第2話 寿命が増えた理由は、まだ分からない
第二話です。
寿命が増えた。
頭の上の数字が、一つ戻った。
それは事実だ。
【寿命:残り360日】
俺は、何度も瞬きをして、その表示を確認した。
減るときは容赦なく減るくせに、
増えるときは、まるで何事もなかったかのように、静かだ。
「……戻るんだな」
声に出すと、相変わらず「キュル」という音になる。
この鳴き声にも、まだ慣れない。
さっきまで、俺は洞窟の外にいた。
森の奥で泣いていた人間の子どもに声をかけ――
いや、正確には鳴いただけだが――
それで寿命が一日、増えた。
たったそれだけのことで。
俺は、洞窟へ戻る途中も、
何度も頭上を見上げてしまった。
【寿命:残り360日】
変わらない。
つまり、幻じゃない。
問題は、なぜ増えたのかだ。
俺は考える。
・誰かのために行動した
・危険を冒したわけではない
・報酬を期待していない
・そもそも、成功したかどうかも怪しい
それでも、寿命は増えた。
では、仮説を立てよう。
「他者の不安を減らす行為は、寿命を戻す」
……綺麗すぎるか。
だが、今はそれでいい。
仮説は、試してから壊せばいい。
⸻
翌日。
俺は洞窟の外へ出た。
もちろん、移動したので寿命は減る。
【寿命:残り359日】
分かっている。
分かっていても、動かないと何も始まらない。
森を歩く。
苔喰いモルの視点は低く、世界はやけに大きい。
しばらく進むと、
昨日の子どもがいた辺りに、
今度は人間の男が立っていた。
鎧を着ている。
剣もある。
――まずい。
冒険者だ。
俺は即座に身を隠した。
強い行為は寿命を削る。
戦闘なんて、論外だ。
だが、男は苔の上で立ち止まり、
周囲を見回している。
「……おかしいな」
独り言が聞こえた。
どうやら、何かを探しているらしい。
ここで、俺は迷った。
関われば寿命が減る。
だが、関わらなければ、昨日の仮説は検証できない。
俺は、岩陰から小さく鳴いた。
「キュル」
男がこちらを見る。
「……魔物?」
剣に手がかかる。
まずい。
完全に判断を誤ったかもしれない。
だが、男はすぐに剣を下ろした。
「……弱そうだな」
その評価は正しい。
正しすぎて腹が立つ。
「お前、ここで子どもを見なかったか」
子ども。
昨日の、あの子か。
俺は少し考え、
洞窟の外――森の出口の方角を、
前足で示した。
男は目を見開く。
「そっちか」
そして、走り出した。
剣も抜かず、
振り返りもしない。
【寿命:残り359日】
……増えない。
「……あれ?」
昨日と同じような行為をした。
誰かの不安を減らした。
たぶん、役にも立った。
なのに、寿命は増えない。
仮説、早速崩壊である。
⸻
洞窟へ戻る途中、
俺は別の変化に気づいた。
足元の苔が、昨日より少ない。
食べた覚えはない。
だが、確実に減っている。
苔を荒らした跡がある。
……誰かが来た?
嫌な予感がして、
俺は洞窟の奥へ急いだ。
【寿命:残り358日】
移動で一日減るのも、
もう当たり前になってきた。
洞窟の中で、
俺は見つけてしまった。
俺の苔を、
人間の冒険者たちが刈り取っている。
「この辺、苔が多いな」
「薬の材料になるらしいぞ」
なるほど。
俺の食料は、商品だったらしい。
昨日の男とは別の連中だ。
俺は岩陰で、震えた。
ここで声を上げれば、
寿命が減る。
下手をすれば、一気に終わる。
だが、何もしなければ、
苔を奪われ、餓死する。
選択肢は、どれも地獄だ。
そのとき、頭上の数字が、
微かに揺れた気がした。
増えもしない。
減りもしない。
まるで、
俺の判断を待っているみたいに。
「……なあ」
思わず、声を出した。
いや、「キュル」だが。
俺は、苔を一房、前足で押し出した。
冒険者の一人が気づく。
「おい、魔物だ」
剣が抜かれる。
だが、俺は逃げなかった。
苔を、押し出したまま、
じっとしている。
冒険者は一瞬、迷い、
それから舌打ちした。
「……この苔、少なすぎるな」
「他、当たるか」
彼らは、去っていった。
洞窟に、静けさが戻る。
【寿命:残り359日】
一日、増えた。
理由は分からない。
完全に分からない。
ただ一つ、言えることがある。
昨日と違って、
俺は自分が困る選択をした。
苔を守るために、
苔を差し出した。
助けたのは、誰だ?
冒険者か?
それとも、未来の俺か?
分からない。
だが、寿命は増えた。
⸻
洞窟の奥で、
俺は苔を少しだけ食べた。
【寿命:残り358日】
一日減る。
もう、慣れた。
寿命は、
善意だけでは増えない。
かといって、
自己犠牲だけでも、増えない。
どうやら、この世界は、
そんなに単純じゃないらしい。
俺は天井を見上げた。
【寿命:残り358日】
減っている。
でも、昨日よりは、マシだ。
「……実験、続行だな」
苔喰いモルの余命は、
まだ終わっていない。
だが、
何をすれば増えるのかよりも先に、
何をすれば取り返しがつかなくなるのかを、
学び始めている気がした。
それが、少しだけ怖くて、
それでも――
目を逸らす気には、ならなかった。
誤字脱字はお許しください。




