始まりの終わり
さらに五年がたち、ルブとサラマンは20歳、カーラも19歳と皆大人へと成長していた。
俺が作り出した力試し用のゾンビ君もレベル10までを一人で倒せるようになり、もう心配事はなくなったと言っても良いだろう。
「ルブ、カーラ、サラマン」
四人でカーラの作った朝食を食べている途中で俺は目を伏せたまま三人の名前を呼んだ。今日の狩はどこに行くか、なんて話していた声がぴたりと止む。
「今日を俺の命日とする」
三人を後継者にすると決めた時にもう話してあった事だ。皆驚くことはなく静かに頷いた。
10年間色々あったんだ。人が一人に死ぬ位では取り乱したりはしないだろう。そうなるように育てたのは俺だから特に異存もなにもない。俺は最後の食事となるパンとスープをおかわりした。朝食なのにもう三度目だ。実のところ空腹とも無縁なのだが昔カーラがみんなで食べるんだと大泣きしたときからずっと三食ともにしてきた。
「……美味いな、サラダもおかわりしていいかな」
さすがに食べ過ぎた気はするから遠慮がちに盛っていく。この野菜はサラマンが育てたもので、ナイフとフォークはルブ製だ。ここまで技術を伸ばす必要はなかったんだが修行がいつの間にか趣味に転じてしまったらしい。いっそこのまま金物屋にでもなったらいいと何度思ったことか。
俺は一人で全体の約半分のものを食べるとようやく満足してフォークを置いた。ここ数日で書き上げた、後世に俺が作ろうと思っていたもののまとめ本はしっかり目に付く所に置いていたはずだ。一人静かに頷くとそのまま外に出る。家の中から三人の慌てるような音が聞こえてきたが構わず足を進めた。行き先はニカの祠だと分かっているだろうから待ってはやらない。相変わらずの獣道だ。
「……やぁ、来たね」
いつもより若干気品というか威圧感というか、金色のオーラを溢れさせたニカが急に目の前に現れた。大方霧にでもなっていたんだろう。霧か水がこいつのお気に入りだから。
「本当にやるの?」
「あぁ」
「あの子たち、悲しむと思うけど」
心なしかしょんぼりした様子でニカが言う。手には派手な装飾の短剣が握られていた。餞別だろうか。
「終わりがあるから今日までやってこれたんだよ。不死身の俺が側にいたんじゃあいつらはもう強くなれない」
「……そういうものなの?」
「そういうものなんだよ」
ニカは神様だから分からないんだろうか。人間というものは死ぬから色々と頑張れるのであって、例えば人類がみな不老不死ならきっと人はもっと自他楽に生きるだろう。
どうせまだ先は長いし、ってな具合に。
俺は地面を汚さないようにぱぱっと小さめの綺麗な池を作ることにした。俺が死んだ後はそこにそのまま残ってしまうからなるべく邪魔にならない場所に控えめに作る。
「師匠」
俺が池の周りに花でも咲かすかどうか悩んでいると、やっと三人が到着したらしい。遅かったな、と振り返るとルブの手に花束が抱かれていた。……池の周りはやっぱり何もない方がいいな。ごちゃごちゃしちゃうからな、うん。
「師匠、僕、来年から旅に出ることにしたんです。まだそんなに集落がないのは分かってますけど、自然でも何でもいいから師匠が作った世界を見てみたいんです」
ルブは俺の目を真っ直ぐ見つめながら照れ臭そうに笑った。
「……出来れば作った武器とか食器を売ってみたりもしたいです」
「いいんじゃないか、お前は鍛冶屋としても才能があるから」
なんなら創造主の弟子ってブランドを立ち上げても良いぞ、なんて冗談を言ったらカーラがくぐもった泣き声をあげた。両手で顔を覆ったから篭ったんだろう。そういえば泣き虫だったなぁと思って肩を軽く叩いてやった。
本当は抱きしめようかとも思ったんだが、難しい年頃だからな。「よしよし」と声をかけると一層しゃくりあげる声が大きくなった。
「お、ズビ、ししょゲホッ、ざばあぁ!」
「おーおーどうしたー」
「だ、ズル、だいずぎっ、でずぅ!」
お、おう。俺もだよ!
ひとしきり慰めてやってからサラマンの方に手を伸ばして来い来いと呼び寄せる。
「お師匠」
「うん」
「俺は……この森で暮らそうと思います」
……うん? 森で、って森の中でってことか?
「危ないのは分かってますけど、自惚れてもいい位には強くなれたと思うし、なにより俺は魔物も動物も植物も大好きなんです」
「あーまぁいいんじゃないかな。お前がそうするなら生態系のバランスが崩れたりってことはなさそうだし」
俺の目的は死後の安寧というか、聞こえをよくするなら世界平和だから魔物が森から出ないなら英雄も必要じゃなくなるわけだ。
「……そろそろいいかな? 早くしないと日が暮れちゃうよ」
「まだ午前中だろ」
「バカ言わないでよ、この子らはこれから君のお墓を作る予定なんだから時間なんていくらあっても足らないよー」
少し驚いて後ろを振り返ると小さくルブが頷いた。最近なんか夜中まで部屋で石削りしてるなーって思ってたんだけど、もしかしてそれか。俺の為なのか。
「……ありがとうな」
感謝の気持ちと共に微量の申し訳なさが胸を締め付けた。
もっと実家に帰してやれば良かった。
もっと新しい服とか生み出してやれば良かった。
もっと一緒に遊んでやれば良かった。
もっと、もっと、もっと。
「師匠」
まるで代表だとでも言うように一歩足を前に出したルブがぺこりと頭を下げた。
「今までありがとうございました!!」
そしてカーラとサラマンも同じように腰を曲げる。
「まぁ、うん。三人共、人の道を外れる事だけはするなよ」
悪い道に染まるのも、神様に近づきすぎるのもやめておいた方が良い。
何故ならどちらも少しばかり淋しいからだ。
俺は三人が顔をあげる前に服を着たままざぶざぶと池に足を踏み入れた。突き刺すように冷たいが、不思議と嫌な感じはしない。感覚かどこかがおかしくなっているんだろうか。
「聡太、これで首掻き切って」
「ギロチンはだめなのか?」
「魔力込めなきゃだめなんだよ、だからこれ」
手渡されたのは餞別かと思った派手な装飾の短剣だった。これで自分で自分の首を切るなんて怖くないはずがない。しかもただ切るのではなくて瞬殺しなければならないのだ。ほんの少しでも浅く切ろうものなら持ち前の回復力でみるみるうちに傷が塞がってしまう事だろう。
そうなってしまえば一度半端に切る痛みを知ってしまっただけに再チャレンジする気力はまず起きない。
「……痛みを感じなくさせたりは出来ないのか?」
「脳を騙す位なら出来るかも」
「頼む」
池の一番深いところまで来ると、水は俺の胸がすっぽり隠れる程にまで及んだ。一瞬後ろを振り返りそうになったが、それでは俺の血が皆にかかってしまうと思い、黙って空を見上げた。
「じゃあな、皆」
カーラの嗚咽をBGMにしながら俺は渾身の力で自分の喉を切り裂いた。