初めてのDランク依頼
昇格の裁定が下った翌日、ギルドの広間は異様な熱気に包まれていた。
俺がDランクに上がったという噂は、一夜にして街中に広まったらしい。
好奇と嫉妬が入り混じった視線が、ギルドに足を踏み入れる俺へと注がれる。
「……あのガキがDかよ」
「セレナの推薦がなけりゃ有り得ねぇ話だ」
「どうせすぐ死ぬ。首を賭けるに一票だ」
耳に入ってきても、気に留める価値はない。
俺は真っ直ぐに依頼掲示板へ向かった。
掲示板の上段――そこに貼られているのは、Dランク以上しか受けられない依頼。
街道沿いの護衛、魔獣の討伐、盗賊残党の掃討……危険度も責任も、一気に跳ね上がる。
「どれにするの?」
隣に立つセレナが、赤い瞳で掲示を眺めながら言った。
「せっかくDになったんだから、FやEの雑用依頼はもう場違いよ」
俺は無言で紙を一枚剥がした。
そこには――
『街道北部に出没する大型魔獣《岩猪》の討伐』
と記されていた。
「岩猪か……」
セレナがわずかに眉をひそめた。
「突進力が脅威。牙に貫かれれば馬でもひとたまりもない。討伐難度はDの上位……普通は三人以上のパーティーで挑む相手よ」
「なら、ちょうどいい」
俺は紙を持って受付へ向かった。
再び広間の視線が集中する。
職員が不安げに依頼票を受け取り、慌てて言った。
「こ、これは……! 岩猪の討伐依頼ですが、本当に受けるのですか? 危険度は高く、未熟な方には……」
「俺はDだろう」
静かに告げると、職員は言葉を詰まらせた。
その横から、セレナがさらりと声をかける。
「私も同行するわ。問題ないでしょう?」
職員は息を呑み、深く頷いた。
準備を整え、俺とセレナは街を後にした。
北へ延びる街道は森を抜ける一本道で、ところどころに馬車の轍と血痕が残っている。
依頼票には「商隊を襲撃され、二台が壊滅」とあった。
現場に近づくほど、焦げた荷車や散乱した木箱が目についた。
「……酷いな」
セレナが呟く。
「岩猪は群れを成さない。これは一匹の仕業。それでこれだけの被害を出すなんて、並大抵じゃない」
俺は黙って槍を握り直した。
血の臭いを嗅ぎつけたのか、森の奥から低い唸りが響く。
地面が震え、枝葉がざわめく。
「来る」
次の瞬間、木々を薙ぎ倒すように巨体が現れた。
全長三メートルを超える岩猪。
全身を岩のような甲殻に覆い、牙は槍のように鋭い。
小さな目に狂気の光を宿し、鼻息だけで地面の土が舞い上がった。
「突っ込んでくるわよ!」
セレナが叫ぶと同時に、巨体が地響きを立てて突進してきた。
俺は地を蹴った。
間一髪で横へ飛び、牙が地面を抉る。
岩を砕くほどの威力。まともに食らえば骨も残らないだろう。
セレナが風のように舞い、短剣で岩猪の脇腹を切り裂く。
だが甲殻は厚く、傷は浅い。
怒り狂った獣が方向を変え、再び突進を仕掛けてきた。
「正面からじゃ無理だ。隙を作る」
「了解」
俺は森の中へと駆け込んだ。
木々の影を縫い、岩猪を誘導する。
巨体は枝を薙ぎ倒しながら追いすがる。
その暴走を利用し、俺は罠を仕掛けていった。
足場を削り、尖った枝を地面に埋め、岩陰に導く。
追う獣がそれに気づくはずもない。
数分後、俺は大きな倒木の影に身を潜めた。
岩猪が突進してきた瞬間、俺は枝を蹴り折り、仕掛けた罠を解放した。
落下した岩と枝が獣の脚を縛り、勢いを殺す。
巨体がよろめき、隙が生まれる。
「今だ!」
セレナが風のように走り、短剣を突き立てた。
岩猪が咆哮を上げる。
俺も飛び込み、槍を突き刺した。
脳内に響く声。
――【スキル《突進強化》を奪還しました】
黒い靄が獣の体から溢れ、俺の胸に流れ込む。
全身に力がみなぎり、脚が鉄のように重くなる。
突進の衝撃を操る感覚が染み込んでいく。
「……これで、終わりだ」
俺は槍をさらに深く押し込み、心臓を貫いた。
岩猪が断末魔の咆哮をあげ、巨体を震わせ、やがて崩れ落ちる。
静寂。
荒い呼吸を抑えながら、俺は槍を引き抜いた。
血に濡れた刃先が、赤黒く光る。
「……本当に、一人でやれるのね」
セレナが呆然と呟いた。
赤い瞳が俺を見つめる。そこには驚きと、得体の知れないものへの興味が混ざっていた。
「ただの子供じゃない。やっぱり……あなたは何かを隠してる」
俺は答えず、血の滴る槍を布で拭った。
胸の奥で燃える冷たい炎が、さらに強くなっていくのを感じながら。




