芽生える想い
「私は、鳥籠の中の鳥と同じ。病院から出ることの出来ない哀れな人間。ねぇ、私のことが好きならさ、毎日会いに来てね?それ以外私は望まないからさ」
私は、昔に負った怪我が原因で人生の大半を病院で過ごすことを強制された。
名前は秋月 紅葉。
ただ、ここにいる人たちは私のことを秋月さん。って呼ぶ。友達なんていないし名前で呼ばれることなんてないんだ。
もう、入院生活も15年。
家で楽しく過ごせた期間はたったの3年。
私の視界に映る白い世界に私の精神は蝕まれている。
*
「秋月さん。診察の時間です。行きましょう」
「わかりました。今行きます。」
私は車椅子を動かして廊下を進む。
私の負った怪我は頭の神経を傷つけた。
私の成長に伴い、脳の機能も段々と動かなくなり、最終的には植物状態。
要は私は余命宣告されてるも同じ状態なわけだ。
私の足はもう全く動かすことが出来なくなってしまった。今はリハビリがてら自分で車椅子を動かしているがしばらくしたらこれもできなくなるんだろう。
憂鬱な病院の廊下をカラカラと音を立てて進んでいく。
ドンッ!
突然、後ろから何かがぶつかった。
私にそれを防ぐ術などなく力なくその場に倒れてしまった。
「あっ!ごめんなさい!」
車椅子を倒したのは小さな男の子。
病院の中ではしゃいでたら私にぶつかった感じだろう。
「大丈夫だよ。こちらこそごめんね?」
そういうと、男の子は私の元を離れてしまった。
出来れば助けて欲しかったが、小さい子にそこまでさせるのもな、
ここは、診察棟と入院棟の途中にある廊下で
ほとんど人は来ない。
しかたない。1人で何とかしないと
私は何とか体を起こし、倒れた車椅子を立たせ、その上に座ろうとした。
ただ、私一人じゃ車椅子に乗ることはかなり難しい。
「大丈夫ですか?僕、なにか手伝いましょうか?」
私の横に来て男はそう聞いてきた。
「あっ、すいません。私一人じゃ車椅子に座れなくて、」
男の人は、わかりました。と言って私をお姫様抱っこしてくれた。
私はずっと病院で暮らしていた。でも、それでも年頃の女の子だ。
お姫様抱っこだって憧れていたし、少し恥ずかしかった。
「これで大丈夫ですか?」
男の人はそっと私を車椅子に乗せてくれた。
「ありがとうございます。」
「もし良かったら、車椅子押しますよ?」
「いえいえ、そこまでやってもらうのは、」
「全然構いませんよ、」
「じゃあ、お願いします。」
そうして、彼は私を診察室まで運んでくれた。
診察は順調に終わり、身体に異常はなかった。
驚いたことに、彼は診察室から少し離れたところで待っていた。
最初は私のことを待っているなんて思っていなかったが「待ってましたよ」なんて、向こうから言われたら私のことを待っていたって言うことぐらい察しがつく。
「わざわざ、終わるまで待って頂きありがとうございます」
私はできる限り深く頭を下げた。
ここまでの親切心を受けるのは久しぶりだったから。
「もし、良ければ私の病室でお茶しませんか?お礼と言ってはなんですけど」
彼は優しくニコッと笑いぜひって言ってくれた。
彼の笑顔はどこか懐かしく、心を温めてくれた。
*
「じゃあ、もうずっとこの病院で?」
「まぁ、そうですね、」
私は自分の部屋で30分程の会話を楽しんでいた。
「そうなんだ、病院に出るのも難しいの?」
「外出自体は本当はできるの、ただ、親が過保護気味でさ?危ないからダメって。」
「親と一緒に行くこともできないの?」
「肝心の親は私の入院費、治療費を稼ぐために必死で昼も夜も働いててさ、、私が悪いのは認めてるし、わがまま言える立場じゃないのもわかってる。でも、また、外に出たいんだよね」
「そっか、なら僕にできることがあったら教えてよ」
彼はさっきもそうだが私の事をとても大切に思ってくれている。
