第17話 これも慣れるしかないね
背中から雪をバラバラと落とし、トールの巨体がゆっくりと起き上がる。
「行くぞ」即決。
ほんと、この大きな人は、こちらのペースなど一切考慮しない。
大量に謎肉を食べた身体がまだ重い。寒さと疲労と緊張。
食後すぐに雪原行軍は勘弁してほしい。
雪乃の表情を見る。
雪乃も完全に同じ気持ちのようだ。
微妙な沈黙。
まだ動きたくない。
すると...
「遅い!」雷鳴のような一喝
びくっと身体が跳び上がる。
トールがこちらを見下ろす。
「人間はなぜそうも鈍い」心底不満そうな顔
いや、そんなことを言われても...
だが反論する勇気は無い。
バサッ!視界の端で巨大な影が動く。
トールがマントを持ち上げた。
分厚い獣皮が空を覆う。
「行くぞ」有無を言わさぬ口調
またその時間が来たか...
中は暖かい。歩かなくてよい。非常にありがたいのだが...
問題は別のところにある。
雪乃を見る。
雪乃もつらそうな困った顔をしていた。
そりゃ、高一の女子が、関わり合いも無かったクラスの陰キャ男子と、狭〜い中に閉じ込められて動けないんだもん。
トラウマ級の惨事だと思う。
ほんと、ごめん...
ためらい、沈黙...
風が吹き抜けて行く。
トールはまた巨大な手でマントの裾を引き寄せ、豪快に結び始める。
あっという間に例の袋が出来上がった。
「良かったな。便利な乗り物だろう」後ろからロキの声
面白がっているのが丸わかりだ。
有り難くないわけではない。
しかし、あの中では、精神面がやはり...
雪乃と顔を見合わせる。
まず入る順番でためらう。
「入る?」恐る恐る聞く。
雪乃は一瞬だけ視線を逸らし、
ほんのわずかに頬を赤くした。
「先、どうぞ...」と、雪乃がうつむいてつぶやく
「じゃ...」覚悟を決めて、袋の中へ足を踏み入れる。
毛皮の匂い。乾いた獣臭。
ほんのり残る煙の気配。
やはり暖かい。
直後。すぐ背後に雪乃の気配。
「失礼します...」
律儀にささやいてから入って来た。
そして、距離、消滅。女子がペタッと横にくっつく。
「近っ...」またも、思わず声にしてしまう
「だから、言わないで」不満そうな小声。
しかし狭いものは狭いし、やはり近過ぎる。
情け容赦なくマントが閉じられる。
薄暗い空間。
そして、トールが歩き始める。
揺れる。容赦なく揺れる。
「うっ!」
肩と肩がぶつかる。
逃げ場は無い。
「ご、ごめん...!」
「ううん...」
このやり取り、既に何度目だろう。
学習しても回避できない。
トールの歩幅が原因なのだからどうしようもない。
揺れ。さらに揺れ。
雪乃の髪が顔に触れる。
柔らかい感触。
そして、あの匂い。
ココナッツのような、果物のような、爽やかな優しい香り。
意識するなという方が無理だった。
「一条くん...」耳元で雪乃がつぶやく
「ん?」
「歩きが...揺れ過ぎ...」
それは同意しかない。
外では、ずん、ずん、と規格外の振動。
豪快な乗り物だ。
「酔いそう...だけどなんとか大丈夫...不思議だね」雪乃が不意にまた話しかけてきた
「だね...もうダメ...の一歩手前でセーフな感じ」
「寒過ぎるのになぜか凍死しない...なんか似てるね」雪乃は何か考えているようだった
閉ざされた毛皮の空間で、二人は揺られ続ける。
閉じた袋の中では景色は見えない。時間もわからない。
ただ、身体の密着と振動だけが全てだ。
雪乃とこうしてくっつけるのは内心あり得ない幸福。狭くて苦しいけど。
そして...雪乃にとってはやはり災難、男子と密閉される悪夢の状況...
じゃぁ、俺がマント袋から出て歩けば?という話になるが、
俺の足ではトールについて行けず、極寒の雪原をさまよい、餓死...
いや、その前に正体不明の巨人や巨獣たちに襲われてオシマイ...
マントの中の現状は仕方ない。しかし雪乃がかわいそう。
なんか、すごく良い子だし...
そんな同じ事ばかりをさっきから考え続けている。思考のループ...
外から、くく、と笑い声。
ロキだ。
「仲の良い旅人だな」
からかっている。愉快そうだ。
「違いますって...!」ムキになって否定してしまった
だが説得力は無いだろう...
揺れ。体と体、密着。パーソナルスペースが完璧にゼロ。
女子とこんな状態を続けて、ホント、心が穏やかなわけがないじゃんって、
そういう気持ちをロキは読んで楽しんでいるのかもしれない。
奴のからかいに乗ってしまったのか。
う〜〜〜む...
雪乃が小さく息を吐いた。
「もう慣れるしかないね...」どこか諦めたような声
だが、ほんの少しだけ笑っていた。
見なくてもわかる。気配で。
雪乃の方が俺より肝がすわっているのかもしれない...
隙間から吹き抜ける冷気。
有無を言わさぬ大男の歩み。
マントの中で揺られ続ける。




