表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/42

母の願いと小さな守り袋

 俺が九歳になった年。

 剣を握る手はまだ小さく、父のようには振れなかったが、それでも二年前よりはずっと形になっていた。

 稽古のあと、父は汗に濡れた俺の肩を軽く叩き、豪快に笑う。


「ははっ、腕が上がったじゃないか、ライアン。刃筋も少しは通るようになったな」

「でも、まだ父さんみたいに速く振れない……」

「当たり前だ。お前は九つ、私は四十を超えている。積み重ねた年月が違う」 


 父の背中は相変わらず大きく、揺るぎない。

 けれどその声には、なぜかどこか急かすような響きがあった。

 俺は胸の奥に、小さなざわめきを覚えた。


 夕餉を終えたあと、母が俺を庭へと連れ出した。

 月明かりに照らされた花壇の前で、母はそっと腰を下ろし、膝に俺を抱き寄せた。

 そして小さな布袋を差し出す。


「ライアン。これを持っておいで」


 それは古びた刺繍の入った守り袋だった。

 中には乾いたハーブと、丸い小石のようなものが入っている。

 不思議と温かさが伝わる気がした。


「……お守り?」

「そうよ。代々、アルヴェール家の母が子へ託してきたものなの」


 母の声は穏やかだが、どこか震えていた。


「もしも辛いとき、どうしようもなくなったとき、これを握って思い出して。――あなたはひとりじゃないって」


 俺はきょとんとして母を見上げる。


「母さん……何かあったの?」


 問いかけると、母は小さく首を振り、抱きしめる腕に力を込めた。


「大丈夫。ただね……母さんはあなたが強く、優しく育ってくれることを願ってるだけ」


 その言葉は、やけに切実に聞こえた。

 胸の奥が熱くなり、俺は小さな守り袋を強く握りしめた。


 夜風が吹き、花々が揺れる。

 いつもより冷たく感じられる風の中で、母はふと空を見上げた。


「……そうそう、ライアン。大事なことを忘れるところだったわ」

「?」

「明日、セリーヌがまた遊びに来るの。二年ぶりね」

「ほんとに!? 本当に?」


 俺の声は思わず弾んだ。

 母はそんな俺を見て微笑んだ。

「ええ、きっと元気に来てくれるわ」


 その笑顔を見て、胸のざわめきはほんの少しだけ和らいだ。

 守り袋を握った手の温もりと、母の言葉を胸に刻みながら、俺は夜空を見上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