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第025話「狼襲包囲網:作戦開始」

 第四機密部【白閃はくせん】のブリーフィングルームを後にして。


 俺は篠崎レイナと共に、再びエレベーターに乗り込む。


 上昇していくその箱の中で、俺は先ほどの光景を反芻していた。


 自らの腕を武器へと変える少女。

 仲間すらも斬れる神の刀を携えた少年。

 そして神話の槍を手に、五キロ先の未来を撃ち抜く青年。


 彼らの命が、今、俺の両手に委ねられている。

 そのあまりにも重い現実に、俺の膝は笑い、胃は焼け付くような痛みを訴えていた。

 ――だが、俺はもう逃げないと決めたのだ。


 第三機密部【黒銀こくぎん】の司令室に戻ると、すでに他のメンバーは待機していた。

 フロアにいる三十人、全ての職員が自らのデスクで俺の帰りを待っている。


 その全ての目が俺に向けられていた。

 昨日までの侮蔑の色は、もうどこにもない。

 それどころでないことは、彼らが一番よく分かっていたのだろう。


「さあ、司令官。あなたの言葉を聞かせてください」

「我々は、あなたの頭脳が導き出す最適解を実行するための手足です」

「何なりとお申し付けください。我々は全てを完璧にこなしてみせます」


 そんな声なき声が、部屋の空気そのものを震わせている。


 期待が、重い。

 重すぎる。


 俺はその重圧に押し潰されそうになりながらも、覚悟を決めて司令官席へと向かった。

 メインモニターには、今も千葉県山間部の地図と、そこに点滅する赤い脅威のマークが映し出されている。


 そしてその脇には、四人の部門長とリゲル様の顔。

 全員が黙って俺の言葉を待っていた。


 作戦プランは、もう固まった。

 あとは、この神々と怪物たちを、俺の言葉で動かすだけだ。

 俺は大きく息を吸い込んだ。


「――第三機密部、木村アキラ部門長から各部門に通達する」

「これより、第三級歪鬽、コードネーム【狼襲】の討伐作戦を開始する」


 俺は続けた。

 もう声の震えはない。

 腹は決まっている。


「詳細を通達する。

 作戦の最優先事項は、対象集落の民間人の安全確保。


 対象の討伐はその次だ。

 特に、出撃する全隊員には肝に銘じてもらいたい」


 俺は言い切った。

 まず、この作戦の本質を定義する。

 これはただの怪物退治ではない。人命救助なのだ、と。


 その俺の言葉に、モニターの向こう側で一条トウカの眉がわずかに動いたのを、俺は見逃さなかった。


「まず、第二機密部」

『……はいはい』


 久賀理人が、気の抜けた返事をする。


「引き続き対象の追跡を継続。

 対象の移動ルート、行動パターンを可能な限り正確に予測し、リアルタイムで全部隊と共有。

 特に対象が集落に向かう兆候が見られた場合、即座に私に報告を」


『……もちろん』


 その声は軽いが、そこには絶対の自信が滲んでいた。


「次に、第五機密部」


『はいはい、お待ちかね、ですね』


 シュウヤが楽しそうに頷いた。


「第四機密部と共に武雷くんと彼の狙撃銃を最優先で、現地のもっとも見晴らしのいいポイントへ輸送。

 同時に、対象の逃走経路を遮断するための非殺傷型の足止め兵器を選定し、準備。

 武雷くんの狙撃可能位置から、対象を一歩も外に出さないようにすることを最優先事項とする」


『……なるほど。面白い采配ですね。承知しました』


 シュウヤがにやりと笑う。

 そうだ。


 武雷咬威という規格外のジョーカー。

 彼の射線が通る限り、そこは我々の絶対的な支配領域となる。

 ――まず、大きな檻を作るのだ。


「そして、第四機密部。あなた方が、この作戦の主戦力だ」

『……』


 一条トウカが、黙って俺の言葉を待っている。


「神しんかい副部門長、正中せいちゅう隊員は、これより第五が選定する航空機からの降下ポイントへ急行してもらいたい。

 その他の隊員は、歪鬽を感知できる者、かつ第三級の歪鬽との接敵経験のある隊員に限定して現場への参戦を許可する。

 その人員選定と指揮は、一条第四部門長に一任したい」


『……了解』


 トウカの短く、しかし確かな返事が響く。

 俺が彼女の指揮官としての能力を信頼していると示したことが、彼女の硬直したプライドを、ほんの少しだけ解きほぐしたのかもしれない。


「第四の大半の隊員の任務は討伐ではない。

 絶対に深追いはするな。

 任務は、対象を武雷くんの狙撃ポイントへと追い込むこと」


『……!』


 トウカの瞳が驚きに見開かれる。

 そうだ。

 俺はこの貴重な精鋭たちを、危険な白兵戦で消耗させるつもりなど毛頭ない。


 彼らはあくまで追い込むための駒。

 本当のフィニッシャーは別にいる。


「神開副部門長と正中隊員の接敵を確認次第、第五の包囲網を一気に狭める。

 同時に、武雷くんの誤射の可能性を限りなくゼロにするために、彼ら以外の全部隊は対象から距離を取り、退避経路を確保」


 そして、俺は最後通告を告げた。


「――最終的な対象の無力化は、武雷隊員の狙撃によって行う」


 それが俺の描いたプランの全貌だった。

 近接戦闘は最小限。

 人的被害のリスクも最小限。

 そして予算も最小限。


 俺のサラリーマンとしての経験の全てを注ぎ込んだ、省エネ・安全第一・徹頭徹尾リスク回避の完璧な作戦。


 司令室は静まり返っていた。

 モニターの向こう側で、四人の怪物たちがそれぞれの表情で俺の言葉を反芻している。

 やがて、その沈黙を破ったのは、リゲル様の静かな一言だった。


「――素晴らしい。実に、合理的です、アキラさん」


 その言葉を合図に、全ての歯車が一斉に動き始めた。


『了解。これより第二は、対象の心理誘導を開始する』

『……第四、了解。全部隊、これより作戦行動に移行する』

『第五、すでに輸送ヘリをそっちに寄越してます』


 次々と了承の声が響く。

 俺の頭脳が、今、この神々の軍勢を確かに動かしたのだ。


「――作戦開始」

 俺は震える声でそう宣言した。

 メインモニターに映し出された千葉県の地図の上で、いくつもの駒が一斉に動き出す。


 俺の初陣が始まった。

 その結末が天国か地獄か。


 それを知る者は、まだ誰もいなかった。

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