第26話 少年シャールヴィ
扉の敷居をまたいだ瞬間、空気が変わった。
頬に触れる温度が違う。
冷えた指先がじんわりする。
そして屋内の空気はかなり煙い。
少年の家の床は、土が硬く踏み固められているだけで、板張りではなかった。
場所によって地べたの床に藁が敷かれているだけ。
家の床が地べたとは、ちょっとカルチャーショックだと聡太と雪乃は思った。
家の中は奥までドーンと大きな一部屋があるだけで、何ヶ所かに物が置かれ、
家屋の真ん中には長方形に石を並べて中に火床をおいた囲炉裏がある。
火が静かに揺れていて、その上に煮物か何かの鍋がかかり湯気が出ている。嬉しい景色...
柱が2本ずつ列を成して6本が立ち、その上の梁と屋根を支えている。
梁の上に天井板は無くていきなり屋根の裏側。何ヶ所かに穴が開けられていて煙が逃げていく。あれは煙突代わりか。でもやっぱり家の中は煙い。
そして、焦げた木の匂いと、煮えている何かの匂いが漂う。
う〜...お腹が鳴る。
後ろからトールの巨体が無造作に入る。
家の主らしい少年は、扉を閉めながらこちらを見ていた。
柔らかそうな淡い色の髪。
よく動く目。
観察しているというより、ただ好奇心が前に出ている感じかな。
「変な服だな」俺の制服を見ていきなり言う
悪びれた様子はない。率直だ。
「まあ...そう見えるのかな」国も世界も違うだろうし
雪乃のマフラーにも目が行く。
「それ、暖かいのか?」
雪乃が小さくうなずく。
少年は近づいてきて、端を指でつまみ、すぐ離した。
雪乃が驚いて体を引いた。
少年はビックリするほど遠慮が無い。
でも、乱暴でもないか...
「トール、また消えたな」また唐突に言う
トールは炉のそばで腕を組んでいる。
「色々あった」短い返事。
「大変そうだな」少年はすぐ返す
慣れたやり取りらしい。
俺は二人を見比べつつ聞いてみた。
「前も急にいなくなったの?」
「雷が鳴らなくなる」少年が肩をすくめる
そう言いながら、薪を一本炉に足す。
火が少し強くなる。
「森は静かだった」トールが低く言う
少年は一瞬だけ視線を上げ、忌々しげに言った。
「ヨッツンは動かなかったのに、最近は出る」
詳しくは語らない。
けれど、何か困った事態になっているのは判った。
俺と雪乃がこの世界に来る前から、何かが変わっているのだろう。
少年は薪の粉を払いながら、こちらを見る。
「お前ら、歩くの遅いだろ」何をいきなり!?
「え?」
「トールについて来るの、大変だろ」図星だ...
「まあ...かなり」俺は思わず苦笑いした
少年も少し笑う。
「歩幅が違うんだよ」
そう言って、床の上を軽く三、四歩進む。
速い。
音が小さい。
足の運びが軽い。
「この歩き方なら雪でも沈まない」自分の足を指さす
外で見た軽さを思い出す。
「だから走れる」言うや否や、扉を開けて外へ出る
「え?」
雪が家の中に舞い込む。扉は全開。
外で淡い色の髪の少年が移動する。
家の横を回り、裏へ抜け、すぐ戻って来た。
息は乱れていない。頬が少し赤いだけだ。
「どうだ?」得意げというより、ただ事実を見せただけ、という顔
「速いな」これは素直に答えるしかない
「普通だ」少年は肩をすくめて言う
雪乃がじっとその足運びを見ている。
「沈み方が違う...」ぽつりとつぶやいた
「お!」少年が目を細める
雪乃は少し迷ってから、うなずく。
「踏み込む前に、力を抜いてるね」
「へえ」少年は一瞬、面白そうな顔をした
少年は改めてこちらを見る。
「僕はシャールヴィ。お前らは?」
遅い自己紹介が始まった。
「俺は、一条...」言いかけて、少し迷う
この世界で、苗字も名前も言う意味はあるのかな。
それでも言う。
「一条颯太だ」
「白崎雪乃」雪乃も名乗る
シャールヴィは名前を口の中で転がす。
「お前らの名前、変な響きだな」笑っている
でも悪意は感じない。
ただ、知らない音を確かめている感じだ。
炉の火が静かに揺れる。
外の風は扉一枚向こうで止まっている。
この家の中だけが外とは違う空間だ。
シャールヴィがニヤリと笑って言った。
「泊まるなら、手伝え」「食うなら、働く。お前らは人間だろ?」
そりゃそうだ。
俺は思わずうなずいた。
この少年も人間らしいが、俺たちとは何となく違う感じがする。
でも、その差を気にしてもしょうがないのかな。




