母の微笑み
母の手は、いつも暖かかった。
台所でパン生地を捏ねるとき、庭で花の苗を移すとき、眠る前に毛布を直すとき。たぶん季節が変わっても温度は同じだったんじゃないか、って今でも思う。
「ライアン、この花はね、冬が来ても枯れないの」
母は白い花を指先で持ち上げ、日を透かすみたいに眺めた。
庭には花壇が二つ。片方は春から夏にかけて色が変わる花、もう片方は寒くなっても葉を落とさない小さな低木。
母は花の名前を、子守歌みたいな声で教えてくれる。
「人もね、同じよ。枯れない心っていうのが、きっとあるの」
「母さんは枯れない?」
「うーん……父さんがいるから枯れないわね」
そう言って笑う。俺の髪をくしゃっと撫でる。
撫でられると、体の芯が少しだけふにゃっとする。剣の稽古の痛みが、少し遠くなる。
夕方、食卓に湯気が立つ。
焼きたてのパン、野菜の煮込み、少しの肉。豪勢ではないけど、匂いだけで腹が鳴る。父が椅子を引いて座り、母が皿を配り、俺はパンをちぎって熱さに指を振る。
「殿、今日はどうだった?」
「水路を少し掘り直した。来月には小麦の運びを手伝うことになる」
父と母は、いつもこんな風に話す。
俺が眠そうに目をこすれば、母が笑って椅子から立ち、肩に毛布をかけてくれる。
「あなたは、きっと立派になるわ」
眠気の底で、母の声が響いていた。
腕に抱かれて寝室へ運ばれる時、窓の外に星が滲んで見えた。