第11話 距離ゼロ
大男のトールはマントを敷いて、一人さっさと寝てしまった。
雪原の夜気は残酷だ。冷気が静かに染み込んでくる。
風は無い。だが寒い。自分の知っている冬よりずっと寒い。
「寒...」吐いた息がすぐに白い湯気になって広がる
雪乃も小さく肩をすくめていた。
「寒いね...」
当然だ。制服だぞ。コートも無い。手袋も無い。雪乃はスカートだし。
全財産は鞄と共に突風と共にどこかへ吹き飛んだ。
なのに...
凍え死ぬ感じは無い。
それが逆に落ち着かない。
「変だよなぁ...」
「うん...」
耐えられる。だが厳しい。そんな温度。
ロキは少し離れた場所に立っている。相変わらず掴みどころがない。
「寒さで死ぬことは無い」さらりと言った
何の保証だよそれ。
だが現に、凍死しそうな寒さではない。
ロキがトールのマントの縁を無造作に持ち上げ、筒状に丸める。
「入れ」
これが寝床になるらしい。
取り敢えず、ありがたい。
非常にありがたい。
だが、雪乃が動かない。トールを見つめている。
そして小さく首を振る。
「あの...」遠慮がちな声
「ん?」
「一条くん...間に...」
「え?」
意味を理解するまで数秒かかった。
トールの横は怖い。そういうことか。
納得。
そして少し嬉しい。頼られているのかこれは。
俺が横に寝ても嫌じゃないのかな。
「いいよ」即答してしまった
雪乃がほんの少しだけ安堵の気配を漏らす。
マントの中へ潜り込む。
狭い。当然だ。マントの端っこを丸めた筒の中に二人だ。
沈黙。寒さ。
そして。
「あ...」
雪乃がためらうような手つきで、首に巻いていたマフラーを解く。
そして片端を俺に差し出す。
彼女の首元に残った唯一の防寒具。
視線を逸らしながら雪乃がつぶやいた「半分...使う?」
消え入りそうな声だった。
「え?」
「その...寒いでしょ」
自分だけ暖かいのが気まずいのか。
律儀過ぎるだろこの人。
「い、いやでも...」心臓がうるさい
マフラー共有って何だよそれ。
だが寒いのは事実。
「ごめん...ありがとう...」結局それしか言えなかった
雪乃が上体を少し起こし
近づく。
マフラーを俺の首元に巻いてくれた。
雪乃の香り。甘い。柔らかい。
ココナッツみたいな、なんとなく果物の何かみたいな香り。
頭が混乱する。
雪乃の頬が赤い。
薄暗がりでもわかる。
互いに視線を合わせられない。
マフラーが二人を繋いでいる。
逃げ場なし。
「暖かいね...」小さな声。
「うん...」それ以上言葉が出ない
雪乃が俺の顔を見ているようだ。
吐息を感じる。
「ねぇ、やっぱりこの人たちと一緒に行くの?」雪乃が小さくつぶやいた
確かに流れでこうなったが、本当に信用できる相手かは判らない。
「得体が知れないけど、今のところ敵ではないよね。ロキって人は気味が悪いけど...」今言えるのはこれくらいか
「私たちだけでは、こんな所では生きていけないし、あの白い巨人みたいなのがまた出てきたら...」
そう言ってから雪乃はため息をついた。
「そうだね」本当に...どうしようもない」
「トールさんは、たぶん悪い人じゃないと思う」雪乃が微笑んだような気配がした
雪乃の温もりが制服越しに伝わって来る。
雪乃の反対側...右横でトールが寝返りを打った。
ドタッ。巨大な腕が近くに落ちて来た。地面が上下し、雪が舞う。
相変わらずここは寒い。そして危険な寝相。
だが、さっきよりはずっと耐えられる。
心臓はなぜかずっとバクバクと忙しいが...




