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天使になったルーちゃん

作者: 櫻木 えり

For Lucy, All My Love.

 それは、わたしが小学校3年生のころ。


 4月7日。学校の始業式がはじまる前。 生まれて初めて飼ったペットが、犬のルーシーやった。いつも靴下をくわえて、「こらぁ!ルーちゃん!」 と、わたしがふざけて怒ると、いつも大喜びしてた。


 家族以外のだれにも懐かない。人見知りで、そして、家族が大好きなわんちゃん。神経質で、ちょっと変わったことがあると不安になる。 家族の誰かが怒ってると、そばにいって落ち着かせようとする。「あ、もう無理だ!」っておもうと、二階へ猛ダッシュする……そんな、かなり気弱な子。




 大事な、だいじな、わたしの可愛い妹。





 途中から、 うちには猫が二匹もやってきて、すごくやきもち妬きになった。食いしんぼうっぷりも、グレードアップしちゃったしな。誰が二匹も拾ったのやら……。


 ほんまにごめんね、ルーちゃん!!


 犬にとって、大嫌いな猫が2匹もおること、ものすごいストレスになったんちゃうかな……。今でもすごく申し訳ないと思ってる。


いつも、あたりまえのように、ルーちゃんの隣に座るネコちゃんずに、


「おまえら、なんでくんねん……」

 という微妙な目線をむけてた、ルーちゃん。それでも、猫2匹にとってルーちゃんは、大好きな家族やったんやよ。


 そんなルーシーも、いつの間にか13歳になってた。だんだん心臓がわるくなってたのは、 前々から聞かされてた。ついには、呼吸がおかしくなって、家族全員で病院に行った。



 それでも、まさかルーちゃんが死ぬなんて考えられなかった。もしかしたら良くなるかも。ずっとずっとそう思ってたかった。


 やけど、お医者さんは、「最悪の場合も覚悟してください」ってゆう。「驚かせたり、喜ばせたりも、心臓の負担になるのでしないでください」とも。



 喜んだらあかんって、この人、なんてこと言うんだとおもった。

 お医者さんは、ただ事実をゆわはっただけやのに、そのときのわたしは、すごく苛立ってたんや。ルーちゃんがもう残り長くないことは、薄々分かってた。家族のだれにも言えずに、ひとりでそう考えては否定し、考えてまうのもアカンと思った。泣きっ面に蜂、マイナス思考はマイナスを呼び寄せる。それは、お母さんが昔わたしによく言ったことばやったから。


 喜ぶこともできんのなんて、ほんまに生きてる意味あるんかな、ともおもった。


 やけど、逆に考えると、ふつうに呼吸ができて、生きていけてるだけで、生き物はしあわせなんやな。 そのうえ喜ぶことまでできるなんて、どんなけ贅沢してるんやろって、今なら思える。


 こういうことがないと分からないことも、あるにはある。あるんやけどなあ…………。


 病院に行った、その日。真夜中の4時ごろ、いつも二階で寝てるルーシーが、一階におりてきた。わたしはその日眠れなくて、一階のリビングで勉強してて、たまたま起きてた。 『偶々なんてこの世にはない』今はそう思う。


 ルーが心配で顔をみに行ったわたし。そんな心配を忘れるくらい元気な顔で、玄関にいたルーちゃん。

玄関先で、「なおちゃん、散歩いこっ!」ってゆう。


 呼吸がこんな荒いのに。「散歩、だいじょーぶ? ほんまにいくの??」ってゆうと、しっぽで返事した。あ、ちがう。さっきまでの顔とちがったと思った。



 ドーナツみたいに丸まったしっぽが、喜んだときにだけ、ふりふり、ぷりぷり。わたしは、ルーちゃんのしっぽが一番好きやった。


 ルーちゃんのドーナツ、表情がすこし明るさを取り戻してた。一か月ほど元気がなくて、なかなか喜んでる姿も見れんかったから、びっくりした。びっくりして、その時はわたしまで嬉しい、楽しいきもちをもらった。


 喜ばしい気持ちの反面、こうも思ったんよ――――もしかしたら、これが一緒にいける、最後の散歩になるかもしれん。


 普段は、夜中に散歩なんて行かんし、行ったこともない。しかもわたしは、ルーシーの散歩は1年間で1回行くか行かんかぐらいの頻度。もっと散歩、行けばよかったなあ……。


 そのときのわたしは、「あと、何回ルーちゃんと散歩いけるかわからへん。とにかく今行かなきゃ絶対後悔するっ!」と珍しく思った。


 後悔すると、思ったときの、人間の行動力ってのはすごいもんがある。まあ、散歩に行くだけの行動力なんて、たかが知れてるけどな。でも、このときのちょっとの行動力が、後のわたしを変えてしまった。わたしにとって、ルーシーにとって、そんくらい大事なことやった。


