第033話「無力の証明と王の一言」
「――すまなかった」
俺の謝罪。
それは司令官として、そして一人の人間としての心からの言葉だった。
その覚悟を、三人の若き戦士たちがどう受け止めたのか。
神開カナトは唇を固く結んだまま何も言わない。
正中視天は静かに目を伏せた。
武雷咬威はただ、困ったように眉を下げている。
部屋の空気は重く沈んだままだ。
俺の言葉だけでは、この絶望的な失敗を覆すことなどできはしない。
その重苦しい沈黙を切り裂いたのは。
まるで氷の刃のような冷たく、そしてどこまでも不機嫌な声だった。
部屋の隅で壁に寄りかかっていた半吸血鬼、獅亞鈴が、初めて口を開いたのだ。
その声は俺のちっぽけな覚悟など一瞬で踏み潰すほどの、絶対的な傲慢さに満ちていた。
「――不確かな情報に縋るのは、無能のやることだぞ。
木村アキラ」
その言葉は俺の名前を初めて呼びながらも、そこには敬意などひとかけらも含まれてはいなかった。
ただ純粋な軽蔑だけがそこにあった。
俺は顔を上げた。
影の中に立つ彼の青い瞳が、暗闇の中で爛々と輝いている。
「俺が今回、指示に従い現場に向かったのは、あくまで個人的な気まぐれだ。
あの時、俺の気が乗らなかったら、間違いなく第四の連中は全員死んでいた。
お前のその、甘い見通しがどれだけ危険な結果を招くか分かっているのか? サブプランはどこにあった?
人間相手でもサブプランくらいは立てるだろう?」
その容赦のない糾弾の言葉。
俺は何も言い返せない。
その通りだからだ。
俺は博打を打った。
そしてその博打に、ただ運良く勝っただけなのだ。
この第一級相当の歪鬽の、気まぐれという天運によって。
「王隠堂残月という最強のカードを、ただの羊飼いという最も無駄な役割に配置したのも筆舌に尽くし難い愚策だ。残月が経験則上の合理性から、自由行動を進言していたのも無視しただろう?」
「……そうだね。オレが現場にいたら助けも必要なかったかも」
殘月が獅 亞鈴の言葉に同意する。
その声はどこまでも無邪気で、そして残酷だった。
俺という素人プレイヤーの、あまりにも下手くそな采配を笑っている。
そして最後に、獅亞鈴はとどめを刺すように言い放った。
その一言が俺の心を完全に折った。
「――篠崎の方がマシだった」
俺は息を呑んだ。
今は第三機密部【黒銀】の拠点で後処理をしている俺の副官、篠崎レイナ。
二年間、【黒銀】の部門長代理を務めていた才女。
「あの女は、兵器の価値を理解していた。
だからこそ、第一級歪鬽の討伐というここぞという場面まで俺を温存した。
だが、お前はどうだ。
たかが第三級の群れ相手に、軽々しくこちらに縋った。
その違いが分かるか? 木村アキラ」
分かる。
痛いほどに分かる。
俺には覚悟が足りなかった。
そして何よりも、この軍勢を率いるための知識と経験と器が圧倒的に足りていなかったのだ。
レイナは俺よりも遥かにこの世界のことを理解していた。
だからこそ彼女は二年もの間、この地獄を回すことができたのだ。
俺はただの素人。
ただの邪魔者。
俺はもう顔を上げることができなかった。
ただ自分の無力さを噛み締めることしか。
ブリーフィングルームの重い空気が、俺の全身にのしかかる。
俺はもうダメかもしれない。
この重圧に耐えられそうにない。
――その時だった。
今までずっと沈黙を守っていた王が、静かに口を開いたのは。
その声はどこまでも穏やかで、そしてどこまでも冷徹だった。
『――そこまでです、亞鈴』
その一言で部屋の空気が凍り付いた。
獅亞鈴のあの傲慢な気配が、すっと消える。
リゲル様のその声には、それだけの力があった。
『あなたの言うことも一理あります。
ですが彼の判断が民間人を救ったのもまた事実。
――そして何より』
リゲル様は続けた。
その蒼い瞳が、まっすぐに俺を見据える。
『――彼を私の「頭脳」として選んだのは、この私なのですよ』
その言葉は絶対の宣言。
俺の人事に対する一切の異論を許さないという、王の意思。
ブリーフィングルームは静まり返っていた。
俺はただその王の言葉の意味を噛み締めていた。
俺はまだここにいていいのか。
この地獄のような場所で、まだ戦うことを許されるのか。
俺の本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。




