エピローグ 15年後
ニューヨーク、ブルックリンの片隅。
『Blue Note Brooklyn』のステージは暗く、観客は期待の熱気に包まれていた。
悠斗は袖でサックスを抱え、深呼吸する。
あの日の緊張はもうない。だが、胸の奥の鼓動は変わらず、音で心を語る準備をさせる。
ステージに足を踏み出すと、スポットライトが彼を包んだ。
ギター、ベース、ドラムのバンドが微かに頷く。
観客のざわめきが静まり、期待が空気に溶け込む。
悠斗はサックスを唇に当てた。
息を送り込む瞬間、過去の景色が浮かぶ――黒岩のジャズバー、隼人との初めてのセッション、教室での笑い声。
「――Just the Two of Us…」
一音目が空気を切り裂く。
柔らかく、それでいて力強い。
メロディは観客の胸を撫で、温かさと哀愁を同時に運んだ。
ドラムが軽くリズムを刻み、ベースがそれに寄り添う。
ギターのハーモニーが音の輪郭を作り、悠斗のサックスが中心で歌う。
音は言葉より雄弁だ。
客席の一部が目を閉じ、音の余韻に身を任せる。
小さな笑い、すすり泣き、手拍子。
すべてがステージと一体化して、音の波となる。
悠斗は目を閉じ、指先の感覚に集中する。
一音ごとに、あの日黒岩に教わったことを思い出す。
「失敗を恐れるな」「音で語れ」。
胸の奥で、師匠の存在が静かに寄り添う。
演奏が終わると、会場は数秒の静寂の後、大きな拍手に包まれた。
観客は立ち上がり、歓声が空気を震わせる。
悠斗は深く頭を下げ、微笑む。
それは誰かに媚びる笑顔ではなく、確かに自分の成長を噛みしめる笑顔だった。




