プロローグ 奪還者
血と煙が、世界を覆っていた。
焼け落ちた建物の残骸の中、呻き声だけが虚しく響く。
地面は赤く染まり、夜風は鉄の臭いを運んでくる。
俺はその中心に立っていた。
槍を突き立て、足元に倒れ伏す男を見下ろす。
もはや抵抗する力もなく、ただ震える唇が声にならない懇願を紡ぐ。
「……やめ、ろ……」
その声は俺には届かなかった。
いや――届いていても、聞く気はなかった。
槍を深く突き立てる。
肉を裂き、骨を砕く感触。
男の目から光が失われた瞬間、脳内に声が響いた。
――【スキル《剣術・上級》を奪還しました】
全身に黒い靄が流れ込み、胸の奥で炎のように燃え上がる。
背筋が震える。これが奪うということだ。
俺にとっては、生きる証そのもの。
「次は……お前だ、勇者」
瓦礫の向こうに立つのは、かつて王国が誇った“英雄”たち。
聖剣を握る勇者。
その背後に控える聖女と魔導師。
一見すれば絵に描いたような英雄の姿。
だが俺は知っている。
その仮面の下に潜むのは、腐敗と傲慢、そして人を人と思わぬ冷酷さ。
かつて、俺からすべてを奪った存在。
「……っ、ライアン、お前は狂ってる!」
「奪うだけの化け物が、世界を救えると思うな!」
勇者の叫びが、虚しく夜空に響く。
俺は小さく笑った。
「救う? 俺はそんなものに興味はない」
「俺が望むのはただ一つ――すべてを奪い返すことだ」
俺は歩みを進める。
血に濡れた地を踏みしめ、リクレイマーの力を震わせながら。
仲間を欺き、俺を踏みにじり、家族を奪った王国と勇者。
その全てを地に落とすために。
夜風が吹く。
かつて「少年」と呼ばれた存在は、もうどこにもいなかった。
俺は奪還者。
この世界からすべてを奪い尽くし、成り上がる者だ。