第14話 キャンプファイヤー
白い。
どこまでも白い雪原。
距離感が曖昧。
遠いのか近いのか。広いのか狭いのか。
雲間から差す朝の光もぼんやりとしている。
視界は開けているはずなのに、居心地の悪い圧迫感が消えない。
そんな状況でも、寝て起きて...やはりだが、お腹が空いた。
不意に雪乃が何かを見つめる。
「え?」つられて視線を向ける
彼女は少しだけ目を細め、遠くの一点をじっと見つめていた。
「何かいる...」小さな声
だが確信を帯びた響き。
目を凝らす。
最初は雪の起伏にしか見えなかった。
白い塊。
ただの地形の一部。そう思いかけた瞬間。
それが、動いた。
「え...?」心臓がゾクゾクする
あー、あれはデカい。
理解が一瞬遅れるほどのサイズ。雪面から盛り上がった巨大な影。
のそり、と揺れる輪郭。
四肢。胴体。生き物だ。
間違いなく生き物だった。
「何?あれ...」声が乾く
比較対象が思いつかない。
牛でも熊でもない。建物サイズの何か。
巨獣はゆっくりと首をもたげた。
白と灰色の中間みたいな体毛。
どっしりした体格。
鼻先から白い息が漏れ、空気が揺らぐ。
巨獣の頭部がこちらを向いた。
目。黒い。妙に小さい。
その視線が合った瞬間。
ゾロリと背筋をなでられる感覚。
「絶対、こっち見てる...」雪乃の声がかすれる
うん、完全に見られている。
次の瞬間。
ドンッ!!! 雪原が爆発した。
巨獣が地面を蹴ったのだ。大きな質量の雪が砕けて舞う。
速い。巨体と釣り合わない加速。
雪煙を吹き飛ばしながら一直線に突っ込んでくる。
「うわうわあああ!?」情けない悲鳴が出た
理性が一瞬で消し飛ぶ。
逃げる。脚を動かす。だが雪の感触が軽い。なんだこれ?
踏み応えが曖昧。
身体がうまく前へ進んでいる気がしない。
「無理だっ!!」
ズシッ。
背後で雪を踏む音。
振り返る。
トールだ。
慌てる様子がない。焦る様子もない。
二、三歩。
ゆったりと前へ出る。
まるで散歩でもしているみたいな歩調。
「え...!?」
いやいやいや!
何でそんな落ち着いてるの。
あれ来てるぞ?
どう見てもヤバいやつだぞ?
巨獣が迫る。
雪煙。大地が轟き、もう目の前だ!
トールの腕が動いた。
ただ、それだけだった。
大きな槌を無造作に持ち上げる。
力みの無い動き。
そして、振り下ろした。
バチィッ!! 閃光。
雷鳴。空気の破裂。
視界が白く輝く。
鼓膜を殴る轟音。
身体の芯が震える。
次の瞬間、巨獣の頭部が横へ弾け飛んだ。
信じがたい力の一撃。
巨体が前のめりに、ゆっくりと崩れ落ちる。
ドドン!ドシン!雪原が二度揺れる。
雪煙が舞い上がる。
静寂。
雪煙がゆっくり降りる。
倒れた巨獣をトールが見つめ、
心底つまらなさそうに呟いた。
「弱い」
いや基準がおかしいだろ。あれを弱いで済ませるな。
心臓がまだ暴れている。脚が震えている。
なのに。
あのトールの余裕。
ロキがくすりと笑う。
「朝食が向こうからやって来たな」さらりと言うなよ
視線の先の倒れた巨獣。
近づく。恐る恐る。まだ信じられない。
さっきまで動いていた生き物とは思えないただの巨大な塊。
デカい。
改めて見るとますますデカい。
四肢は丸太どころではない。電信柱より太い。
胴体はゾウより遥かに重量感がある。
全身を覆う長い毛は硬そうで密度が濃い。
短い首に長い大きな頭部。凶悪そうな面構え。人の背丈ほどの長い牙が2本、下顎から真っ直ぐに伸びている。
こんな生物は見たことが無い。
「腹一杯になるだろう」背後からトールの声
ああ、やはりそういう話なのか、これは。
トールがしゃがむ。雪面が沈む。
巨大な手が獣の毛皮へ伸びる。
そして、
当たり前みたいな動作で切り裂いた。
血の匂い。湯気。生暖かい空気。
白一色の世界に現れる生々しい色。
「う...」思わず息を止める
鉄のような強烈な臭い。
雪乃は目を逸らさない。
すごいなこの人...
解体は淡々としていた。
豪快というより、慣れきった職人の手つき。
骨を外し、筋を断ち、肉を切り分ける。
迷いが無い。
やがてトールが周囲を見回す。
雪原。木など無い。薪など無い。
まさか生で食べるのか?
トールが視線を足元に落とし、手にした槌で雪原をえぐるように薙ぎ払った。
凍って硬くなった雪原の下に、倒れて砕けた低木が見える。
氷に閉じ込められた苔、枯れたツタもたくさん。
ツタを片手で引き抜き、力技で集め始めた。
解体してバラバラに散乱した巨獣の骨を雪面へ突き立て組む。
その中側にはツタや枝。
トールが槌を高く掲げる。
閃光
轟音。
集められた木っ葉やツタが燻り煙が上がる。
そして炎となり赤く燃える。
雪原の中でやけに安心する色。
組まれた巨獣の骨の上に肉塊が雑に置かれていく。
ジュッ、と脂の弾ける音。
香ばしい匂い。
腹が鳴る。




