第23話 袋の中の安らぎ
揺れが続く。
規則的なはずなのに、どこか均一ではない上下動。
袋の底で身体が持ち上がり、少し遅れて戻される。
さっきよりは楽だった。
雪乃の提案通り、揺れに逆らわず身を任せていると、
変な衝突も変な痛みも起きない。
ただ。
この距離感(距離ゼロ)
袋の中は相変わらず狭く、全周囲からマントの壁が俺たちを圧迫している。
肩と腕と膝が常時どこか触れている。
冬服で良かった。
夏の半袖では腕と腕がベッタリとくっついて汗まみれだろう。
それは雪乃は絶対に耐え難いと思う。
慣れる気配はまだない。
だが、さっきほどの焦りや混乱はない。
揺れの周期に身体が少しずつ馴染んでいるせいか、
呼吸まで同じリズムに引っ張られていく。
上下。ふわり〜すとん
左右。ゆっさゆっさ
沈黙。
だが、気まずい沈黙ではない。
音が少ないだけの静けさ。
袋の外から聞こえるのは、トールの足音、毛皮やプレートの擦れる音、風の細い叫び。
雪原を歩いているのに、雪を踏む音が薄い。
この感覚にも、まだ慣れない。
その時、
ぐらり、と揺れの向きが変わった。
「うわ」
身体が横へ傾く。
袋の中で重心が流れ、反射的に雪乃へ寄りかかる形になる。
「...っ」
雪乃の肩に顔が乗っかり、髪と髪が重なり合った
慌てて顔を引く。
「ご、ごめ...」
言い終わる前に、揺れが戻る。
元の位置へ引き戻される身体。
雪乃の小さな息。
「...大丈夫」静かな声
その言い方が妙に落ち着いていて、逆にこちらが少し戸惑う。
「今の酷い傾き方....なんだったんだ...」
袋の外へ向かってぼそりと漏らす。
「傾斜だ」即座に返ってくる低い声。
簡潔な回答。
「傾きそうなら早く言って欲しい」小声で抗議する。
すると、外から別の声。
「くく...言ったところで何が変わる?」ロキだった
こんな小声が聞こえるのか?
「変わりますよ!」思わず大声で言い返してしまった。
「心の準備とか!」じゃないと困る。。
「落ちるわけでもあるまい」
「精神的な問題ですよ!」そして袋の中で小さく息を吐いた。
横から、かすかな気配。
雪乃だ。
「...ふ」
「え?...今の...」わずかに笑っている気配?
はっきり笑ったわけではない。
けれど...
「ちょっと面白かった」
「え、どこが……」
「一条くんの言い方」
そんなこと言われても困る。
だが...
ほんの少しだけ、袋の中の空気が緩む。
揺れは続く。寒さも続く。
それなのに、
なぜか自分の頬が緩む。今、俺はひょっとしたら幸せな表情をしているのかも知れない。
袋の中の二人の体温が今、世界のすべてのように感じる。
揺れに合わせて、互いの身体が同じ周期で上下する。
距離のバツの悪さが少しだけ薄れていく。
「...ねえ」雪乃がささやいた
「ん?」
「この揺れ」
「うん」
「少し眠くなる...」
「え?」
意外過ぎた。
この状況で眠気?
「そんな余裕あるの...?」
「余裕じゃないけど...」
「...なんとなく」
揺れ。上下。ふわり。とん。
確かに、一定の周期が続くせいか、
いつの間にか身体の緊張が抜けている。
「...あ」
自分でも少し理解する。
「言われると...わからなくもない」
「でしょ」
揺れが続く。狭い袋の中。
近過ぎる距離。
それでも、
雪乃の気配は、どこか静かだった。
さっきまでの硬さが薄れている。
袋の中の空気は、穏やかになっていた。




