第3話 善意は、たいてい高くつく
第三話です。
寿命は、戻らない。
【寿命:残り358日】
洞窟の奥で、俺は何度も頭上を見上げていた。
減りもしないし、増えもしない。
ただ、そこにある。
前回、冒険者に苔を差し出したことで、寿命は一日増えた。
だが、その理由は、まだ分からない。
誰かを助けたから?
自分を犠牲にしたから?
それとも、ただ運が良かっただけか。
分からないまま、
「分かった気」になるのが、一番危険だ。
俺は慎重になろうと決めた。
だが――慎重さは、いつも報われるとは限らない。
⸻
その日、洞窟の外が騒がしかった。
人間の声。
複数。
冒険者だ。
俺は反射的に身を隠した。
もう、剣を見るだけで寿命が減りそうな気がする。
「ここだな」
「例の魔物がいるって話」
……嫌な予感しかしない。
岩陰から様子を窺うと、
昨日の冒険者とは別の連中が、
洞窟の前に立っていた。
「苔を分け与える、弱い魔物がいるらしい」
「危険度は低い」
「利用できそうだな」
利用。
その言葉が、耳に残った。
どうやら、噂になったらしい。
――苔を差し出す、無害な魔物。
俺だ。
善意は、伝染する。
だが、同時に、期待も伝染する。
俺は、岩陰で固まった。
ここで何もしなければ、
苔を根こそぎ持っていかれる。
だが、下手に動けば、
寿命が削られる。
冒険者の一人が、洞窟に入ってきた。
「……いたぞ」
剣は抜かれていない。
だが、油断はできない。
「お前だな」
「苔を分けてくれるっていう魔物は」
俺は、答えなかった。
いや、答えられなかった。
代わりに、前足で苔を一房、押し出す。
前回と、同じ行為。
冒険者は、満足そうに頷いた。
「やっぱりな」
「話は本当だった」
後ろにいた仲間たちが、
次々と洞窟に入ってくる。
「薬の材料にする」
「金になるぞ」
「減っても、また生えるだろ」
苔が、次々と刈り取られていく。
俺は、動けなかった。
【寿命:残り358日】
増えない。
減らない。
ただ、苔だけが減っていく。
「……あれ?」
冒険者の一人が言った。
「もっと寄越せないのか」
「前は、もっと出してたって聞いたぞ」
期待は、膨らむ。
善意は、要求に変わる。
俺は、後ずさった。
その瞬間。
「逃げるな」
誰かが、俺の前に立った。
「お前がいるから、ここに来たんだ」
「役に立てよ」
――役に立て。
その言葉が、
妙に重く、胸に落ちた。
俺は、思わず鳴いた。
「キュル……」
その声は、
助けを求める音だったかもしれない。
【寿命:残り345日】
「――っ!?」
一気に、減った。
十三日。
理由は、分からない。
だが、確実に分かることがある。
俺は今、自分の意志を手放した。
怖くて、
拒めなくて、
流されて、
「いい魔物」でいることを選んだ。
その代償が、十三日だ。
「……減った?」
俺は、頭上を見て、震えた。
冒険者たちは、気づいていない。
寿命が見えるのは、俺だけだ。
「ちっ、もういい」
「使えねえな」
彼らは苔を抱え、去っていった。
洞窟には、
荒らされた床と、
踏み荒らされた苔の残骸だけが残った。
⸻
俺は、洞窟の奥で丸くなった。
【寿命:残り345日】
現実だ。
善意は、
誰かを助ける前に、
自分を守れなければならない。
助けることと、
使われることは、違う。
だが、その境界線は、
あまりにも曖昧だ。
苔を少し食べた。
【寿命:残り344日】
減る。
いつも通り。
俺は、息を整えながら、考えた。
寿命が増えたのは、
「誰かのために動いた」からじゃない。
たぶん――
自分で選んだからだ。
逆に、
減ったのは、
選ばなかったから。
いや、
選ぶことを、放棄したから。
洞窟の天井から、水滴が落ちる。
ぽた、と音がするたび、
時間が削られていく気がした。
「……次は、違うやり方だな」
俺は、まだ生きている。
だから、
まだ、選べる。
苔喰いモルの余命は、
静かに、だが確実に、
次の実験へ進んでいた。
誤字脱字はお許しください。