 久しぶりのルーちゃんとの散歩。散歩ゆうても、家の横の空き地に行っただけやし、ほんまの三歩くらいしかなかったけど、ルーちゃんは、行きも帰りも、帰ってからも、これでもか! ってくらいしっぽを振って喜んでた。


 うきうき、るんるん。そのときのルーちゃんに、効果音をつけるとしたら、これっきゃない。


 久しぶりに、めいっぱい喜んでるルーをみて、この子、なんてかわいいんやろうって思った。


 神さまは、こんなかわいい子の小さなちいさな命まで奪っていかはる。それが自然なことやというのは分かってるはずやのに、どうしても納得がいけへん。


 どうしたって、ルーちゃんの命はいつか尽きるのに。みんなの命がどこかで途切れるのは分かってる。

だから、命が終わってしまうまでにどんな人生を送るかが、大事なんじゃないんかな。


 命は終わるものじゃないと、命が終わる瞬間をこの目で見ないと、人間はアホやから自分の命の大切さも分からないんじゃないんかな。それは、後になってようやく理解できたこと。


 だけど、散歩のあと、ルーシーは大量の水を飲んでいた。ルーシーは、肺に水がたまる病気。水飲み場でぴちゃぴちゃ音を出して飲んでいる、ルーシーの後ろ姿をじっと見つめながら、その水がルーシーの命を奪うような気がしてた。水を飲む後ろ姿も、もう見られへんのちゃうかな。


 やけど、水を飲むなという訳にもいかん。水を飲まないと死んでまうし、飲んだ水がぜんぶ肺に入るってわけでもない。


 とにかく、わたしには、どうしようもできへんねんや。何かしてあげたくて堪らなくても、

泣かないようにがんばるしかなかった。ルーシーのことを、不安にさせるわけにはいかんかった。

それしかできんかった。


 その後、ルーシーの荒い呼吸は、全然止まらなくなってもた。4時半、ついにルーちゃんは、寝れなくなった。横たわると呼吸があらくなって、心臓が圧迫されるみたい。座っているだけでも心臓がどっくんどっくん、歩いてるほうが幾分かマシ。マシってゆうても、マラソンした後のような、心臓。どっくんどっくんどっくん。歩いてるだけでも、「ぜえぜえ、はあはあ」がひどくなっていく。


 この子のくるしみ、半分だけでもいいから、お願いやから、わたしに分けてほしいって思った。ルーシーより、わたしの方がわるいこと、してるのに。わたしが罰を受けるから、ルーシーの病気わたしがなって、わたしが頑張って治すから、その変わり、ルーが生きていけるように。ずっとずっと祈った。


 祈っていくうち、ルーシーをみているうち、神さまはなんてひどいんやろって、 どうしてこんな可愛い子を連れていってまうんやろって、そう思った。わたしは神さまとか結構信じてる方やから、普段は神さまが憎いなんて思ったことはない。だけど、だれかに、それこそ神さまでもいい。だれかを非難することでしか、わたしの気持ちは発散されなかった。


 ……ううん。神さまに怒りを向けても、勿論虚しいだけ。だれかを恨んでも、神さまを憎んでも、生き物は必ず死んでしまう、みんな死に向かっていきている。それは、もう生まれた瞬間からどうしようもないことや。



 散歩にいった、つぎの日。その日は朝いちばんのお母さんの悲鳴で、わたしは目が覚めた。

「そんな大きい声だしたら、ルーがびっくりしてまうやろ!」

 って怒りながら下りてくると、ルーシーがお母さんの腕のなかで倒れてた。


「もう、意識ないねん。なお、ルーシーに呼びかけたって……」

 泣きながらゆうお母さん。 その光景が信じられへんかったし、一瞬息をのんだけど無意識にわたしはさけんでた。


「ルーシー!ルーシー! 死なんといて!!嫌や、いやや!!」

 なるべく小さめに声を出したかったけど、ほとんど悲鳴に近かった。

 そしたら、意識のないルーシーが、うん、うんって二回大きく頷いて、ちょっとだけ息を吹き返した――わたしの声に反応してくれたんやわ!


 やけどすぐに、ふっと荒かった呼吸が止まって、口から血がだらーって出てきた。



 なんとなく、心臓がとまったのを感じた。


 触っても、呼びかけても、もう応えてなんかくれへん。これが最悪な悪夢やったら、どんなによかったことか。



 ――さっきまで生きてたルーは、今どこにおる?


