?おい、夕音?夕音!」
そう、これは俺が中学生の時の話。今から2、3年前の出来事になる。
気を失ったかのようにではなく、本当に気を失ったらしかった。倒れた夕音に何度呼びかけても返答はなかったため、先生にこのことを伝え、至急救急車を呼んでもらった。
「自病が深刻化しています。このまま冷静にしても命があるかどうか…」
「そんな…」医者からの言葉にはどう受け止めれば良いのかわからなかった。ただ、驚きを隠せなかった。
病室に入ると、息苦しそうに、今にも死んでしまうかのような姿の夕寝がそこにはいた。
「…なんで、いつも俺の無茶聞いてたんだよ」
こうなる前までは一緒に遊んだり出かけたりしていたのに、今はこんな体に…
「だって、亮介くんといる時間が、毎日、楽しかったから…」言葉が途切れ途切れになりながらもそう答える。
「…苦しかったなら、そう言ってくれよ…」
俺のせいで、こんなことに…
「…泣かないで。亮介くんの泣いてるとこ、見たくない…」
「…ああ、ごめん」
俺は涙を拭うと、万遍の笑みを夕音に見せつけた。夕音も、俺の笑顔を見て苦しみながらもニッコリと笑った。
数週間後
「症状が回復している傾向にあります。奇跡と言っていいでしょう」
医者からそう言われたときは体全体が脱力感に浸った。
「よかったぁー」
「なあ」
「なに?」
「鶴、折らないか?」そう言ってカバンから折り紙を取り出す。
「え、でも、私折り方知らないよ?」
「教えるよ」
「ありがと」
その日は二人合わせて8羽ほど完成した。俺は完成した鶴を糸でつなげる。
「鶴繋げてどうするの?」
「ん?あー。毎日5〜10羽くらい作って、これをたくさんまとめて千羽鶴、いや、一万羽鶴でも作ろうかと。夕音が退院することを願って」
「おぉ!」いいこと言うじゃん!
「暇なときはこれで100日は軽く保つから」
保存食じゃないんだからさ。
「亮介くん、優しいね」
「どうってことよ」
「そういや、病気はいつからなんだ?」
お見舞い用のりんごを2人で仲良く食べていたとき、ふとそう思ったのだ。
「本当は8歳くらいからなんだよね。その時は早期発見だったから手術して治ったはずなんだけどね。そのあとは運動しても全然平気だったし。少し前に私が1週間くらい休んだ期間があったでしょ?その3日前くらいから運動してて急に苦しく感じて、診断では病が再発したって。しかも今回のは厄介だって。まあ手術すればかなりはよくなるけど、普通の生活に戻れるかは厳しいって」
「そうなのか…。じゃあ、手術するのか?」
俺がそう言うと、夕音は機嫌悪そうにこちらを睨みつける。
「みんなそう言うけどさ、やられる側にとっては怖いんだよね。もし失敗したらもう生きられないし、まあ、手術で失敗なんてことはそうそうないだろうけど、そんなこと、つい考えちゃうんだよね。あと、手術代も結構かかるし、親に負担をかけたくないし…」
いつも明るい夕音はこういう時は暗い顔になる。
「…ごめん」
「いや、謝ることないよ。親から許可が出ればすぐにでも手術するつもり。だって、亮介くんといる時間が少しでも長くしたいしね」
夕音はそう言うと、今日一番の笑顔を見せた。
「亮介くん」
「ん?」
「ちょっと、こっちに体近づけて」
「?…こうか?」顔1個分くらいまで近づく。
「そう」
夕寝がそう言うと、ギュっと抱きしめられた。
「!?」
「あったかい…」
「な、なんだよいきなり!?」
すぐに離れる。
「へへ、ごめんごめん」そう言った夕音の顔は、何かもの惜しそうな顔をしていた。
「あと…」
「ん?」
「さっきのドキドキで、なんか、胸が苦しい…」そう言って焦りながらも胸を掴む。
「おい!ああ、深呼吸!」
「う、うん」すぅーはぁーすぅーはぁー
「…うん、あと大丈夫!」
「驚かせんなよ、あと、無茶すんなって」
「ごめん、一度はしてみたかったんだ」
「…そうか」
内心、俺もドキドキしていた。
「そろそろ受験は大丈夫なの?」
2月中旬、夕音の口からは聞きたくなかった言葉を耳にしてしまった。
