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第27話 生活の匂い

炉の火がパチッと小さくはぜた。


赤い光がゆらいで、天井の梁の影が揺れる。

家の中は外よりずっと暗いのに、不思議と安心できる明るさだ。


煮えている鍋から、湯気がホクホクと立ちのぼっている。

焼ける木の匂い。

塩と、肉と、乾いた香草の匂い。うぅ...たまらん。

鼻の奥にしみる。


「腹、鳴ってるぞ」シャールヴィが笑ってる

「鳴ってない」否定した瞬間、グゥゥ...腹が裏切る。

雪乃が横で肩を震わせる。笑ってる。


「腹は正直だな」

シャールヴィは鍋をかき混ぜる。木の匙が縁に当たって、コトリと音がする。


家の中を見回す。

囲炉裏の上には干した魚が吊るされ、横には束ねた薪が積まれている。

床の端には、木箱や削りかけの木片。革紐。骨でできた針。

使いかけの道具が、大雑把に分けて置いてある。

人がちゃんと暮らしている空間だなぁ。


雪乃が炉の近くに腰を下ろす。

指先をかざし、そっと息を吐く。

さっきまでの雪原とは、まるで別の世界だ。

トールは壁ぎわの長い台に座っているが、

巨体のせいで大きな台が普通の椅子のように見える。

ロキは今日は現れていない。


「霜の連中、また南へ下りて来てる」

シャールヴィが鍋を見たまま言った。

トールは短くうなずく。

「裂け目が揺れている」


裂け目...?

その言葉が気になる。


俺は薪の山を見る。

そのひとつを手に取ると、乾いた手触りが指に伝わった。

「これ、足せばいい?」

「おう」と、シャールヴィがうなずく

薪をくべる。火が少し大きくなる。顔が熱い。

生活って、こういうことかもしれないな。


火を絶やさない。食べる。道具を直す。

雪が降れば雪おろし、雪かき。

派手なことは何もない。

でも、ここには確かに人が生きている空間がある。


シャールヴィが木椀にスープをよそる。

とろりとした湯気が立つ。

「熱いからな」

差し出された椀を両手で受け取る。

木椀がほんのり温かい。

ひと口。塩気が強い。

でも体の奥まで優しい暖かさが染み渡る。

「うまい」

シャールヴィは少しだけ鼻で笑う。

「普通だ」

雪乃もゆっくり飲んでいる。

目を閉じる。ほっとした顔。


外では風が家の壁を撫でている。

ゴォ、と遠くで鳴る。

でも中は揺れない。


鍋の匂い。木の匂い。革の匂い。

煙が少しだけ服に移る。


雪乃が自分の袖をくんと嗅いで、小さく言う。

「生活の匂いかな」

俺も袖を嗅ぐ。ほんとだ。

さっきまでの雪と獣の匂いとは違う。

人の匂い。


「嫌か?」シャールヴィが聞く

「ううん」雪乃が首を振る

「落ち着く」


その一言で、家の中の空気が少しやわらいだ気がした。

俺は椀を持ったまま、炉の火を見る。


この世界は広い

白い巨人がいる

デカい人間がいる

デカいヤギもいる

走り方が違う少年もいる


でも...

火の前でスープを飲む時間は思ったより普通だ。

その普通さが少し嬉しい。

外ではまた風が吹く。強く。

昨日より風が激しくなったようだ。

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