 どうしようもない、こころの許容範囲をこえる、おっきな何かがわたしを襲う。

 触っているルーシーの身体がつめたくなったとき、かたくなっていったときかなしい気持ちが重すぎて、このままわたしも死んでまうんかなって思った。


 ルーシーの呼吸がとまったあの瞬間。あの感触。血まみれになったルーシーをお母さんとふたり、抱きあげて、だんだんつめたくかたくなる身体を拭いたこと。絶対ぜったい忘れられへん。強烈なかなしみとともに、わたしの中で影をひそめてる。

 

 そして、いつも思い浮かべるのは、ルーちゃんのかわいい姿。黒くてきらきらした宝石みたいに、おっきくて黒い目がまだすぐに浮かんでくる。


 ルーちゃんとわたしが最後に散歩したあの思い出。思い出がたくさんあるから、自分がせなあかんことは出来た気がするから、わたしに悔いはない。


 喜ばせてあげれて、あんなによろこんでくれて、ほんまに良かったなあって、今でも思ってる。




 家族みんながそろってるだけで、よろこんで、ご機嫌なルーちゃん。家族ってどの家も、うちも、

いろいろ難しい問題があったりするけど、家族が元気でただいるだけで、それでも幸せなんやなって、気付かせてくれた。もっと幸せになりたいなんて思ってた、傲慢な自分が恥ずかしい。


 小さい幸せが積み重なっていくしあわせもあるんやということ、当たり前にふつうに生きてるのがしあわせなんやということ。ルーちゃんのおかげで、いろんなことが分かった。



 ルーちゃんはいつも、わたしが帰ってくるだけで、しっぽをプリプリ。全身をめいっぱい使って、すっごく喜んでくれる。毎日帰ってきてるよ、ルーちゃん。それでも、「なおちゃん、帰ってきてくれてよかったよ~」って喜んでくれんねん。


 いつも、のどのところを触ってると、うれしそうにわたしをじっと見る。


 ね、そんなにわたしが好きなの?

 こんなわたし、どこがいいの?


 こんなわたしだけど、ごめんね。ありがとね。


 今は天国から、家族みんながなかよくしてるように、見守ってくれてるといいな。


 ルーが死んだのは、2010年4月11日。ずっと前の話のようで、つい最近のようにも思う。 まだ哀しい気持ちが抜けきれん。



「もっともっと、みんなといっしょにいたい」

 それだけで苦しい中、しっかり生きたルーちゃん。天使になって、みんなを見守ってくれてる、ルーに恥じない自分になりたい。


 もっと、家族をだいじにしたいよ。お母さんともケンカしやんようにするね。できるかな?




 やんちゃで、おもしろくて、かわいくって、ちょっと変で、最高のわんちゃん。


 いっぱい笑わしてくれてありがとう。毎日出迎えてくれてありがとう。



 こんなわたしに、

 大スキをいっぱいくれてありがとう。


 ルーちゃん、だいすきやでっ

 ずっとずーっとすきやからなっ



 ずっとずーっとずっと、遠いさきのこと。


 わたしがどう生きてるか。これからは、ずっとルーシーが見守っててくれるんやね。


 ねえ。

 わたしはちゃんと生きていくから、ルーシーを悲しませないようにするから。


 そうしたら、今度は、ほんまの妹になってくれるかな?

ルーシーの死について、信頼している友だちにも、すぐには話すことはできませんでした。


書いている最中、ルーシーの強い視線をかんじました。

怖い幽霊の…とかじゃなくて、


「がんばってボクを書いてね」とか、

「みんなにちゃんと伝えてね」とか、

「なおちゃん、時々ボクのこと忘れちゃうんだから、これでしっかり記憶に残してね」とか。


ルーシーのことだから、そういう類いの視線だとおもう。

ね、そうでしょ?


これを書きあげたあと、あとがきを書いている今。


ルーシーの死についての哀しみが、寂しさが、

少しだけ薄れたような気がします。


読んでくださったみなさん、ありがとう。


ルーシーのやさしい想いが、

少しでも多くの人たちの中で生きていけますように。


そのために、これからも執筆に励みたいと思っています。


2011/06/08

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[一言] twitter経由で伺いました。はじめまして。 普段の言葉遣いの、素直な心情がとても素敵でした。 月並みな言葉ですが、生活の良きパートナーである動物は、やはり家族なのですね。 「なおちゃん…
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