お互い名前も知らないのに。とても優しいんだ。
「あっ、すいません。そろそろ時間だ。自分、月曜と金曜以外ならここに来るんでまた話しません?」
「いいんですか?」
「もちろん!」
「じゃあ、私またここで待ってます。また会いましょうね」
「ええ。次会う時はタメ口でいいですよ」
そう言って彼は病室を後にした。
彼が去った後の病室はいつにも増して静かで、
夜の薄暗い雰囲気も、廊下を駆ける風の音もいつにも増して怖かった。
そういえば、彼の名前を聞いていなかった。
彼の名前はなんだろう。次会う時にでも聞いてみようかな、
そんなことを考えて、夜を明かした。
*
次の日、お昼過ぎに彼はやってきた。
「こんにちは、また来ました」
「あっ!ほんとに来てくれたんですか!ありがとうございます!」
彼の手には紙袋が握られていて、ほんの少し甘い匂いが彼から感じる。
「あっ、これいちごタルト。アレルギーとかないですよね?」
「アレルギーもないし、これ大好物です!せっかくだし、今2人で食べましょうよ!」
「俺は大丈夫ですよ、好きなら1人で全部食べてもらっても構わないですよ」
「美味しいものは一緒に食べたらもっと美味しいってよく言うじゃないですか!遠慮はしなくてもいいですよ」
「なら、せっかくですしいただきます」
「こちらこそいただきます!」
渡された紙袋の中に入っていたのは8等分されたいちごのタルト。
しかも、これって結構有名なケーキ屋さんのタルトだ。
昨日知り合ったばっかりの私のためにここまでしてくれるなんて、
本当にいい人に出会えたな。感謝しないと、
「そういえば、お互い名前知りませんでしたよね、」
「あー、そういえば名乗ってませんでしたね、僕は西園寺海斗です。よろしく。秋月さん」
「あれ?私名乗ってないよね」
「廊下に名前書いてあるじゃないですか、苗字だけだけど」
「ああ!そっか!ちょっと恥ずかしい、、、私秋月紅葉です!よろしくね」
「紅葉か、いい名前だね」
「ふふ、ありがと」
〜〜~
こんなたわいもない会話が今の私にとってどれだけ幸せか、どれだけ楽しいものか。
それは時間の流れが私に教えてくれた。
私の体感はそんなに話していた気はないのに、気がつけば空は夕暮れでオレンジ色に染っていた。
「あっ、もうこんな時間だ!私のためにこんなに時間使ってもらって大丈夫ですか?」
「俺は全然大丈夫ですよ、ただ、もうすぐ面会時間が終わっちゃうんで今日はこの辺ですかね、」
「そうだね、あっ、ゴミは私が捨てとくから持ち帰らなくてもいいよ」
タルトの入っていた紙袋やケーキの箱を片す海斗に私はすかさず声をかけた。
「いえいえ、自分が持ってきたものは自分で片付けないと」
「そんなの私の時は気にしなくていいよ。私のために色々してくれているんだしこの位はさせて」
「そっか、ならお願いするね。、、じゃあ次会えるのは土曜日かな、」
「そうだね、じゃあまた土曜日」
「うん、また」
そうして海斗は病室を後にした。
*
僕の名前は西園寺海斗。
今僕は病院の廊下を1人歩いている。
夕日に照らされ黄金色に輝く街並みを眺めながら進んでいると、どこかやつれた夫婦の方が正面から歩いてきた。
「君が最近うちの娘と仲良くしてくれている子か?」
「うちの娘といいますと?」
「あぁ、名乗っていなかったね。私は秋月。ここまでいえばわかるよね」
「あっ、紅葉さんの親御さんですか」
「そうだね」
「そうなんですか!紅葉さん彼女とても優しい方ですね」
「そんな、話はいいんだ。」
「え?」
「悪いが、君もう私の娘に近づかないで欲しいんだ」
そう告げると僕の話も聞かず、紅葉さんのご両親は廊下の奥へ消えていった。
一体僕が何をしたのか、それが全く分からなかったが、それでも近づくなと言われたということはどこかで紅葉さんを傷つけていたのか?
僕はそんなことを考えながら帰路に着いた。
*