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第024話「【地中の天国】と【神の槍】」

 神しんかいカナトという女性の、あまりにも壮絶な覚悟の形。

 その衝撃に、俺の脳がまだ揺さぶられている最中。


 俺は次の隊員に向き直った。

 先ほどからずっと瞑想を続けていた少年。


 一条いちじょうトウカ部門長の紹介が正しければ、彼の名前は正中せいちゅう視天してん

 単独での第三級歪鬽討伐経験を持つという、この部隊のもう一つの刃。

 俺が視線を向けると、彼はすっと、その閉じていた瞼を開いた。


 ――その瞳は、彼のまだあどけなさの残る顔立ちとは不釣り合いなほど静かで、そして澄み切っていた。


 まるで嵐の後の、凪いだ湖面のよう。

 その瞳に見つめられると、俺の心の中の混乱や恐怖といった濁った感情が、全て吸い込まれていくような不思議な感覚に陥った。


 彼は膝の上に置いていた例の不可思議な刀をゆっくりと持ち上げると、俺に向かって静かに一礼した。

 その所作はどこまでも洗練されていて、古武術の達人のような雰囲気を漂わせている。


「第四機密部、戦闘員。正中視天と申します」


 その声は彼の見た目通り、まだ声変わりの名残があるような若々しい響き。

 だが、その言葉の一つ一つは、まるで研ぎ澄まされた刃のように無駄がなく、そして鋭い。


「私の得物は……この通り、第五が開発した【霊粒子れいりゅうし過圧縮式かあっしゅくしき硬質新刀こうしつしんとう】、『地中の天国』です」


 彼はその刀を俺の目の前に差し出した。


 改めて近くで見ると、その異常さが際立つ。

 刀身はまるでガラス細工のように透き通り、その内部で青白い粒子のような光が渦を巻いている。


 柄や鍔の部分には、俺には理解不能な複雑な機械装置が組み込まれていた。


 これは、もはや刀というより、第五機密部の狂った科学技術の粋を集めて作られた一振りの超兵器だ。


「この刀は、無形・有形を限らず、あらゆる歪鬽を斬ることが可能です。また、刀身にエンチャントされた霊粒子の出力を調整することで、歪鬽のみを斬るか、あるいはこの世の森羅万象、全てを斬るかの切り替えが可能となっています」

「……全てを斬る」


 俺はごくりと唾を飲んだ。

 そのあまりにも物騒な言葉。


 この、まだ十代にしか見えない少年は、当たり前のように星すらも断ち切れそうな兵器の説明をしているのだ。

 そして彼は、さらにとんでもない一言を付け加えた。

 その静かな瞳を一切揺らすことなく。


「……その分類上は、隣にいる神開副部門長も、その右腕は歪鬽に片足を突っ込んでいる状態ですので、どちらのモードでも斬れます」


 ……は?

