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『余命三百六十四日の魔物です。』(連載版)  作者: くろめがね


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3/4

第3話 善意は、たいてい高くつく

第三話です。

 寿命は、戻らない。


【寿命:残り358日】


 洞窟の奥で、俺は何度も頭上を見上げていた。

 減りもしないし、増えもしない。

 ただ、そこにある。


 前回、冒険者に苔を差し出したことで、寿命は一日増えた。

 だが、その理由は、まだ分からない。


 誰かを助けたから?

 自分を犠牲にしたから?

 それとも、ただ運が良かっただけか。


 分からないまま、

 「分かった気」になるのが、一番危険だ。


 俺は慎重になろうと決めた。

 だが――慎重さは、いつも報われるとは限らない。



 その日、洞窟の外が騒がしかった。


 人間の声。

 複数。

 冒険者だ。


 俺は反射的に身を隠した。

 もう、剣を見るだけで寿命が減りそうな気がする。


「ここだな」

「例の魔物がいるって話」


 ……嫌な予感しかしない。


 岩陰から様子を窺うと、

 昨日の冒険者とは別の連中が、

 洞窟の前に立っていた。


「苔を分け与える、弱い魔物がいるらしい」

「危険度は低い」

「利用できそうだな」


 利用。


 その言葉が、耳に残った。


 どうやら、噂になったらしい。

 ――苔を差し出す、無害な魔物。


 俺だ。


 善意は、伝染する。

 だが、同時に、期待も伝染する。


 俺は、岩陰で固まった。


 ここで何もしなければ、

 苔を根こそぎ持っていかれる。


 だが、下手に動けば、

 寿命が削られる。


 冒険者の一人が、洞窟に入ってきた。


「……いたぞ」


 剣は抜かれていない。

 だが、油断はできない。


「お前だな」

「苔を分けてくれるっていう魔物は」


 俺は、答えなかった。

 いや、答えられなかった。


 代わりに、前足で苔を一房、押し出す。


 前回と、同じ行為。


 冒険者は、満足そうに頷いた。


「やっぱりな」

「話は本当だった」


 後ろにいた仲間たちが、

 次々と洞窟に入ってくる。


「薬の材料にする」

「金になるぞ」

「減っても、また生えるだろ」


 苔が、次々と刈り取られていく。


 俺は、動けなかった。


【寿命:残り358日】


 増えない。


 減らない。


 ただ、苔だけが減っていく。


「……あれ?」


 冒険者の一人が言った。


「もっと寄越せないのか」

「前は、もっと出してたって聞いたぞ」


 期待は、膨らむ。

 善意は、要求に変わる。


 俺は、後ずさった。


 その瞬間。


「逃げるな」


 誰かが、俺の前に立った。


「お前がいるから、ここに来たんだ」

「役に立てよ」


 ――役に立て。


 その言葉が、

 妙に重く、胸に落ちた。


 俺は、思わず鳴いた。


「キュル……」


 その声は、

 助けを求める音だったかもしれない。


【寿命:残り345日】


「――っ!?」


 一気に、減った。


 十三日。


 理由は、分からない。

 だが、確実に分かることがある。


 俺は今、自分の意志を手放した。


 怖くて、

 拒めなくて、

 流されて、

 「いい魔物」でいることを選んだ。


 その代償が、十三日だ。


「……減った?」


 俺は、頭上を見て、震えた。


 冒険者たちは、気づいていない。

 寿命が見えるのは、俺だけだ。


「ちっ、もういい」

「使えねえな」


 彼らは苔を抱え、去っていった。


 洞窟には、

 荒らされた床と、

 踏み荒らされた苔の残骸だけが残った。



 俺は、洞窟の奥で丸くなった。


【寿命:残り345日】


 現実だ。


 善意は、

 誰かを助ける前に、

 自分を守れなければならない。


 助けることと、

 使われることは、違う。


 だが、その境界線は、

 あまりにも曖昧だ。


 苔を少し食べた。


【寿命:残り344日】


 減る。

 いつも通り。


 俺は、息を整えながら、考えた。


 寿命が増えたのは、

 「誰かのために動いた」からじゃない。


 たぶん――

 自分で選んだからだ。


 逆に、

 減ったのは、

 選ばなかったから。


 いや、

 選ぶことを、放棄したから。


 洞窟の天井から、水滴が落ちる。


 ぽた、と音がするたび、

 時間が削られていく気がした。


「……次は、違うやり方だな」


 俺は、まだ生きている。


 だから、

 まだ、選べる。


 苔喰いモルの余命は、

 静かに、だが確実に、

 次の実験へ進んでいた。


誤字脱字はお許しください。

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