「ん…」
「ダメなんだね」
「う、うるさい」家事とかで忙しいんだ。勉強も苦手だし。
「志望校はどこだっけ?」
「N高」
「え…」
やめてくれ、「その頭で行くの?」という目線をこちらに向けるなぁ。
「でも、なんでN高?D高だったら亮介くんでも入れたよ?」
う~ん、その「でも」が引っかかってムッとくるなぁ。
「N高は、…夕音の志望校でもあるしな」ぼそっとそう言う。
「ほ~!」ニヤニヤとした目で俺を見る。
「な、なんだよ!?」
「いや~なんでも~?あ、あと勉強、教えよっか?」急にニヤケ顔からいつもの顔へと切り替わる。
「え、いや」
「私を誰だと思ってるの?こう見えて、成績は上位なんですけど?」
「でも、今の範囲、わかるのか?」ここ1年間学校休んでるだろ。
「さりげなく勉強していたり」そう言って引き出しから中3年の教科書を取り出す。
「…さすが」
それからは、学校の授業後に家庭教師(彼女)から勉強を教わると、1日中勉強する日々が続いた。毎日が吐き気がするようなスケジュールで…俺がお見舞いされた気分だ。たまには息抜き入れてくれよ~。
「ねえ、高校受かったら私に高校でどんなことしてるか聞かせてよ」
勉強の合間に鶴を折っている時、夕寝がそう言った。
「ん、ああ。でも、夕音も学校行くんだからそんな必要は…」
「学校には、いけないかも」
夕音のその言葉には、黙々と進んでいた手もピタリと止まった。
「…なんで?」
「手術、もうちょっとしたらすることに決まったんだけど…」
その言葉の時点ではなんだ、学校行けるじゃんと思っていた。が、
「前にも言ったけど、手術を受けたあと、普通の生活に戻れるかも厳しいって」
その言葉を聞いた俺は、驚きを隠せなかった。「そんな…」と言いたかったけど、そんな短い言葉すら出なかった。
そんな俺に心配した夕音はまた口を開いた。
「でも、N高には受験するよ。万が一を考えてね」
そっか、可能性は0ではないもんな。そうだよな、何焦ってたんだ、俺。
「そっか、受かるといいな」
「それ、亮介くんが言える立場なのかな~」
「ぎく」←前回の実力テストで合格ラインギリギリの人。
「まあ、応援ありがと。亮介くんも受かるといいね」←前回の実力テストで合格ライン余裕に超えていた人。
「頑張りマース…」この先が心配だ。
試験会場には夕音の姿が見えた。どうやら、この日は外出許可が降りたらしい。
「試験どうだった?」
スッキリした表情を浮かべながら俺に聞く。
くそう。余裕の表情見せやがって…
「何とも言えない。ただ言えるのは夕音があそこまで丁寧に教えてくれなかったらN高は絶対に落ちてた。ありがとう」
「どういたしまして」深々と頭を下げる。
「…手術、明日やるんだ」
「え、急だな…」こういう時ってどうすれば…なんて声をかければ…そう思ってた時に、夕音が俺の手を握った。
「亮介くんが今日帰るまで、手を握っていてほしいの」夕音の暖かくて柔らかい手が俺の手を握る。
俺はしっかりと両手で優しく握り返した。
「わかった」
その後、手術は無事、成功したらしい。
その後、2人はN高に合格した。
「悪ィ、若干遅くなった…」勢いよく病室の扉を開くと、スヤスヤと若干ヨダレをたらしながら寝ている夕音がいた。
「…待ちくたびれちゃったか」
夕音の右手には、折りかけの鶴が握られていた。
そんな夕音の頭を俺は撫で、「入学おめでとう」と書いた置き手紙と3羽ほど折り鶴をテーブルの上に残し、病室を出た。
そして、今現在に至る。
夕音は今だ学校に行けるほど回復はしていない。
手術後、医者から、退院はいつになるかわからないが、普通の生活に戻れる傾向にある。という嬉しい報告があった。
俺と夕音は、早く退院できることを心から祈っている。
「亮介さん、何か考え事でも?」落下少女がそう話しかける。
「んーいや、なんでも」
夕音のことはこいつら、みんなには内緒だ。知られると俺たち2人に何が起こるか知らないし。
また明日、お見舞いに行こう。