 俺は思わず隣の神開カナトの方を見た。

 今、この少年は言ったぞ。

 味方の腕も斬れる、と。


 それは、つまり一歩間違えれば、戦闘中に同士討ちの可能性があるということではないか。

 俺の胃が再び、きりりと痛み始める。


 だが、その言葉を向けられた当の本人。

 神開カナトは、特に気にした様子もなかった。

 彼女はふんと鼻を鳴らすと、こともなげに言い返した。


「覚悟の上よ、視天。そもそもそうならないために、私達は連携訓練をしているじゃない」


 その、あまりにも当たり前で、そしてあまりにもプロフェッショナルな会話。


 俺はただ呆然とするしかなかった。

 彼らにとって、それは日常なのだ。

 自らの命が常に危険に晒されている状況。


 仲間の武器で殺される可能性すらも、全て織り込み済みで、この戦場に立っている。

 俺の常識が、また一つ、音を立てて崩壊していく。


「……分かった。正中隊員。君の力と覚悟、確かに理解した」


 俺は何とかそれだけを絞り出した。

 視天はこくりと静かに頷くと、再び瞑想の体勢に戻ってしまった。


 その纏う空気は、もはやただの少年ではない。

 幾多の死線を乗り越えてきた一人の戦士のそれだった。

 俺は、もはや彼を子供扱いすることなど到底できなかった。


 そして俺は、最後に残された一人に視線を向けた。

 武雷ぶらい咬威かむい

 のほほんとした顔で巨大なライフルを弄ぶ青年。


 この部隊の最後のピース。

 彼は一体、どんな常識外れの現実を俺に突きつけてくれるのだろうか。


 俺は、もはやまな板の上の鯉の心境だった。

 なるようになれ、だ。


 胃は、もうとっくの昔に限界を超えているのだから。


 ―――


 神開カナトの自己を変質させる異形の刃。

 正中視天が操る、森羅万象を断ち切る刃。


 その二つの、あまりにも規格外な力の奔流に、俺のちっぽけな常識は、もはや完全に呑み込まれ、跡形もなくなっていた。

 俺はある種の諦観と、そしてかすかな期待を込めて、最後の一人に視線を向けた。


 武雷ぶらい咬威かむい


 巨大な対物ライフルを軽々と手入れする青年。

 そののほほんとした雰囲気。

 彼こそが、この狂気の部隊における唯一の癒しであってくれ。


 ――対物ライフルを軽々持ち上げる時点で、そうでないことは分かりきっていたのに。


 俺は心の中でそう祈っていた。

 そして、やはりこの組織に俺の常識が通用するはずもなかった。


「――俺?」


 俺の視線に気づいた武雷咬威は、そののほほんとした雰囲気を一切崩さずに、ぱちくりと瞬きをした。


 全体的に、軽い。

 先ほどの二人から感じた、命を懸けた戦士のそれとはまったく違う、どこまでもマイペースな空気を纏っている。


「俺は、戦士じゃないからね~。

 カナトさんや視天くんみたいに、専門の対歪鬽の訓練もまともに受けてないし、基本はただの銃器テスター。

 ――だから、歪鬽に近づかれたらすぐ死ぬ。抵抗はほぼできないと思う」


 そのあまりにもあっけらかんとした自己申告。

 俺は思わず絶句した。


「じゃあ……」


 じゃあ、なぜ君はここにいるんだ?

 歪鬽をただ見えるだけの一般人を、これから始まる地獄の最前線に送り込むことになるのか。

 そんな無謀な判断を、俺は司令官として下さなければならないのか。


 俺の顔が再び青ざめていくのを見て、咬威は困ったようにへらりと笑った。


「でも、開けた場所と観測者スポッターが居れば、遠距離からなら、これで狙撃支援はできるよ」


 彼はぽんと、自らの膝の上にある巨大なライフルを軽く叩いた。


 俺は、彼の言っていることが分からない。


「いや、でも、それは対物ライフルだろう?

  下手したら、人間の1人や2人、軽く吹き飛ばせるような代物じゃないのか。

 ――さっきの正中隊員の誤斬レベルの話じゃ……」


 俺の頭は完全に混乱していた。

 こんな凶悪な兵器を戦闘のど真ん中に撃ち込んだら、どうなる?

 味方を巻き込むどころの話ではない。


 かするだけで人は死ぬ。

 そんな危険すぎる博打。

 一体全体、こののほほんとした青年は、一体何を言っているんだ?


 俺がそのあまりの無茶苦茶な状況に頭を抱えかけた、その時だった。

 やれやれとでも言いたげな溜息が聞こえた。


 見れば、神開副部門長が呆れたように一歩前に進み出ていた。


「咬威はちょっと言葉足らずね。

 ――大丈夫ですよ、木村第三部門長。

 彼の狙撃技術は我々人間の域を完全に超えています」

「……超えている?」

「ええ。彼が今持っているその装備。

 それは逆太刀シュウヤ部門長がが彼のためだけに開発した専用兵装、【戦術せんじゅつ粒子式りゅうししき亜光速あこうそく狙撃銃-GuNGNiR(グングニル)-】です」


 ――グングニル?


 北欧神話に登場する主神オーディンが持つ必中の槍の名前。

 そのあまりにも大層な名前に、俺はごくりと喉を鳴らす。


神の槍(GuNGNiR)と咬威くんの狙撃技術が合わされば」


 カナトはそこで一度言葉を切ると、とんでもない事実を俺に告げた。

 その声はどこまでも真剣で、嘘や冗談を言っているようには到底思えなかった。


「たとえ火の中、水の中、森の中。どんな劣悪な環境下でも。

 ――5キロメートル圏内であれば、誤差1センチメートル未満での精密狙撃が可能です」


 ……ご、きろ?

 いっ、せんち?

 俺は自分の耳を疑った。

 5キロと言えば、ここ財閥本社ビルから東京駅まで届くか届かないかという距離だ。


 その距離から誤差1センチで狙撃する?


 馬鹿な。

 そんなこと物理的に可能なのか?


 地球の自転や風の影響はどうなる?


「彼の眼は、もはや人間のものではありません。

 未来予知に近いレベルの動体予測と空間認識能力。


 そして【戦術粒子式亜光速狙撃銃-GuNGNiR-】から放たれた粒子弾は亜光速で飛翔し、第五の技術によってあらゆる外的要因を補正される。

 ……彼が狙いを定めれば、目標は決して逃れることはできません。――問題があるとすれば、リロードに時間がかかるという部分ですが」


 カナトのその淡々とした説明。

 俺は改めて目の前ののほほんとした青年に視線を戻した。

 彼は照れくさそうに、ぽりぽりと頭を掻いている。


 ――異次元の狙撃手。

 彼こそが、この部隊の本当の切り札かもしれない。

 そして、最も常識からかけ離れた怪物。


 俺はもう、驚くことにすら疲れていた。

 ただ天を仰ぎ、そして自らの胃のあたりをそっとさすることしかできなかった。


 俺の平穏な日常は、もう二度と戻ってはこないのだ。

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