四月馬鹿は可愛い
久々に目覚めのいい朝。あたたかい布団に未練もなく起き上がると、朝日が眩しく目に染みる。時計を見ると、十二時を過ぎている。朝日ではなかった。眩しいはずだ。ふむふむ。
まあいい。今日は四月一日だ。
何がいいのかといえば、それはつまり嘘吐きの日は口八丁で何とでもなるということである。最高だ。楽しすぎる。
ネグリジェ姿で部屋を飛び出すと、スーツ姿のお手伝いさんがこちらを向く。
「お早うございますお嬢さん」
「お早うじゃなくってよ。もうお昼ですわ。なぜ起こしてくださらなかったの?」
「お嬢さんは眠ってらした方が平和でございます」
まあ失礼、とそっぽを向きながら、まずはこの男に嘘を吐いてやろうと考えを巡らせる。
「そういえばお父様が言ってらしたのだけど、貴方もうすぐでクビですって」
ふふん、嫌だったらおべっかつかってせいぜい私の機嫌を取るのね。
しかしお手伝いさんは、少し困ったような顔で首を傾げただけだった。
「どう? 困った?」
痺れを切らしてそう尋ねると、お手伝いさんはちょっと微笑んで呟く。
「仕方がありませんね」
え、と思わず目を丸くしていると、お手伝いさんは目線が合うように腰を落とした。
「ご厄介になってから十二年。お嬢さんがお生まれになった時からお世話になっておりますが、お嬢さんをきちんとしたレディにお育て出来たとは思えません。ネグリジェ姿ではしたなく足音を立てながら客間に姿を現したこともありましたし、食や人の好き嫌いも直りませんし、使用人へのわがままには呆れるほどでございます。今まで、お嬢さんとお父上の地雷に触れないようになんとか正そうとしてきました。それも無意味だったのでしょう。ならば仕方がありません」
お嬢さん、お元気で。
そう慇懃に頭を下げるお手伝いさんに、慌てて声を張り上げる。
「う、嘘ですわ! クビなんて嘘ですわ。ほら、今日はエイプリルフールじゃなくって? ほんのいたずらよ」
お手伝いさんは目を丸くして、少し考えるように顎に手を当てた。
「嘘でございましたか。しかしお嬢さん、困ったことになりました」
なんですの? とびくびくしながら尋ねると、お手伝いさんは短く言った。
「お嬢さん、エイプリルフールは午前中だけでございます」
驚きで目を丸くしていると、お手伝いさんは今度は細かく説明した。
「午後に嘘をお吐きになると、本当になってしまうのでございます。それはもう強制的に。ですので、どちらにしても私は近日中にクビでございます」
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お父上に泣きすがりに行ったお嬢さんを見ながら、私は微笑んだ。困ったお嬢さんだ。自分から私をクビだと言っておきながら、いざそうなりそうだと泣いて嫌だと言う。嘘だとばれたら、一週間は口を聞いてくれないだろう。
「あのお人は我儘だけれど、可愛らしいお人なんだよ。ああいうお人は自由にお暮らしの方がいいんだ」
時々はお灸を添えるのもいいのだけどね、と。
近くの使用人の女が、呆れたように笑った。
お嬢さんの健闘むなしくお手伝いさんはクビです。嘘です。