第2話 普通じゃない
寒い...
最初に戻ってきた感覚は、それだった。
肌を刺す冷気。肺の奥が痛む。
白ばかりの景色。
「なんだ、ここ...?」
自分の声が小さく響いた。
足元を見る。雪。
...雪の上? 今日は降って無かったぞ?
雪を踏む。感触はある。だが妙に軽い。
「一条くん?」
「え!?」反射的に振り向く
数歩先に雪乃が立っている。
白い世界の中で、彼女の制服だけが妙に現実的だった。
黒いブレザー。見慣れた制服姿。
マフラー。
困惑した表情。
その光景に、なぜか少し安心してしまう。
いや安心してる場合じゃないだろ...
「白崎...さん...?」
確認みたいな言い方になってしまった。
自分でも妙に間抜けな気がする。
「...うん」雪乃が小さく頷く
声も、何度か教室で聞いた白崎さんの声だ。
だが困惑の響き。
口に出してから思う。
まともに話したの、これが初めてだよなぁ...
一歩、彼女へ近づく。
雪を踏む。感触はある。だが軽い。
妙に頼りない。
踏みしめている実感が薄い。
なんだこの雪...
「ここ、どこなんだろ...?」雪乃が周囲を見回す
その仕草が慎重で、小動物みたいに見えた。
いや、そんなこと思ってる場合じゃないけど。
改めて辺りを見る。
白。
どこまでも白。
空と地の境界が曖昧だ。
遠近感が妙に不安定で、視線の置き場に困る。
目が落ち着かない。
「夢、じゃないよな...」呟いてみる
「だったらいいけど...」雪乃が眉を少ししかめた。
少しだけ間があって、続く。
「こんな寒い夢は嫌だ...」
それはそうだ。思わず苦笑いが漏れる。
緊張のせいか、妙にどうでもいい会話がありがたい。
「寒い?」
「寒い」即答
さっきから微妙に素直だな、雪乃さん。
教室ではもっと無機質な印象だったのに。
彼女の様子をそれとなく観察する。
肩をわずかにすくめている。
手はマフラーの端を握りしめている。
緊張しているのか、単に寒いのか。
たぶん両方だろう。
「とりあえず...どうする?」
言ってから気付く。
俺に聞かれたって困るよなこれ。
「どうするって...」
雪乃が少しだけ困った顔をする。
その表情の変化が妙に新鮮だった。
教室ではほとんど見ない種類の顔だ。
「歩いて...みる?」どうにもならないけど、提案してみる
「歩いてどこへ...」
「だよな」
自分で言って自分で納得してしまう。
沈黙。気まずい。
いや状況的にはそれどころじゃないはずなのに、妙にこの沈黙が気まずい。
なんなんだよこの感覚。
「...あのさ」雪乃が不意に口を開いた
「え?」
「一条くんって...」なぜか少し言い淀む
「...はい?」妙に緊張してしまう
なんだこの返事。
「意外と普通に喋るんだね」
「え?」
一瞬意味がわからなかった。
「教室だと...もっと...静かっていうか」少しだけ視線を逸らす
ああ、そういう意味か。
「そっちこそ、思ったより喋るじゃん」反射的に言い返してしまった
「...そう?」
「うん」
また間があいてしまった。
「今、ちょっと安心した」言ってから、少し後悔した
なんか妙に率直過ぎた気がする。
雪乃が一瞬だけ目を丸くする。
それから、ほんのわずかに...
本当にわずかにだが、
口元が緩んだ。
今、笑った?
いや笑ったってほどじゃない。でも確かに。
少しだけ胸の奥が妙にざわつく。
こんな状況なのに何を意識しているんだ俺は。
その時。
遠くで、何かが動いた気がした。
「え?」視線を上げる
白い地平の向こう。何か巨大な影のようなもの。
距離感が掴めない。
遠いのか近いのか判別不能。
「なに、あれ...」雪乃がかすれた声でつぶやいた
俺の鼓動も早まる。
静まり返った白の世界。音の無い空間。
なのに確かに感じる。
何かがいる。
状況は依然として意味不明のままだったが...
少なくとも一つだけははっきりしていた。
これは、どう考えても普通じゃない。




