第6話 ゴツい大男はトールというらしい
雪原の空気は再びわずかに揺らぎ始めていた。
「行くぞ」
唐突にゴツい方の大男が言った。
相変わらずの問答無用だ。
雪原に響き渡る大音声。
だが不思議なことに、さっきほどの威圧感はない。
単純にうるさいだけに近い。
「え?」
間の抜けた声が出てしまう。
「ど、どこへ...」
ゴツい大男が怪訝そうに眉をひそめた。
「どこへ、だと?」
ゴツ過ぎるイケメンのその顔がわずかに傾く。
その動作だけでも妙な圧迫感が生まれる。
「決まっておる」
堂々と断言された。
「安全な場所だ」
いや、それを先に言ってよ。
思わず雪乃を見る。
彼女も同じことを考えたらしく、ほんの一瞬だけ視線が合った。
すぐ逸らされた。
でも、困ったような表情にわずかな安堵感も。
ロキが静かにクスリと笑った。
だが妙に耳に残る笑い方だった。
「安全、ね。本気で言ってるのかい?トール」
言い方が妙に含みを帯びている。
「この世界でその言葉を使うのはなかなか勇気がいるぞ」
ゴツい大男はトールというのか...
「黙れ」ゴツい大男...トールの野太い声
豪快だ。
「貴様の基準で語るな」
「基準の問題ではない」ロキは飄々と続ける
「ここに"絶対の安全"など存在しない」
会話の内容がとんでもなく不穏だ!
しかし、当人たちの温度差のせいで深刻さが削がれている。
「あの...」雪乃が小さく口を開いた
二人の大男が同時に視線を向ける。
空気が一瞬で変わる。圧が増す。
空気がビリビリして身体が強張る。
「ここ...」言葉を選ぶような間
「どこなんですか...?」捨てられた子犬のような表情の雪乃。
静寂...妙な沈黙が降りる。
トールが腕を組んだ。ご太い腕。
「知らん」即答だ
「え?」思わず声が出る。
「気付いたらここにいた」真顔のトール
えぇ?お前もかよ。
ロキが吹き出した。
珍しく、少しだけ人間臭い笑いだった。
「相変わらず豪快な説明だな」
「事実だ」トールは平然と言い放つ「俺はいつもそうだ」
雪乃が途方に暮れた顔をした。
珍しい。非常に珍しい。
教室ではまず見られない種類の表情。
「そう、ですか...」雪乃が小さく息を吐く
納得したわけではない。
だがそれ以上追及しても無駄だと悟った顔だった。
その反応が妙に可笑しくて、少しだけ笑いそうになる。
いや笑っている場合ではないのだが。
「ついて来い」トールが再び言う
今度は完全に命令調だった。
巨大な背中が雪原へ向けられる。
焦茶色の獣皮マントが重たげに揺れる。
雪乃が動かない。
ためらい、警戒、不安。
「行くしかない、よな」俺はボソッとつぶやいた
雪乃がわずかに視線を寄越す。
不安げな瞳。だが拒絶ではない。
「うん...」小さな頷き
それだけで、妙に胸の奥が落ち着く。
なぜか...
そして。
得体の知れない雪原の中を
巨大な男の背を追って、俺たちは歩き出した。
背後で、ロキが静かに笑っていた。




