2/8
第二話 声の出ないマスター
「いらっしゃい」
掠れた低音。
マイクを通したような歪んだ声。
カウンターの奥には、髭を生やした男。
無骨なサックスを磨いている。
「……中学生か?」
「す、すみません。雨宿りで」
「いい、ここは音を聴きに来る場所だ」
悠斗は店の隅に座った。
店内には常連が一人、ギターをつま弾いている。
そして、男——黒岩がサックスを構えた。
音が鳴った瞬間、悠斗は息を呑んだ。
冷たくて、熱い。
誰の言葉よりもまっすぐな音だった。
曲が終わると、黒岩は言った。
「……しゃべるより、吹く方が楽だ」
「声……」
「ああ、昔、喉の病気でな」
「でも……すごい音ですね」
黒岩は微かに笑った。
「お前も、吹いてみるか?」
悠斗の胸が跳ねた。
その日から、彼の物語は静かに始まった。




