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第31話 ふたりぼっち

空は低い。雲がゆっくり流れている。

雪は踏み固められて、足の裏がきゅっと鳴る。


トールは腕を組んだまま動かない。

シャールヴィは足先で雪を蹴り、霜の粒を崩している。

ロキは戸口の柱にもたれ、煙の匂いが染みついた袖を指で払っていた。

どこかでヤギたちが鳴いた。


家の中からは、少女たちの話し声と湯をすくう小さな音が聞こえてくる。


颯太は戸を見た。

板の隙間から、細い煙が流れている。

火の匂いと、湯の湿り気が混じった空気が、かすかに外へ漏れてくる。

胸の奥が、少し落ち着く。

やがて戸が開き、温い空気がひと息、外へ流れた。


雪乃が出てきた。


頬がまだ赤い。

湿った髪が肩に張りついている。

冷たい空気に触れて、湯の温度がゆっくり引いていく。


「あの風呂で寒くなかった?」と颯太が聞く。

「うん、平気」雪乃は小さく息を吐いた

白い息が流れて行く。


しばらく、並んで立った。

家の中では、レスクヴァが何か言って笑っている。

シャールヴィが返す声。

トールの低い声。

生活の音が、板一枚向こうにある。


「ねえ、一条くん」

「うん...?」

少しだけ間があった。風が二人の間を抜ける。


「さっきね...やっぱり、違うなって思った」雪乃が遠くをにらむような目でつぶやいた

「うん。俺も」


裸を見られること。距離の近さ。なにか根本的な考え方の違い。

悪い人たちじゃない。でも、同じでもない。


雪乃が足元の雪を見つめたまま言う。

「この世界でさ」

息を吸う。

「私たち、ふたりぼっちだよね...」


颯太はすぐには返せなかった。

風がうなり、遠くの木々がざわめく。

屋根の穴から煙が細く揺れている。


「うん...」ようやく声が出た

「同じことで戸惑ってるの、たぶん俺たちだけだ」

「うん。だからね...」雪乃が、少しだけ笑う

「苗字じゃなくて、名前で呼ばない?」雪乃が見つめる

一瞬、心臓がドクッと震えた。


「え」

「だって、ふたりぼっちなんだもん」

そうだ、そうだよな...

「ねぇ、言って。言ってみて」雪乃が泣き笑いのような顔をしてる


「じゃ、じゃあ......ゆぅ、ゆ、雪、乃、さん」思い切って言ってみた

あー、噛みまくりの上に、声がひっくり返ってしまった。

雪乃の目が大きくなる。それから、ゆっくり笑った。

「さんは無しにしようよ」

「えぇ...!」ハードルが高い!

「私も言うから」雪乃がうつむく


「それじゃ...ゆ、雪乃」言ったあとで、顔が熱くなる

雪乃の目が柔らかく細くなる。

「じゃ、私も......颯太」

今度は颯太が目を逸らす番だった。


「もう一回」雪乃が、少し意地悪そうに言う

「ゆ、雪乃」

「爽太」

二人で、くすっと笑った。


雪の上に、影が長く伸びて平行に並んでいる。

戸の向こうから、レスクヴァの声が飛ぶ。

「あんたたち、何やってんの!凍るぞー!」

現実が戻る。

「行こ、爽太」自然に名前が出る

「うん、雪乃」


戸を開ける。

火の匂いがまた包む。

土の床。

藁の匂い。

煮物の湯気。

煙で少し曇った梁。

厳しくて不確かな世界の中で、ここだけが小さくて温かい。


二人は今、共に戸口をまたいだ。

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