母の願いと小さな守り袋
俺が九歳になった年。
剣を握る手はまだ小さく、父のようには振れなかったが、それでも二年前よりはずっと形になっていた。
稽古のあと、父は汗に濡れた俺の肩を軽く叩き、豪快に笑う。
「ははっ、腕が上がったじゃないか、ライアン。刃筋も少しは通るようになったな」
「でも、まだ父さんみたいに速く振れない……」
「当たり前だ。お前は九つ、私は四十を超えている。積み重ねた年月が違う」
父の背中は相変わらず大きく、揺るぎない。
けれどその声には、なぜかどこか急かすような響きがあった。
俺は胸の奥に、小さなざわめきを覚えた。
夕餉を終えたあと、母が俺を庭へと連れ出した。
月明かりに照らされた花壇の前で、母はそっと腰を下ろし、膝に俺を抱き寄せた。
そして小さな布袋を差し出す。
「ライアン。これを持っておいで」
それは古びた刺繍の入った守り袋だった。
中には乾いたハーブと、丸い小石のようなものが入っている。
不思議と温かさが伝わる気がした。
「……お守り?」
「そうよ。代々、アルヴェール家の母が子へ託してきたものなの」
母の声は穏やかだが、どこか震えていた。
「もしも辛いとき、どうしようもなくなったとき、これを握って思い出して。――あなたはひとりじゃないって」
俺はきょとんとして母を見上げる。
「母さん……何かあったの?」
問いかけると、母は小さく首を振り、抱きしめる腕に力を込めた。
「大丈夫。ただね……母さんはあなたが強く、優しく育ってくれることを願ってるだけ」
その言葉は、やけに切実に聞こえた。
胸の奥が熱くなり、俺は小さな守り袋を強く握りしめた。
夜風が吹き、花々が揺れる。
いつもより冷たく感じられる風の中で、母はふと空を見上げた。
「……そうそう、ライアン。大事なことを忘れるところだったわ」
「?」
「明日、セリーヌがまた遊びに来るの。二年ぶりね」
「ほんとに!? 本当に?」
俺の声は思わず弾んだ。
母はそんな俺を見て微笑んだ。
「ええ、きっと元気に来てくれるわ」
その笑顔を見て、胸のざわめきはほんの少しだけ和らいだ。
守り袋を握った手の温もりと、母の言葉を胸に刻みながら、俺は夜空を見上げた。