小さな約束
空は高く澄み渡り、風が心地よく頬を撫でる。
この日も俺とセリーヌは屋敷の裏手の丘に座り込み、並んで空を見上げていた。
「ねえ、ライアン。あの雲、何に見える?」
「んー……馬、かな」
「ふふっ、じゃああれは?」
「剣だ。きっと父さんの剣だな」
そう言うと、セリーヌはぱっと笑顔を咲かせた。
伯爵家の娘であるはずなのに、彼女の笑い方は飾り気がなく、無邪気そのものだった。
草を摘んでは髪に編み込み、花を指でひらひらと揺らす。
普段は落ち着いて気品ある彼女が、俺の前では子どもらしく振る舞う。
そのことが、俺には誇らしく、嬉しかった。
「ライアンって、ほんとはすごく優しいよね」
「……は? どこがだよ」
「だって、村の子が転んだとき、すぐに手を貸してたじゃない」
「それは……あいつが泣きそうだったからだ」
「ほら、やっぱり優しい」
照れくさくて顔を背けると、セリーヌはくすっと笑う。
その笑い声は、小鳥のさえずりより心地よかった。
「ライアンは、大人になったら何になるの?」
不意に彼女が問いかける。
俺はしばらく考えてから答えた。
「父さんみたいになりたい。領地を守って、みんなを笑わせる人に」
「きっとなれるよ。だってライアンだもの」
まっすぐな瞳でそう言われ、胸が熱くなる。
俺は逆に聞き返した。
「じゃあ、セリーヌは?」
「わたしは……うーん、考えたことなかった。でも――」
言葉を区切り、彼女は小さく笑った。
「ライアンと一緒にいられたら、それでいい」
その一言に、心臓が跳ねるように熱くなった。
言葉が出ない俺を見て、セリーヌは照れ隠しのように花を投げてくる。
「ほら、真剣に考えてよ! 約束ね、いつか一緒に」
「ああ……約束だ」
俺は咄嗟に頷いた。
小指を絡め合い、二人は笑った。
――この日交わした小さな約束が、後に俺の心を支えるものになる。
だが当時の俺は、そんな未来を知る由もなかった。