プロローグ
色とりどりの花の切り紙で作られた飾りが、通りに面した茶店や漬物屋などの商店街の軒下にぶら下がっている。道行く人はそれぞれローブのような裾の長い服を着たり、それと長ズボンを組み合わせていたり、チャイナドレスを着ていたりする。お姉さま方の髪は大体が黒で、長く伸ばしたものを頭の上で一つないし二つにまとめ、お団子状にしていた。
「海炎かぁ……」
そう、今わたしがいるのはこの世界ファーザックの東の大陸にある、カジャル海に面した大国海炎の都、夏である。お国柄はのんびり、おっとりとしたもの。その最たるものが音楽で、竹の節やら鉄やらで作られた笙、龍笛、銅鑼などで演奏される曲にはついつい瞼が下がってきてしまうと聞く。まぁ、そういうものばかりでもないとは思うんだけど。
あ、紹介がまだだった。わたしの名前はレン=シュミット。十六歳の賞金稼ぎだ。紺の髪は最近ちょっと長くなってきて、肩にかかるくらいになっている。そろそろまとめようか目下検討中。髪とは対照的な淡いハシバミ色の瞳は結構大きいのだけれど、はっきり言って幼く見られて困りものだったりする。背はそんなに高くはない。だからといってチビとか言われるのは嫌いだ。
というのも、賞金稼ぎという職業柄、あまり外見が子どもっぽいと依頼を断られることがあるためである。外見で判断するような奴の依頼は本来受けたくもないが、背に腹は代えられないというのがホントのところ。今はガルディナから受け取った報奨金もあって、食う寝るには困らなくなったけれど。
って、所帯じみた話は置いといて、何故この国にいるかと言うとそれは単に息抜きだったりする。最近立て続けに仕事をこなしていたし、とある知り合いからもらった紹介状もあったしね。
「レーン、あっちで曲芸やってるよ? 二人で見に行こ♪」
わたしが物珍しげに周りの様子を眺めていたら、右隣りにいた男がにっこり笑って話しかけてきた。
指差された先にはそこまで人の体って曲がるものなのか? と思うほど上体を逸らした奇怪な格好をした人が両手に細い棒を持ち、皿回しをしていた。
「ね? ほら、面白そうでしょ」
にこにこと人の良い笑みを浮かべるこの男、名前をハルディクス、通称ハーディーという。少し長めのサラサラな黒髪と不思議な深みを持つオニキスの瞳の持ち主だ。性格に難ありだが、顔だけはいい。魔王と互角、いや、それ以上の力を持ちながらも、歴史に姿を一切現さない謎に満ちた存在だったりする。どうやらわたしのことを気に入っているらしいが、別に恋人という訳ではない。
「嬢ちゃん、ハルディクスなんかと大道芸を見るくらいなら、こっちの茶屋によって一服しないか? 仕事ばかりで疲れただろう?」
で、ご機嫌を取るかのようにそう言ったのが左手にいる男、ゼン。針金のように堅くツンツンした短い白銀の髪に、枸杞の実のように赤い瞳をしている。鍛えられた体は深紅の全身鎧で覆われていた。顔は精悍なんだけど表情はイマイチ頼りない。
「ハーディー、ゼン。わたしは確かに余暇を楽しむために海炎に来たわ。でも、あんた達に付き合うためにこの国に来たんじゃないの」
わたしは少し首をかしげた二人に対し、イタズラっぽくニッと笑った。
「と言うわけで、行きたければ二人で行ったら? 日頃の確執、いくらか和らぐんじゃない?」
じゃーねー、と言ってわたしは人並みに紛れ込んで行った。
「レンちゃーん……そんなぁ」
「じょ、嬢ちゃん!? 俺にこいつと茶を飲めなんて……」
二人の声が後ろから聞こえて来たけれど、きっぱりと無視してわたしは海炎の中心部へと歩いていった。